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第3話 お嬢様の憂鬱

今回は番外編みたいなものです。

最近、連載していた学園ラブコメものを一つ完結させてその勢いでついやってしまった。反省はしてない。

 これは、<カブリオレ>がハーゲンバーグの街で完成する一ヶ月前のことだ。


 新型陸上戦艦<カブリオレ>。

 この艦は<魔術師の実験プロトウィザード>が開発した<Xシリーズ>をサポートする為の物だ。<Eケーブル>は艦に一度格納してバッテリーを取り換えるまでもなくWSのエネルギーを急速充填させることが出来る上に搭載されている装備の数々も生産を度外視され試験的に導入された強力な物ばかりだ。

 だがそれらの兵器は<Xシリーズ>からフィードバックされたものが主なのでそれ故にこの艦の艦長を務めるには<Xシリーズ>を完璧に理解しつつ、戦術や戦略的な知識を併せ持つ人物でなければならない。

「だからって、どうして私なんでしょう......」

 がっくりと肩を下ろしながら、私は基地の中の廊下を歩く。背後ではハルトが「お嬢様、ご気分が優れないのですか?」と心配したような声をかけてきてくれる。

 今のライラックさんとの会話をハルトも聞いていたはずだが何も思わないのだろうか。

「いえ。なんで私なんでしょう、って思っただけです」

 ハルトは「ああ、」と思い立ったかのように、

「お嬢様が<カブリオレ>の艦長をなさることですか?」

「本当に、なんで、どうして私なんでしょうか。他にも相応しい人なんて相当数いるでしょうに」

「自信をお持ちになってください。自分もお嬢様が適任者だと思っています」

 本当にそうなのだろうか。一番、褒められて嬉しい人に肯定されると嬉しいはずなのに今は自分で大丈夫なのだろうかという疑問しか浮かんでこない。

「お嬢様、気分転換でもなさってはどうでしょうか?」

「気分転換、ですか?」

「ええ。たまには現実逃避でもいかがかと」

「人を元気づけようとしてくれる割には随分と後ろ向きですねぇ!」

 はぁ、とため息が出る。

 本当にこんな調子でやっていけるのだろうか。

 気分転換でもしてみようか。いや、いっそのこと本当に現実逃避でもしてみようかな。

「......ハルト、この後の予定は?」

「今日はもう予定は全て済んでおりますが」

「そう。じゃあ、つきあってくれないかしら」

「? はぁ。何に」

「決まってるじゃない」

 私はハルトを見る。

 自然と微笑んでいた。これから自分がしようとすることを考えるとちょっと気恥ずかしいけれど、だけどそのことを考えると笑みが止まらない。


「現実逃避よ」


 □□□


 私たちの住んでいる王都ハクロはブルースターにある街の中でも屈指の広さを誇る。そんな街の中にある広場を私とハルトは歩いていた。

 周囲は何故かカップルや家族連れが多く視界に入る。つい勢いでこんなところに連れ出してしまったものの、そういえば騎士団服のままで来てしまったしどうせなら私服を見せたかった、いやでもいつも家では私服を見せているしやっぱり私はどうしたいのだろうと頭の中で色々な事がこんがらがって来たところで、

「お嬢様」

「ひ、ひゃいっ⁉ なっ、なななな、なんれしゅか⁉」

「......お嬢様?」

「今のは忘れてください」

 慌ててキリッとした表情を取り繕うが冷や汗が止まらない。昔から不意に話しかけられたりすると慌てふためいて変な声を出してしまう時がある。どうやらその癖もまだ直ってないらしい。

(うう......変なところを見られた......)

