第五話 白き怪物
要塞都市グラジオラスは、警戒態勢に入った。所属不明機が警告を無視して海域を突っ切り、この沿岸要塞に向かっているからである。
シルバは戦場に長い事身を置いているが、このような事は初めてだった。
「昼間っから真正面から堂々と来るやつだと……いったいどこのバカだ」
とはいえ。
この世界でWSを扱う『バカ』が一人いれば、そこからもたらされる被害は計り知れない。そして、そんなバカを止めることがシルバの仕事なのだから。
「ったく。もういい加減、歳なんだから休ませてほしいんだけどな……」
愚痴りつつも、その手は機体チェックを淀みなく行っている。動作に迷いはない。改修を続けて、もう何年も共に戦場を駆け抜けた愛機をハッチへと移動させる。
追加装備であるフライトユニットから飛行術式が展開され、自分の部隊を引き連れてシルバは出撃した。
謎の所属不明機のスピードは速い。あっという間に要塞の真正面にたどり着いていた。
「先行部隊はどうした?」
シルバはモニターに目を走らせる。が、そこに味方の反応はない。
「……全滅!?」
こんな一瞬で。
シルバの中で所属不明機に対する警戒レベルが一気に跳ね上がる。所属不明機は、まるで神の視点から人間を見下すように……シルバたちの上空にいた。
殺戮的なまでに白いボディが、太陽に照らされて輝きを帯びる。
「ッ!?」
シルバは、思わず自分の眼がおかしくなったのではないのかと疑っていた。だが、見間違えようもない。細部こそ違っているものの、その姿は見覚えがあった。
「――――『タケミカヅチ』ッ……!?」
今では『黒騎士』とまで呼ばれるまでになった、あの少年が駆り、ブルースター騎士団の中ではトップエース、伝説とまで言われている機体。タケミカヅチ。
目の前に現れたその機体は、それに酷似していた。
だが、タケミカヅチとは真逆の白いボディに真っ赤なツインアイが歪な印象をシルバに与える。
「どういう……ことだ!?」
タケミカヅチは世界でも魔術師の実験が開発した一機のみのはず。奪われた? いや、そんなことがあればとっくに知っているはずだ。ということは、何らかの組織が、あの所属不明機体の持ち主が独自開発を行ったのか。
そんなことが出来るのは――――
「――――ヘイムダルか!」
シルバは機体を臨戦態勢にシフトさせる。この機体は防御用の機体。もともとは拠点防衛用の機体だ。どこまでやれるかは分からないが、ここでアレを止めるしかない。
ここ最近、『大地の恵』が次々と襲撃されているときいている。今、ドミナントもブルースターも、どちらの陣営も大混乱となっている。だとすればこの要塞都市の『大地の恵』も狙われている可能性が高い。
まずはどう動くべきか――――もしあの機体がタケミカヅチと同等、それ以上の性能を有しているのならば、恐らく……、
と、シルバがほんの僅かな時間。頭の中で考えを巡らせていると、後から出撃してきた味方の部隊が到着し、一気に攻撃を仕掛けた。その部隊に配備されていたのは、先日ロールアウトされたばかりの最新型量産機だ。Xシリーズ試作機四機のデータを合わせたそれは、『イクスワン』と呼ばれている。
第十世代WSの力を試したくてウズウズしているのかどうか分からないが、その部隊の隊長の判断で攻撃を仕掛けたらしい。
「バカ野郎!」
シルバからすれば迂闊、と言うほかない。
あれがタケミカヅチと同等、もしくはそれ以上の性能を秘めているのならば――――イクスワンが束になっても、適いはしない。
実際に。
「あははっ。迂闊だね」
白いタケミカヅチは、一瞬にしてその場から消えた。射線が空を裂く。気が付くと、白いタケミカヅチは急降下していた。それに気づいたイクスワン部隊は次々と射撃を加える。が、一発も白いタケミカヅチには当たらない。
「まずはひとぉつ」
白いタケミカヅチ――――『WW』は対艦刀、『夜桜白式』を引き抜く。本家タケミカヅチの持つ夜桜弐式と形状が一部違っていた。禍々しい形の刀は一瞬でイクスワンの一体を両断してしまう。
爆ぜる。
だが、次の瞬間には既にWWは次の獲物に飛びかかっていた。
「う、うわっ、うわああああああああああああああああ!」
パニックになったイクスワンのパイロットはがむしゃらに近距離射撃を加えていく。だが、WWはそれを最小限の動きでかわし、懐に潜り込むと――――爪のように鋭利なマニピュレータで文字通り、イクスワンの胴体を抉り取った。
「ふたぁつ」
二体目のイクスワンが爆ぜる。爆炎の中、立ち尽くすWWの姿はまるで怪物のようだった。
「うん。それじゃあ次のテスト、行ってみようか」
WWのパイロットであるヘイムダルの長、ホワイトはニタリと笑みを浮かべると、次の獲物たちに向かってその牙を解放させる。
