第10話 ガロン奪還作戦④
タケミカヅチとヴェラゲイルの戦闘は未だ続いており、それはより一層の激しさを増していた。
純白の騎士が穿つCG兵器の一撃を、漆黒の騎士が『夜桜弐式』でなぎ払い、反撃としてマナ・ソニックによる対艦刀に纏わせた魔力を斬撃にして放つ。
それを美しさを伴った回避行動で避けると同時に、腰のクレイモアを抜き、タケミカヅチに接近する。
激突。
(こいつ……この世界で闘ってきたパイロットの中でも、かなり強い……!)
だが、負けるほどではない。
そう確信するも、攻めきれるほどでもないというのもまた、事実だった。
『噂通り……いや、それ以上の腕だな、黒騎士』
「勝手に変な噂流されて、こっちもいい迷惑だぜ」
『フッ。そうか!』
ぎぃんっ! と、剣と刀が互いに弾きだされるかのように後退する。ゴウッとヴェラゲイルはフライトユニットを呼吸させるかのように魔力を吐き出すと、再び高密度の魔力から推力を生み出す。
赤黒い魔力の輝きが、周囲に散っては消える。
相手はこの戦いを楽しんでいる
ハルトは漠然と、そんなことを考えていた。
しかしそれは自分も同様で、お互い様だなと苦笑するが――――、
(そろそろ、そうも言ってられなくなってきたな)
この戦闘そのものに負けることはないだろうと自信を持って言える。
だが機体のエネルギーは無限ではないのだし、何よりこの戦いにおける大きな戦力の一つであるハルトが現状、足止めをくらっているに等しい状況に置かれているのだ。
だがここでウィザードシステムを発動するのも躊躇われる。
(アレは魔力を大きく消費する。そうやすやすと使っていいものじゃない)
そうでなくともフライトユニットによる戦闘は魔力の消費を加速させていくのだ。
このまま相手と決定打を打てないような戦いを続けることは、貴重な魔力をどぶに捨てていることと同義である。
(……踏み込むか)
現状の、決定打のうてない戦いは、いわゆる安全マージンをとった戦い方をしているからだ。そんな戦い方でもこれまでは何とか……いや、余裕すら持ちながら戦ってこれた。だが、ここで一歩踏み出せばその状況も崩れる。
しかしそれは、自身に降りかかるリスクをも意味する。
(リスク、ね)
戦闘の合い間に視線を移す。カブリオレはまだ何とか目立った損傷もなしに動いている。
ユリは機体エネルギーの補給を済ませて、次の作戦に移ろうとしている。
フリージアはヘイムダルのウィンターを何とか退けて、現在は補給中。
モネはあのヘイムダルのファング、あのシドと交戦している。
「――――それがどうした!」
覚悟を決めるまでもなく、それがさも当然であるかのようにタケミカヅチは加速を始めた。
これまでとは違う、思い切った行動。
自分の命を削ることを厭わない加速。
それに気づいたルークも機体を更に加速させた。
この一撃、一閃は先程までの攻防とは、違う。
この一度の激突で、決定打が決まる。
白と黒のWSが交錯する。
だがルークはその刹那の瞬間、タケミカヅチの奇妙な行動に眉をひそめた。ヴェラゲイルの振り下ろした刃に対して――――対艦刀を、捨てた。
その後、間髪入れずに空いている方のマニピュレーター、つまり左手を差し出してきたのだ。
「しまっ――――!?」
黒騎士の情報を思い出す。
だが、武器を捨てるという行為に反応、もとい、引きつけられてしまったからにはもう遅い。
マニピュレーターとクレイモアが激突し、その瞬間にタケミカヅチの左手の平から紫電が迸った。
零距離圧縮炸裂砲『鳴神』。
だがこのままいつもの様に『鳴神』を撃てば、ほんの僅かとはいえ動きが止まってしまう。そうなれば、瞬時にクレイモアを手放したヴェラゲイルの反撃のCGによる一撃に対応できない。
よって、出力は剣を受け止めることが出来る最小限に絞り、機体の動きをそのままに。次に、フライトシステムを起動。まるで空中でジャンプするかのような動きでタケミカヅチは小加速。ヴェラゲイルの左肩に剣を捨てたことで空いた右手を軽く、乗せる。
そのままヴェラゲイルの肩に手を乗せて片手逆立ちするようなアクションのまま――――フルパワーで『鳴神』を、発動させる!