 顔を赤くしていると、背後の少年が少し、ほんの少しだが笑ったような声が聞こえてきた。

「な、なんですか」

 思わずむすっと不機嫌になってしまう。確かに変な声は出てしまったものの笑うことは無いのに。

「いえ。お嬢様の可愛らしいところを拝見できて嬉しいだけですよ」

「......っ!」

 かあっと今度こそ本当に顔が真っ赤になる。

 さっきからやけに頬がひりひりする。熱い。ハルトの顔をまともに見ることが出来ない。

 私はハルトに背を向けたまま、

「そ、そんなに普段の私は、可愛く、ありませんか......?」

 自分で言ってみて少し緊張する。もしこの質問で「そうですね」と帰ってきたら艦長どころじゃなくて尋常じゃなく凹むだろうという自信が私にはあった。

「そんなことありませんよ。お嬢様は普段からお美しい方だと思います」

 ――ああ、「可愛い」じゃなくて「美しい」なんだ。

 自分の求めていた答えとは少し違うものの、まあよしとしようと密かに胸をなでおろす。

 とはいえ、十代の女の子としてはやっぱり「可愛い」と言われたいもので、どちらかというと「美しい」より「可愛い」と言ってほしかった。

「ただ、今のはお嬢様の普段では見られないような可愛い一面を見ることが出来たような気がしただけです」

「普段の私って?」

「うーん。こう、しっかりとしてて、凛としたお方だなぁと」

 どうやら普段の私はやたらと立派なお嬢様に見られているらしい。

 実際の私はそんなことはない。

 そんな、立派なお嬢様でもない。

 新型陸上戦艦の艦長に大抜擢されただけで自分で大丈夫なのだろうかと悩むぐらいには普通の女の子であるつもりだ(むしろこれで動じない十代の女の子がいたら見てみたい)。

「......私は、そんな立派な人じゃないですよ」

「そうでしょうか?」

 ハルトはただ、私が彼を助けたからそうだと勘違いしているだけだ。思えばあの出会いもなければ私は今頃こうして悩んでいることも無かっただろう。

 そういう意味では贅沢な悩みなのかもしれない。

 だけどかかる重責は拭えな――――

「自分は知っていますよ。お嬢様が毎晩遅くまで努力をなさっているのを」

「......え?」

「自分には詳しくは分かりませんがなにやら色々とお勉強なさっていましたよね?」

「ち、ちがっ、えっと、あの、あれは、」

 勉強とはいっても、<Xシリーズ>の資料だとか<カブリオレ>の資料だとかその他諸々の情報を読み込んで整理していただけだ。

 私は何のためにいるのだろうとずっと考えていた。

 ハルトやユリはWSの操縦技術がずば抜けているし、マリナさんやコサックさんはそこらの研究者には負けないぐらいの技術力がある。

 では、私はいったい何のためにいるのだろう。

 お飾りの指揮官なのだろうか。

 そんなことを考えるたびにずっと焦りが募っていた。だから少しでも何か力になれたらと色々な資料を読み漁ったり戦術の研究をしたり――――、

「自分はお嬢様の部隊にいることが出来て幸せです」

 私の心を見透かしたかのように、ハルトは言う。

「お嬢様に助けられたことが多々ありましたし、実際にお嬢様の能力は高いです。それでもそれに驕ることもなくただ努力を重ねられていらっしゃるお嬢様を尊敬しています」

 これはお世辞ではない、と解釈するのは都合がいいだろうか。

 いや、たとえお世辞だったとしても嬉しい。

 この時の私は気づいていなかったが、自然と表情に笑みが浮かんだ。

「......ありがと」

「自分は思っていることを言ったまでですよ」

 不思議と、勇気が出てきた。

 艦を預かる立場となれば、それに乗り込む者たちの命を預かることになる。

 私はそれが怖かった。

 こうするまでもなく現実逃避なんて最初からしていた。

 だけどこの少年が、私の自慢の使用人が、私の好きな男の子が、私の最高の部下が信じてくれるというのならやってみよう。

 勇気をだして。

「......あと、もう少し勇気をだしてみようかしら」

「お嬢様?」

 すうっと息を大きく吸い込んで、私は言う。

「こ、こ、ここは人が多いですね」

「そのようですね」

「は、はぐれてしまうかもしれないですね」

「いいえ。お嬢様はしっかりと自分が傍でお守りするのではぐれるようなことは起こりません」

 ......この朴念仁には空気を読むという力が致命的に欠如しているのではないのだろうか。

 いやいやいや。もしハルトにそんな力があるのであれば私は今頃こんな風に苦労していない。

「......ばか」

「? 何か言いましたか?」

「な、なんでもありませんっ! とにかく、私を守ってくれるのなら確実に守ってくださいっ」

「そ、それはもちろん」

「で、ですから......その......」

 少し恥ずかしいものの、私は自分の右手をハルトに差し出した。

「て、手を繋いでください」

 言っちゃった......。うう。周囲のカップルがやけに手を繋いでいるのが悪いんです。だからこんな突拍子の無い事を考え付いてしまったんですよぉ!