ビキビキビキッという奇妙な音が響いた瞬間、WWの背中から四本のアームのような物が出現した。
そのアームには先端に四本のクローが装着されており、まるでそれぞれが独立した意思を持った魔獣とでもいうかのように、イクスワンたちへと襲いかかる。四本のアームのうちの一本はコクピットを容赦なく貫き、一本はイクスワンの胴体を挟み斬る。また別の一本は獲物を捕食する怪物のように何度も何度も何度もコクピット部分を抉るり、一本はクローを集約させてブレードを作り出し、イクスワンのコクピットを切断した。
「うーん。テストは順調っと。アームドクローの調子も良いし……あとは、これのテストをして終わりかな」
シルバはただただ茫然としながら、イクスワンの部隊が全滅していくのを見守っていることしか出来なかった。
そして彼の長年の戦士としての直感が告げている。
「何かくる――――下がれッ!」
次の瞬間。
純白の怪物の背中から、禍々しい魔力の翼が出現した。
「――――『フライトウイング』。この世界にはまだ存在しないものだったかな?」
WWが姿を消す。最初にイクスワンの攻撃をかわしたのと同じスピードだ。ということは、最初の攻撃をかわした時にこの翼をほんの一瞬だけ展開したことになる。
「速い!?」
シルバには、もう機体が空を切る音しか聞こえない。速い。否、速すぎる。
すぐそばにいた部下たちの機体が、気が付けば爆ぜ、残骸と化していく。フライトユニットでは追い切れない。
性能差がありすぎる。
シルバに出来ることは、直感を元に敵の動きを予測し、両肩にある大型シールドを展開させることだけだ。なんとかギリギリのところで攻撃をかわそうとするが……それでも間に合わない。
気が付けば、機体は四肢を切断されており、シールドも粉砕されていた。
「ぐおおおおおおおおおおおおおお!?」
ダメージが一瞬にして機体全体に広がっていく。シルバの駆る機体は力尽きたかのように地面に倒れ伏した。そこに残ったのは、WWという魔王が狩る怪物のみである。
最後にWWは要塞都市の街へと向かい、街を襲撃した。ただ無意味な破壊を振りまき、そして最後には人々の生命線ともいうべき『大地の恵』を破壊する。
フライトウイングを背中から放出しながら、ホワイトは甚大な被害を被った街を見下ろす――――否、見下す。
「意外と呆気なかったな。まあいいや。どうせ次が本命だし」
ホワイトはモニターからとあるデータを呼び出す。
王都ハクロの近くにある召喚の地。そこにある空間の歪みの観測データだ。
今の『大地の恵』による破壊で更に空間の歪みが大きくなっている。
間違いなく、『大地の恵』を破壊することで扉が開こうとしている。
ホワイトと――――天城春人と言う少年がもともといた世界。
この二人からした、現実世界への扉。
この空間の歪みの観測データの数値は、ホワイトがこちらの世界に来た時の数値へと徐々に近づいている。
ホワイトはこの世界では肉体を有している。
ただの1と0の塊。データでしかなかったホワイトがこうして肉体を持っている。
天城春人も、VRMMOの中のデータを引き継いだということは、彼もデータの塊であるアバターが肉体へと変化したと考えられ、ということは現実世界にも彼の体は残ったままだろう。
彼には戻るべき体がある。つまりそれは、天城春人が仮に現実世界に戻ったとしても、この世界の彼の肉体――――データから魔力の塊へと変換された彼の肉体は消滅し、現実世界の肉体へと意識が戻るだろう。
では、ホワイトはどうなるのか。
戻るべき肉体を現実世界に持たない彼は、この魔力の塊である肉体が、元の体に引っ張られることはない。
つまり、ホワイトが現実世界へと戻った場合。彼は肉体を有したまま、現実世界へと帰還する。
ヴァーチャルワールドをデスゲームへと変化させ、多くの人間を殺してきた彼が、肉体とWSという兵器を持ったまま現実世界へと帰還する。
これがどういうことか。
どういう結果を導き出すのか。
彼は、知っている。
間違いなく現実世界に戻ったホワイトは、人間を殺すのだろう。
まだデータの塊だった彼が導き出した、『人間は愚かで醜い生き物だから殺さなければならない』という答えをより実行するために、今度はヴァーチャル世界の住人と化したプレイヤーたちだけではなく、もっと多くの人間を殺すのだろう。
「楽しみだなぁ……」
ホワイトは、笑う。
生まれて初めて抱いた計画が、こうして実を結ぶのを信じているから。
「僕を止めてみなよ天城春人。僕は最後に、君だけは越えておかなきゃならないからね」
ホワイトは、誰もいないコクピットの中。
ただ一人のライバルにして自身の計画の唯一の障害に向けて、言葉を漏らした。
彼の次の狙い。
それは。
王都ハクロにある『大地の恵』。
そして、クレマチス家だ。




