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第三話 隣に

 海の中を、<タケミカヅチ>をはじめとするXシリーズが進んでいく。海流は特に影響はなく、順調に四機のWSは海の中を進んでいた。

 しばらくして、視界にぼんやりとした光が見えてきた。同時に、レーダーにも反応が出る。


『あれか』


 フリージアはレーダーと目視で確認をして、バズーカを構えた。水中でCG兵器は威力が半減するので、キオネードが手に持っているのはバズーカである。それを構え、水中用のセンサーで敵を精密に捕らえる。その動作はアマテラスも行っていて、二機は同時に引き金をひいた。

 バズーカから発射された水中用の弾頭が尾を引き、ビーストへと迫る。が、ビーストは魔力を放出すると、職種のような物を出してミサイルを一刀両断して迎撃した。


『ちょっ、なにあれ? 反則じゃない?』

『敵の正体が確認できない……やはりまだ遠いか』


 かといって、近づきすぎれば不利になる。

 となると、ここでフリージアとアマテラスがとるべき行動は一つだった。上昇する二機は一気に水上に出ると、変形して戦闘機のモードへと移行し、加速する。


『下がだめなら上から、だよね!』


 狙いは定められないが、今の攻撃でおおよその位置はつかめた。そこをめがけてバズーカとCGバルカンを連射する。水面に大きな水柱があがり、水中のビーストを追い詰める。だが、ハルトの眼は敵の状況を的確にとらえていた。


「効いてない? あの触手がガードしているのか?」


 触手を使うビーストは数種類いる。この距離では判別できない。ましてや、二人の空中からの攻撃でも正体はつかめまい。


『ハルト、ユリ、弾幕を張りつつ接近してください』

「了解です、お嬢様」


 主の指示を受けてハルトは黒い騎士を加速させる。ウォータージェット推進ユニットのおかげでキオネードとアマテラスよりは水中での機動力を確保している。そして指示された通り、弾幕を張りながら二機は接近していった。


『ユリ、CGバーストの準備を。ハルト、そのまま接近。ブレードの届く距離まで近づきつつ、ユニットパージの準備を!』


 アイリスからの指示はデータで送られてきた。何をしようとしているのか、また、長期戦は不利と読んだアイリスが短期決戦を行うためにとっさに建てた作戦。それに目を通し、ハルトは主の組んだ作戦を実行するために自分にできることを行っていく。


『モネとフリージアはそのまま、敵の動きを封じてください。攻撃は防がれても、敵ビーストをその場に釘付けにすることはできます』

『りょーかい!』

『了解した』


 弾幕が更に激しくなる。当然、それに近づくということはハルトは味方の攻撃に被弾する可能性があるということだが、アイリスはキオネードとアマテラスに攻撃ポイントを支持している。安全エリアを意図的に配置し、そこにタケミカヅチを配置している。それを察した敵ビーストは触手を安全エリアに向けてくるが、それはタケミカヅチが迎撃し、確実に敵ビーストにダメージを与えていく。

 そして、準備が整ったユリの駆るカグツチはCGバズーカの砲身を――――真下に向ける。

 そのまま海底に、魚雷などを含めた全砲門による火力を叩きつける。

 カグツチの持つ他のXシリーズよりも出力の高い<A.I.P.F.>を広域展開し、この辺りの一部分のエリアの海水を包み込み、そのフィールドの下から、カグツチの一撃によって発生した爆発が、フィールドごと、包まれていた水を押し上げる。

 僅かな瞬間ではあるが、部分的に――――ビーストのいる僅かなエリアの水が一気に水柱となって大空へと舞い上がった。カグツチの後記展開した<A.I.P.F.>の壁によって、周囲の海水は流れ込んでこない。壁のおかげで水の無い、完全な陸地が完成した。ビーストとタケミカヅチは共に空へと打ち上げられ、空中を浮遊する。その瞬間を逃さず、水の束縛を逃れたタケミカヅチはウォータージェット推進ユニットをパージして、一気に加速する。


「はぁぁぁぁぁぁ!」


 対艦刀、夜桜弐式で姿を現したビーストを一刀両断。更に、ダメ押しとばかりに鳴神を叩き込む。必殺の一撃を叩き込まれたビーストは、派手な爆発と共に洪水のような勢いと共に降り注がれてきた水に飲み込まれて、消えた。


 ☆


 ビーストを迅速に処理した後。

 アイリスは帰りのトレーラーの中でふう、と安堵のため息をついた。今日は本来、パイロットたちをリフレッシュさせるためのものだったが、まさかの事態に陥ったのは計算外だった。


「それにしても」


 隣の席に座っているハルトが、アイリスに問いかける。車内のシートは二ブロックに分かれており、運転席のあるところ、アイリスのいる後部座席は壁によって阻まれている。そして今、後部座席にいるのはハルトとアイリスだけだった。