 さっきからドキドキと心臓の鼓動がうるさい。

 顔もかなり熱い。恐らく今、鏡を見れば顔をリンゴのように赤くした金髪碧眼の女の子がいるだろう。

 ......恥ずかしさのあまり死にたくなってきた。

「ハルト、私ちょっと出かけてくるわ」

「どこに行くんですかお嬢様」

「ええ。軽く樹海に行くだけだから」

「いやいやいやいやいやそこには行っちゃだめですよ⁉」

 恥ずかしさのあまりどこかに駆け出そうとした私の手を――――ハルトが掴む。

 それは本当に不意のことで、偶然のことだったのだけれど、だけどハルトの手は私を離すまいとぎゅっと私が痛くならない範囲で握っていた。

「う、あ......」

 ああ、だめだ。顔がどんどん暑くなっているのが解る。

「えっと、そのっ、お、お買い物っ!」

「はい?」

 急に何を言っているのだろうか私は。ハルトでさえ何の脈絡もないこの一言できょとんとしている。

「おかいものに......つきあって」

 言えた。なんだかこの一言をいうだけでかなり遠回りしてしまったのだけれど、気にしないことにした。というより気にかけている暇がない。

「わかりました。お供しますよ」

 ハルトはにっこりとした笑顔でおうじてくれた。その笑顔に思わずまた頬が赤くなる。いったいどれだけ赤くなっているのだろう。私の顔は。

 その後、私たちはハクロの街で手を繋ぎながらショッピングをしたのだけれど、実を言うと私はその時の事をよく覚えていない。ただただ気持ちが混乱してて、ドキドキしてて、頭が真っ白だった。

 立ち寄った店で(どんな店だったのかは覚えていない)店の人にお二人はカップルですかと言われた時には頭がぼんっと爆発したかのような錯覚さえした。

 まあ、例によってハルトが「いいえ。自分のような者がお嬢様の恋人だなんてありえません。身の程は弁えてますよ」発現で色々と冷めたのだけれど。

 その日は買い物をして家に帰って、夕食を食べて、お風呂に入って、勉強をして。

 今こうしてベッドの上に倒れ込んでようやく緊張が収まったところだ。

 冷めたところで無駄に冷静になれるだけだからその分、緊張が増すだけだったのは誤算だ。

 明日も早いしもう寝巻になったところで――――また重責がぶり返してきた。

 勇気を出そうとは思ったけど、でも、うん。緊張することには緊張する。

 しばらくベッドの上になっていたが寝付けない。今日の事を思い返していれば眠ることが出来るかなと思っていたけれど、よくよく思い返せば緊張のあまり内容はさっぱり覚えてないし、結局はハルトは相変わらず朴念仁だなぁぐらいしか思い出が無い。

 ............。


 □□□


 私は気が付けば寝巻の姿のまま、枕を抱えてハルトの部屋の前にいた。

 お父様にこんなとこを見られたら発狂しそうだけど気にしない。見つからなければいいんですよ。うん。

 軽く数回ノックする。しばらくして中から「はい?」という眠たそうな声が聞こえてきた。やはり寝ていたのだろう。悪い事をした。

「ハルト?」

「お嬢様?」

「あの、ごめんなさい。寝ていたのでしょう?」

「いえ。それは構いませんがどうしたんですかこんな時間に」

 確かに時間はもう深夜だ。普通ならもう寝ている時間帯だろう。

「その......緊張で眠れなくて」

「はあ。そうですか」

 まあ、確かにいきなりそんなことを言われても反応に困るのが普通だろう。だが本題はここから先だ。

「だから、」

 私はそれこそ勇気を振り絞るように腕に抱えていた枕をぎゅっとして、

「......一緒に寝てもいい?」

 いや本当に、私は何を言っているのだろう。

 深夜になると人間と言う生き物は変なテンションになるのは本当らしい。

 だがそんな変なテンションながらもかなりの勇気を振り絞った一言に対してハルトは、

「かまいませんが」

 と、実に冷静な声で返してきた。

 うん、まあ、予想はしていたけどこうも冷静に返されると私の女の子としての魅力にとてつもない疑問を感じる。女の子と一緒に寝るという状況がハルトにとってさほど特別でもないのだろうか。

