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第4話 クルーの不満

 <魔術師の実験プロトウィザード>の技術部が設計した新型陸上艦<カブリオレ>は馬車のような形をしている。後部ユニットは馬車の幌付きの座席部分を模したような形状となっており、更に巨大な車輪が二つ。更に巨大ウイングが折りたたまれている。

 そして前部ユニットは兵器兼カタパルトとなっている。更に後部ユニットの背後にWSを接続することで高出力魔力砲を放つことが出来る。

 奪還作戦の為、<カブリオレ>の出航準備が進められていた。この艦に搭載される機体は現在の所、<Xシリーズ>の四機のみである。とはいえ、なまじ一機ほとの性能が飛びぬけている為にたった四機だけでもその戦力は十分すぎるほどだ。

 深呼吸し、アイリスは艦橋へと一歩踏み入れる。

 艦橋は、球体の中にあった。

 まさにそう言う他にないような光景で、全方位モニターとなっている球体の中にCICがそのまま存在していた。中に踏み込んだアイリスにチラッとクルーたちからの視線を一斉に浴びる。彼らはそれぞれこの艦を扱う為にこの部隊に外部から配属スカウトされた者たちだ。

 その視線は明らかに、歓迎しているようには見えない。

 アイリスはある程度、覚悟していた。

 こんなさすがに小娘が貴重な試作艦の艦長を預かるなどライラックはいったい何を考えているのだ、と。

(そんなことは言われなくても解ってますよ......)

 ため息をつきそうになってぐっと堪える。逆の立場だったら自分だって気に喰わないと思うだろう。

 ならば実力で強引に示してやればいい。

 そして、自分を任命してくれた者の期待に応えるのだ。

 ハルトたちは戦場に出て戦っているのだ。

(なら私も、私の戦いを始めましょう)

 凛とした態度で。姿勢で。自分の使用人に恥じぬ態度を示すために。

 アイリスは優雅に、毅然とした態度で艦長席についた。

「これより、我が部隊は<ガロン>奪還作戦の為、本隊と合流します。艦の出航準備はどれぐらい進んでいますか?」

「......出航準備、完了しています」

「わかりました。<MA2エム・エー・ツー>起動。加速率は30%で固定」

「了解。<MA2エム・エー・ツー>起動。魔力の加速増幅、開始。加速率30%」

 MA2とは最新の魔力増幅器である。

 この世界の戦艦にしろWSにしろは推力は全て魔力によって生み出される。推進剤を必要とせず、万能エネルギーである魔力で賄われる。

 それ故に、魔力が尽きれば艦は航行不能となる。

 長期間の長旅ともなればそれだけ魔力のエネルギー消費も激しくなる。そこで開発されたのが<MA2>である。

 これは少ない魔力を徐々に増幅させることが出来る。これによってエネルギー消費を抑えることが出来る。とはいえ、これまだ実験段階中のシステムであり、更にいえば増幅後そのままダイレクトで推力を生み出す。それはつまり、推力しか生み出せないということなので武装に転用するのはまだ技術的に難しい。

「<カブリオレ>、出航」

 ボウッとメインスラスターに青い光が灯り、膨大な推力が生み出され、更に車輪が回る。更に

 魔術師たちの馬車が目覚め、動き出した。


 □□□


「動き出したか」

 トタル・ジェイスルーは街から出航した<カブリオレ>を視界に捉えた。彼の眼前には魔方陣のようなものが浮かんでおり、遠くの景色を拡大してその映像を映し出していた。これは遠くの景色を見る為の望遠魔法である。

「隊長、アレがブルースターの新型艦ですか?」

「ああ、そうらしいな」

「でもまあ、わざわざ新型を持ち込んでくるほどなんですかねぇ」

「さあな。だが、上からの命令だ。やるしかないだろう」

 トタルは部下に背をむいて待機姿勢のWSを見上げる。深緑のカラーリング。<アンバー>と比べればより人間らしいフォルム。だが装甲そのものは厚い。<アンバー>がずんぐりとしたボディをしていたのならばこの新型はガッシリという言葉が似合うだろう。強靭な肉体を彷彿とさせるそのWSの名は<ヴァラ>という。