右手から放たれた雷はヴェラゲイルの左腕を吹き飛ばし、更にはフライトユニットや左足にまでダメージを与えた。それだけでなく機体全体にそれぞれ規模は変わるものの、決して小さくはないダメージを負う形となる。
咄嗟にクレイモアをパージしたルークの判断は良かったといえる。だが、だからこそ、ハルトは読めたのだ。優秀だからこそ、その次の手が簡単に予測がつく。
この結果は、当然と言えた。
落下していく機体の中でルークは、勝利を納めた黒い機体が空の彼方へと消えていくのが見えた。
同時に、頭が冷える。
彼の中に生れて初めて芽生えた何かにさきほどまで自分が熱くなっていたことに驚き、彼は身を包む浮遊感に身を委ねた。
□□□
エネルギーの補給を終えたカグツチはカブリオレの後部に備え付けられてある専用のドッキングポイントに立つ。そしてCGランチャーの砲口を、艦と接続させた。
機体内のコクピットに次々と情報が空中投影されては処理される。それの現象はすぐに終わり、CGランチャーとカブリオレのドッキングが完了したことを示す。
「味方の退避、完了しました」
「接続完了」
「MA2とカグツチのシステムリンクを開始」
「了解しました。主砲、発射用意」
アイリスの声に合わせるかのようにして主砲、『CGバースト』がその砲身を露わにする。
「カグツチから供給される圧縮魔力を確認。MA2とのリンクを確認。いつでも撃てます」
アイリスは目の前の戦場を見据え、そして現在の状況を確認。把握。理解。
この一撃を放つに最も効率的なポイントを瞬時に探り当て、それをカグツチにいるユリにデータを転送。
「――――『CGMA2バースト』、発射!」
「……発射」
アイリスの掛け声と、ユリの静かな一言と共に。
カブリオレから放たれた深紅の光が、戦場を裂いた。
裂いた、という表現が最も的確だった
馬車から放たれたその一撃は、混戦していた敵部隊を一気に薙ぎ払い、このこちら側に有利な状況から一気に叩き込むための道を文字通り、切り開いた。
『CGMA2バースト』。
これは、カグツチの持つ大火力兵器、CGランチャーから精製される圧縮魔力をカブリオレのMA2で更に増幅・収束させたもので、言ってしまえばカグツチのCGランチャーの火力を大増幅させて放つ兵器だと言っても過言ではない。
いや、それだけでなく『CGバースト』のエネルギーも乗せているので単純な威力は間違いなく、現状に存在する兵器の中でもトップクラスの威力を誇る。その代償として長時間の冷却と膨大な量の魔力消費をもたらすが、それらを差し引いてもお釣りがくるだけの効果があった。
それを証明するかのように、今、アイリスたちの目の前でこの一撃に巻き込まれた敵軍の兵士たちが爆発の渦の中に飲み込まれている光景が広がっている。
だが、今それを考えている暇はないし、余裕もない。
ましてや被害にあったのは敵である。
考えていてもキリがない。
現実として。
突破口は、開いた。
□□□
現在、ドミナントが占領し、敵が攻略しようと躍起になっている基地、ガロンは大混乱だった。
突如として敵の大型CG兵器の一撃によって戦線に穴を空けられてしまい、突破口を作ることを許してしまったのである。
「くそっ! いったい何なんだ!」
とあるドミナントの兵士は無駄だとわかりつつも愚痴を呟くことしかできない。今にも敵が攻めてくるのだ。自分だけダラダラと愚痴をこぼしているわけにもいかず、そんな中。