「どうしてあんな場所にビーストがいたのでしょう?」

「わかりません……ただ、後でこの辺りの海流に変化が生じていましたから、おそらくそれが原因ではないのでしょうか」


 アイリスは直感ではあったが――――これは、ヘイムダルが関わっているような気がした。あの組織が行動を起こす時、それは必ず非常識な事態に繋がっている。ビーストを操る技術もそうだし、ウィザードシステムに関してもそうだ。そしてそれは、ハルトも気が付いているはずだ。

 この先、今日よりも、もっと非常識で、恐ろしいことが起こるのかもしれない。そして今日の事は、その前兆にすぎない。それはやっぱり、ハルトもアイリスもそう確信していた。

 アイリスは思う。

 もしもこの先。その非常識で恐ろしい時が起こった時。

 自分は、この少年の隣にいることが出来るのだろうか。


(……いや)


 違う。

 出来るのだろうか、ではない。

 この少年の――――ハルト・アマギの隣に、居続けるのだ。

 強引にでも。無理やりにでも。

 ハルトがそれを拒んだとしても、それでも居続ける。何故ならハルトは、彼は、アイリスから見てとても危なっかしい。この年でもう人を殺すことに躊躇もためらいもない。そのことは、会った時から気がかりだった。まるで、今まで散々人を殺して来たかのような――――人が死んだところを見てきたかのような。アイリスですら、学園を飛び級で卒業して、最近になって戦場に出ることが出来たのだ。WSのパイロットではないので実際に戦場に立って敵を殺したことはない。だが、ハルトの年齢で人の死に対して抵抗が薄れているのは……それは、心が摩耗しているということではないのだろうか。

 なら自分は、せめてそんな少年の隣に居ていたい。それが、今のアイリスの願いだ。

 だが、彼の隣を歩くにはまだまだ自分の実力が足りないということは分かっている。今はまだ、背中を追いかけることしかできない。


「お嬢様」

「はい?」


 なんだろう、と思ってきいていると、ハルトはニッコリとした笑みを見せながら、


「今日はありがとうございました」


 ぺこりと頭を下げるハルトに、アイリスは思わず「はい?」と答えてしまう。頭を下げられるような事があっただろうか。


「水中戦は少し苦手でしたので、お嬢様のご指示にはとても助かりました。いつもお嬢様には助けられてばかりで、本当に申し訳ないです」


 アイリスは思わずぽかんとして、そしてハルトの言葉をちゃんと頭で認識して、思わず――――本当に思わず、ではあるのだが、少しだけ泣きそうになった。


「お、お嬢様? えと、何か、自分が気に障ることを言ってしまったのでしょうか……申し訳ありません」

「ち、違うん、です……」


 涙は出ない。出たとしても、それはきっと嬉しさからくる涙だろう。

 今まで、ずっとずっと背中を追いかけてきたつもりだった。気になる人の背中を。いつも助けてばかりだと感じていて、いつかこの少年の力になれればと思いながら追いかけてきた。最近は、ただただ追いつきたいから勉強していると言っても過言ではなかった。


「う、嬉しくて……ただ、それだけです……」

「嬉しい、ですか?」

「は、ハルトに、助かったって言われたから……いつも助けられてばかりで……だから、少しは、追いつけたのかなって……」


 ただそれだけで、こんなにも、涙が出てしまうほど嬉しい。

 自分の努力が報われたから?

 違う。そうじゃない。

 少しは追いつけたから。いつも追いかけている背中に、ほんの少しでは追いつくことが出来たから。追いかけている人に少しは認められたからだ。

 さっきの言葉はいつもとは違った。本当に、アイリスの咄嗟に立てた作戦を褒めてくれて、本当に、助かったと言ってくれた気がしたからだ。


「あの、じ、自分はいつもお嬢様に助けられていますよ?」

「そんなことありませんよ。今までの戦いは、仮に私がいなくても、あなたは一人で戦えていました」

「そんなことありませんよ」

「そんなことがあるんです。私には分かります。ずっと、あなたを見ていましたから……けど、さっきの言葉だけは……いつもとは違って、本当に、『助かった』って言ってもらえたような気がしましたから」


 それはきっと勘違いなのかもしれない。だけど、それならそれでまた歩き出せばいい。追いつくまでいつまでも。


「……お嬢様」

「な、なんですか?」


 今更、泣きそうになっていた自分が恥ずかしくなって、慌てていつもの自分に戻ろうとする。だが、隣に座る鈍感少年は、そう簡単にいかせてはくれなかった。


「お嬢様。いつも自分のことを見ていた、とはいったいどういう……?」

「ふぇっ!? わ、わた、わたし、そ、そそそそそそそんなことを言っていましたか!?」

「はい。ずっと、自分のことを見ていた、と仰っていましたが」

「え、えっと、それは……」


 まさか、あなたのことが好きだからずっと見てました。などとはいえない。告白するにはアイリス的に少々、ロマンチックの欠片もない環境だ。というか、まだそんな勇気がない。


(ていうか、普通は今までの事とか色々と考えて、今の言葉で気づくでしょう!?)