「奴らの航路は大方予想はつく。新型の実験艦だ。それに作戦前ともなるとそう不用意に姿は晒せない。となればこの辺りだと自然にルートは限定されてくる」

 数日前から事前に練っていたルートを確認し、部下に告げる。

「ルートの予想はついた。襲撃は明日だ。さっそく準備に取り掛かるぞ」


 □□□


 新型艦の調子はすこぶる良好といえた。今の所どこも異常は見当たらないし、MA2も順調に稼働している。

 艦そのものの調子はやはり良好といえた。


「納得いかねぇ」


 ――クルー以外は。

 突然ブリッジに乗り込んで不満をぶつけたのは整備士を務めるバレル・ローガンである。今年で二十八を迎える男性クルーで、明らかに険悪な雰囲気を纏っていた。

「俺ァ嫌だぞ! こんな小娘に命を預けるのはよ!」

 バレルの言葉に、アイリスはついに来たかと緊張する。

 いつか誰かが不満を爆発させるとは思っていた。いくら実績はあるとはいえ、所詮この部隊に配属される前の者たちにとっては書類上の出来事。

 いざ見てみるとこんな小娘が艦長を務めるとなると不満をぶつけるのは仕方がない。むしろこの時間までよく粘ってくれたと思うぐらいだ。

 そして、バレルの言葉はこの場にいる全員が少なかれ抱えていた気持ちだった。

「だいたい、こんな金持ちのガキにいったい何が出来る⁉ どうせ親の圧力で艦長にでもなったんじゃないのか⁉」

「......ッ」

 確かに、アイリスの家は力のある名家だ。何しろ父親はブルースターの基地で基地団長を務めているのだから。

 ブルースター騎士団は各基地に騎士団長、つまり最高責任者が定められており、騎士団長の中でもいくつかのクラスに別れており、騎士団長の中で上のランクから<ジブリルクラス>、<ミカルクラス>、<アズラクラス>、<イスラクラス>となっている。そしてその頂点に立つのがブルースターの二大トップ、<ミカエルクラス>と<ガブリエルクラス>となる。

 中でもアイリスの父親は騎士団長の中でも上から二番目の<ミカルクラス>に属している。

 発言力がかなり高いのは間違いない。

 実際、バレルのいうことはあながち不可能でもないのだ。

 それだけに仮にアイリスが否定しようとも恐らく信じてはもらえないだろう。

 ならば。

「言いたいことはそれだけですか?」

「なんだとぉ?」

「確かに私がここに座っていることに不信感を抱くのはわかります。それは私が実力も艦長経験もない小娘だからですよね?」

「当たり前だろうが」

「そうですか。なら話は早いですね。では言わせてもらいますが、私もあなたが信用できません」

「ッ⁉」

 さすがにブリッジのクルー達の間にもざわめきがおこる。だがこの張りつめた緊張感の中、不用意に割って入ろうとは思えなかった。

「んだと? 小娘が、誰にむかってそんな口きいてるんだよ」

「わざわざ自分の仕事を放りだしてブリッジに乗り込んできてきてる愚か者に、ですよ。確かに私が信用できないことはわかります。ですが、それは私も同じです。私はあなたの実力を知らない。だから私もパイロットや艦のクルーたちの生命に関わる機体整備をあなたが務めることに納得がいきません。やるべきこともやってないのに持ち場を勝手に離れるのならばなおさらです」

 アイリスの言葉にブリッジのクルーたちの空気が変わった。

「......言ってくれるじゃねえか。お飾りの艦長さんよ」

「ッ!」

 ガツン、と頭をハンマーで殴られたようなきがした。お飾りの艦長という言葉が胸に突き刺さる。

 実際に、自分はそうなのではないのだろうか? そんな疑念がじわじわと頭の中に広がっていく。

 だが、彼女はここで折れるわけにはいかない。

 アイリスがこれから――少なくとも奪還作戦が終わるまで――この艦で艦長を務めていく限り、彼女はきちんとしたリーダーであらなければいけない。よって、この場において整備士長に主導権を握られるわけにはいかない。ましてや、このまま屈してしまえばクルーたちの結束が更にばらけてしまう。

 険悪なムードの中、バレルが更に何か言おうと口を開いた所で――――、


「いい加減、駄々をこねるのはやめていただけませんか?」


 ブリッジに足を踏み入れたのはハルトである。

 バレルがジロリと視線をハルトに向ける。

「テメェは、<タケミカヅチ>のガキか。ハッ、ご主人様のピンチにのこのこと現れたのか?」

「ええ。そうですよ」

 あっけからんとしたハルトの言葉に虚をつかれるバレル。その間にハルトが更に言葉を紡ぐ。

「確かにお嬢様が艦長を務めることに不満があるのは解ります。しかし、実際にお嬢様が指揮する実戦に幾度も参加している自分から言わせてもらいますと、お嬢様の実力は本物です」

 使用人がただ庇っているだけかとは思うだろう。

 だが、実際にハルトは幾度もアイリスが指揮する闘いに参加しているし、実際に生き残っている。それは紛れもない事実であり、こうして彼が生き残ってこの場に立っているのが何よりの証明である。

「パイロットである自分としては、わざわざ文句を言う為だけに仕事をさぼって持ち場を離れてるあなたの方がよっぽど信用ならないですけどね。お嬢様はご自分の役割を果たされていますが、どうやらあなたは違うようですね?」