 ......そうでないと願いたい。


 後戻りはできるわけもなく、けっきょく一緒に寝ることになってしまった。

 最初、ハルトが床で寝ると言ってきたかが大事なパイロットにそんなことさせて体調を崩されるわけにもいかないし、それになによりそんなことをされては私がわざわざここまで勇気を振り絞った意味がない。

 説得して(なんで私が説得しているのだろう)一緒の布団で寝ることに。

 ......やばい。かなり緊張してきた。

 心臓の鼓動が相手にも聞こえているのではないだろうかと思うぐらいにドキドキしていた。

 いや、頑張れ私。さすがのハルトもここまでされては流石に私を少しぐらい意識してくれるはず。この朴念仁相手ではこれぐらいしないと。

 ここからが勝負どころだ。今だ沈黙を保っているこの鈍感男にアタックするときだ。なんだか夜中だから変なテンションになっているとか、そんなことはないはずだ。たぶん。

 私は理由づけをして自分を正当化させたところで――――背中から、彼に抱きついた。

 こういってはなんだが、私は自分の体にはそれなりの自信がある。胸は大きめだと思うし、体のラインにもメリハリがあると思う。

 こんなことをしている自分が恥ずかしさのあまりハルトの背中に顔を埋める。

 恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい。

 だけどさりげなく押し当てている胸とか、体とかにハルトも少しぐらいは何かを感じてくれているだろうか。

 私を少しでも意識してくれるだろうか。

「ハルト......」

 私はハルトの反応も待たないまま、一人で語りかける。

「私、あなたにとても感謝しているわ。あなたがいなかったら今の私はなかったから」

「......」

「だから、前から一度、言っておきたかったの」

 一息間を置いて、言う。

「ありがとう」

 私の感謝の気持ちを、ハルトはどう受け取ってくれたのだろう。

「私を助けてくれてありがとう。私の家の使用人でいてくれてありがとう。いつも私たちのために戦ってくれてありがとう」

 ここまでが感謝の気持ち。

 そしてここからが私の気持ち。


「......大好きだよ」


 ついに言った。

 言い切った。

 自分で言って顔が、頬が、真っ赤になる。

 熱い。とても熱い。こんなことは生まれて初めてだ。

「......?」

 沈黙。

 しばらくして何のリアクションも示さないハルトが気になって呼びかけてみる。だが、返事がかえってこない。

 いつもなら「なんでしょうかお嬢様」というふうにすぐに返事がくるはずなのに。

 さすがに気になった私は彼の様子を伺ってみると......ハルトは寝ていた。

 すーすーと安らかな寝息を立てて寝ていた。それはもう実に気持ちよさそうに寝ていた。よくよく思い返せばベッドに入り込むなり「おやすみなさい、お嬢様」といってから終始無言だった気がする。

 ......寝顔、可愛い。

 じゃなくて。

 私の葛藤はなんだったんでしょうか。

 こんなにも勇気を出してマリナさんでいう<大胆あたっく>を仕掛けたというのにこの反応。

「..................」

 脱力のあまり力が抜けたのか眠気がおそってきたので、私はそれに身を委ねて眠りに落ちた。


 □□□


 次の日の私を襲ったのは、猛烈な後悔だった。

 昨日以上に肩を落としてとぼとぼと基地の廊下を歩く。

 どうして私はあんなことをしてしまったのだろう。いや、感謝の気持ちを伝えたいというのもあったけど、だけどあそこまで体を張ってしたことが不発だなんて。

「お嬢様」

 と、ここで研究室にいるはずのハルトと出くわした。昨日の事を思いだしてつい顔が赤くなる。

「昨日は......ごめんなさい」

 とりあえず謝っておこう。本当は個人的に謝ってほしいぐらいなのだけれど。

「いえ。自分はかまいませんよ。なにしろ、お嬢様の可愛い寝顔を拝見できたので」

「ああ、そうですか......え?」

「え?」

「寝顔? 見たんですか?」

「そりゃ、まあ。起きると必然的にそうなります」

「か、か、かわっ、可愛いって......」

「はい。お嬢様の寝顔はとても可愛らしかったです」

「......う、」

「う?」

 私はゆっくりハルトに背を向けると、走り出す!


「うにゃあああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 意味不明の奇声をあげながら、私は基地内を疾走する。

 恥ずかしい時にはとりあえず走ろうと私は思った。


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