 この少年の鈍感さに少々、理不尽ながらも怒りを覚えるも、とりあえず今はこの危機的状況(アイリス的には)をなんとかしなければならない。さっき作戦を立てた時のようには頭がまわってくれず、代わりにハルトが、


「あの、そんなにも自分は危なっかしく見えるのでしょうか……」

「え、ま、まあ、そうですけどそうじゃなくて!」


 確かに危なっかしいといえば危なっかしい。なにしろ、ここ最近は危険な賭け(詳細はいまだ不明だが)にも安易に乗ろうとしたのだ。そうでなくとも、


「は、ハルトは記憶喪失ですし! だから色々と心配なんですよ!」

「そ、そーですね……」


 ハルトはハルトで少し気まずそうな表情をしている。なんだとう、と気にはなるが、アイリスもアイリスで、まさかハルトが本当は記憶喪失ではなくて、異世界から来た人間なんです、というようなことには気がつくことはないだろう。常識的に考えて。


「ですから……えっと……」


 ここですぐに話題を切ればいいのにそうしなかったのはアイリスにもわからない。だが、さきほど自分の進歩を認識できたことで、


(もう一歩……進んでみようかな……)


 そんな気持ちが、不意に起こった。

 体は意外にも自然に動き、アイリスはハルトに抱きついた。ハルトの胸に飛び込むような形で、彼に体を預ける。ハルトもアイリスの咄嗟の行動に緊張しているのか、ドキドキと心臓の鼓動が波打っているのがわかる。それだけでもわかって、アイリスは少しクスッと笑った。いつもこっちはドキドキさせられているのだから、これぐらいの仕返しは許されるだろう。


「お、お嬢様? なにを……」

「言ったはずです。ハルトは危なっかしいから、捕まえてるんです」

「は、はあ……」


 やはり、この超絶鈍感少年は何もわかっていないらしい。仕方がないかと苦笑する。それが、アイリスの知っているハルト・アマギという少年なのだから。


「ハルトはとても危なっかしいです。ですから……これからも、私の傍にいてください。私が監視しやすいように」

「あはは……いつも見ているのは、ようするに監視、ということですか。それなら納得です」

「……………………そ、そうです。監視です。……不本意ですが」


 最後の一言はもにょもにょと彼の胸に顔を埋めてとても小さく呟いたので、ハルトにもきこえなかったようだ。首を傾げている。


「ですから、監視がしやすいように私の傍にいなさい。命令ですよ?」

「了解です。ですが命令されなくても、自分はクレマチス家の使用人ですので、ずっとお嬢様のお傍にいさせてもらいますよ?」

「は、はい。そうしてください」


 鏡を見なくてもわかる。顔が赤い。今の言葉は、アイリスからすればまるでプロポーズみたいだった。


「……はんそくです」

「? 何か仰いましたか?」

「ちがいます。なんでもないです」


 顔が赤くてとても見せられないのと、よくよく考えればこうやって抱きついている自分の状況が更に恥ずかしくなって、アイリスはしばらくハルトから離れることが出来なかった。


 ☆


 レドラスは、いつもの不思議な空間の中にいた。そこにはW改めホワイトがいて、ヘイムダルのメンバーも勢揃いしていた。ホワイトは、友達を迎え入れるような、にっこりとした表情で言う。


「レドラスが帰ってきたということは、ようやく残りは一つになったわけだ」


 レドラスがあの海域の<大地の恵みガイアギフト>を破壊している間、他のメンバーも同じように別の地域にある<大地の恵みガイアギフト>の破壊任務を行っていた。

 彼女らは今まで、ある目的のために<大地の恵みガイアギフト>を破壊してまわっていた。そして残りは二つ。


「残りは<王都ハクロ>と<要塞都市グラジオラス>の二つだけ。ドミナント側の<封印>はすべて破壊したんだよね?」

「ああ。俺とベルのやつでな」

「なら、あとはブルースターだけだ」


 シドは、彼のボスに対して頷く。その回答に満足したホワイトは、更に笑みを浮かべた。


「うん。じゃあ、<要塞都市グラジオラス>の封印……もとい、<大地の恵みガイアギフト>を破壊するよ。あの機体のテストを兼ねてね」


 この組織のメカニックであるキッドと呼ばれた少年は、ホワイトから向けられた視線に対して静かにうなずいた。そして、奥にある巨人の下へと歩いていく。


「その後はハクロを攻める。あの土地はとても重要な場所だからね。特に近くにある<召喚の地>は」


 すいっ、とホワイトの白い――文字通り真っ白な――指が空を切る。まるで、指揮棒を振っているかのような優雅な動きだった。彼が指揮者であるならば、彼とその演奏者たちが奏でる音楽は、最終楽章へと移ったと言っても過言ではない。


「狙いはあの王都にある封印ガイアギフト。そして――――『クレマチス家』だ」


 ホワイトは歪な笑みを見せる。

 それは、誰かの大切なものを壊そうとするような――――そんな、破壊的な笑みだった。



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