「......ッ!」

「実践を楽しみにしてますよ。お嬢様がお飾りの艦長か否か、そしてあなたがお飾りの整備士が否かそこでハッキリするでしょうから」

「けっ!」

 舌打ちすると、バレルはどかどかとブリッジから姿を消した。ブリッジ内に残ったのは重い空気だけで、それでもアイリスはクルーに言う。

「私のせいで騒がしくなってしまい、申し訳ありませんでした。引き続き、警戒しつつ作戦行動を続けてください」


 □□□


「......アイリスは、大丈夫だった?」

 格納庫の片隅で座りながら、ハルト、ユリ、モネ、フリージアの四人は休息をとっていた。さきほどまで機体調整にかかりっきりでさきほどようやくそれも終わったので休憩しているのだ。

「どうだろうな。今日はかなり疲労していると思う。お嬢様、ああ見えて脆いところもあるから」

 もっとも、それに気づいたのは自分もつい最近だが。

「そりゃあねぇ。十七の小娘がこーんな立派な新型艦の艦長やっちゃったらそりゃ不満爆発するよねー」

「自分の命がかかっているんだ。それも仕方がないだろう。実際にアイリスの実力を体感したお前たちはともかくとして、私ですら多少なりとも不安はある」

「だよなぁ」

 こればっかりはハルトでもどうにも出来ない。アイリスが自分で自分の実力を示すしかないのだから。

「ハルトきゅん、愛しのお嬢様のことを元気づけてきたら~?」

「愛しのはともかくとして元気づけるのは良いアイデアかもしれないな。でも、俺如きがお嬢様に何をしてやれるのか......」

「そりゃ決まってるじゃん! ハルトきゅんがお嬢様に体でご奉仕をすr『お前は何を考えているんだ』いたいっ。痛いよフリージア!」

 ボコッとフリージアがモネの後頭部をグーで叩く。かなり痛がっているので強めに殴ったのだろう。幾度もモネのペースにひっかきまわされてきたフリージアとしては最終的に暴力こそがベストの鎮圧方法だと悟ったのだろうか。

 このやり取りもハルトとユリはこの数日でどれだけ見てきただろう。

「『お嬢様、お疲れでしょう自分が癒して差し上げますよ』『ああ、ハルト。そこはだめぇ』ハァハァ。良いねぇ。むふふふふ......って痛い痛い痛い! 痛いよフリージア! そろそろ手加減がなくなってきたよ!」

 可変機コンビのやり取りをぼーっと眺めていると、隣に座っていたユリがきゅっとハルトの制服の袖を握ってきた。

「......ご奉仕は、だめだよ?」

「わかってるよ......」

 とはいえ、このまま放っておけないのが使用人というもので。

 ハルトは立ち上がるとアイリスのいる艦長室へと向かった。


 □□□


 さすがに一日中ブリッジに張り付いているわけではない。夜間は交代で警戒をしつつ、休憩や食事を挟む。

 アイリスは艦長室のベッドに倒れ込んでいた。今日は一日中、張りつめた緊張感の中にいたので体がかなり疲労している。

「はぁ......私、ちゃんとやっていけるんでしょうか」

 昼間の<お飾りの艦長>という言葉が未だに胸に突き刺さっている。

 考えれば考えるほど嫌なことしか考えられなかった。

 とりあえず寝てしまおうか、と布団に潜り込もうとした時だった。

 部屋に誰かが尋ねてきたことを知らせるアラートが鳴り響いた。慌てて出てみると、そこにいたのはハルトである。

「ハルト?」

『お嬢様、少しよろしいでしょうか』

「え、ええ。入って」

 ドアのロックを解除してハルトを中に招き入れる。だが、なぜかこの時はこの少年の顔をみて安心できたのと、無理に気を張っていた状態から緊張が解けて泣きそうになった。そのままの勢いでお嬢様が使用人に泣きつく。

「ううっ。はるとぉ~」

「お、お嬢様⁉」

 突然の事態におろおろとするしかないハルトは胸の中のアイリスがうーうーうーうー言っているのをただなんとなく受け止める事しかできなかった。

「や、やっぱり私には無理ですよぅ!」

「......ああ、やっぱり気に病んでたんですね」

「もう今日は緊張して緊張して緊張するしみんなの視線が痛いし......見かけだけ毅然とするのが精一杯で......やっぱり私には......うう~」

 この艦の艦長に任命された日もそうだったが、このアイリスという少女はこんな弱い部分もあるのだ。それなのに今までハルトはお嬢様は完璧なお人だと勝手に決めつけていた。

(こんなに、女の子らしい一面だってあるのにな)

 いつものお嬢様とはギャップがあるこの姿に思わず微笑ましいと感じてしまう。それを見られたのか、

「な、なに笑ってるんですかっ。こっちは真剣なのに」

「いえ。微笑ましいなぁって」

「ば、ばかにしてっ!」

 ぷくっと頬を膨らませるアイリス。本人は怒っているつもりなのだろうが、むしろ今はそれが逆効果である。

「ま、また笑った! も、もう怒りましたよっ! ハルトのばかばかばか!」


 -―もう大丈夫だろう。


 自分の主が元気になった(?)様子を見て、ハルトはほっと安堵した。

 だがこうしている間にも、彼女が試される機会は確実に近づいている。

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