まるで地獄をシェイクして辺りにぶちまけたかのような光景の最中、その兵士は見た。
紅い、ドレスに身を包んだ女を。
その女はこの場においてはまるっきり浮いていて、ただそれでも確かな足取りで、倉庫と倉庫の隙間へと入って基地のコントロールルームの方へと向かっていた。部外者か、もしくはあの傭兵たちの関係者か。
そんなことを思いつつ、兵士は女に駆け寄った。
「おい貴様、こんなところで何をしている!?」
出来るだけ威圧的になるように心掛ける。逃げてくれた方が余計な手間をせずに済む。
すると女はくるりと兵士の方に振り返った。
兵士は努めて威圧的にしようと心掛けたが、その女の美貌に圧倒されてしまい、こんな状況の中で、その女の放つ美しさと、燃えるような赤髪に見とれてしまった。
女は、呟いた。
「こんにちは。今日は、空が綺麗ですね」
は? と、兵士は怪訝な顔をした。
空が綺麗。どこがだ。
今の空は、地上で無数の黒煙が立ち込めているせいでお世辞にも綺麗とは言い難いのに。
そんなことを思っていると、次の瞬間に女は右手の人差し指をちょこん、と兵士の額に当てて。
「だから、死ね」
魔法による一撃で、頭部を撃ち抜いた。
今やただの肉塊と化した兵士の体は糸が切れた人形にように無造作に地面へと倒れ伏し、女のドレスを鮮血が濡らす。
「あぁ、ったく。メンドクセー。男共は楽しくやってるってのに、どうしてあたしだけがこんな雑用なんだか」
さて、と。
女は肉塊には微塵の興味を示さず、まるでシャワーを浴びてさっぱりしたような様子で。
「さっさとドミナントのデータベースから盗るもん盗ってトンズラしますか。鮮血も浴びたし、すっきりしている内に雑用は済ませないとね」
そういうと女――――レドラスは、コントロールルームへと向かって歩き出した。
□□□
敵が混乱している間にハルトは素早く補給を済ませると、飛翔してカブリオレとカグツチが作り出した道を駆け抜ける。迫りくる敵をなぎ倒しながら、基地へと潜入する。
基地内にある迎撃用ミサイルが接近。
回避コースを全て見極めて最小限の動きで回避。同時に抜刀。
斬撃を飛ばして第二波のミサイルを破壊すると同時にすれ違いざまにミサイルの発射装置を潰す。
次に、待ち伏せをしていたWS、アンバーが三機とヴァラが二機が姿を現す。狭い通路の中なので袋の鼠だと思ったのだろう。間髪いれずに火力を押し当ててくるが、両サイドの壁を蹴りつつ対艦刀で銃撃を切り裂く。
この先には何があるか分からない。余計な魔力を使わないための回避行動。
「なっ!? 馬鹿な、銃弾を、切ッ……!」
敵の兵士のその先の言葉は聞くことはなかった。
その瞬間には既に、漆黒の刃が五機のWSのコクピットを全て切断してしまったからである。
『すごい……いや、凄すぎる……』
『どうやったらあんな動きが出来るんだ?』
『さ、流石、です。ハルト・アマギさん』
「よしてください。これぐらいのことはどうってことありません」
自分よりも年上の騎士に圧巻とばかりに褒められるのは少しこそばゆいものの、今は敵の本拠地の中だ。何が出てくるか分からない。
「先を急ぎましょう」
ハルトの力で基地内部の戦力はいとも簡単に蹴散らすことが出来た。だが、どこか妙だ。
呆気なさすぎる。
(何があるんだ……? 一体、何が?)
そんなハルトの疑問は、基地の中にある闇へと吸い込まれ、溶けていった。




