第8話 ユリVSシド
ハルトたち<ストックキャニオン>の警戒部隊が戦闘を繰り広げていた頃、同じように要塞側でも戦闘が始まっていた。戦力が補充されたとはいえ、結局のところ気休め程度にしかならない。
実際に。
空中から突如として襲い掛かってきた海賊たちにただ防戦一方のままだった。
いや、仮に今以上に戦力が整っていたとしても対抗出来たかは定かではない(事実、<ストックキャニオン>の警戒部隊は防戦一方だった)。
しかも、飛行型ビーストにWSが乗り込むという異常事態のオマケつきである。
沿岸要塞はそもそも海中・海上の敵に対して機能するものである。それが空となれば機能も半減だ。
つぎ込まれた戦力は十一。
ワイバーンに跨った十機の<パイレツァ>と、<ファング>と呼ばれるミッドナイトブルーのWS。
要塞側にとって戦況は芳しくはない。とはいえ、劣勢というほどでもない。対空攻撃に関しては<カグツチ>が大きく貢献していた。
全身のフルアームを最大限に活用して敵の襲撃に対応していく。
とはいえ、敵の攻撃も激しく、更に武装面に関しても要塞側のWSよりも海賊たちの方が優れていた。
<ファング>はというと空中でただ戦況を眺めているだけであった。
現状として<カグツチ>のおかげで何とか拮抗しているものの、他の要塞側の戦力は初めて対処する敵に戸惑いを覚えており、戦列を立て直せないでいた。
たった一機で戦況を支えている<カグツチ>ともいえども所詮は一機のWS。
いずれ限界は訪れる。他の機体の援護も望めないだけに消耗ペースもいつもの戦闘よりも早い。
沿岸部で必死に対空攻撃を行う<カグツチ>が集中的に狙われはじめていた。咄嗟に胸部に装備された<A.I.P.F.>を展開して防御を行うが、集中攻撃を受けて身動きがとれなくなってしまった。
こちらからの攻撃は<A.I.P.F.>展開中には不可能である。
だが向こうは三機の<パイレツァ>が<カグツチ>一機にかかりっきりになることで唯一の不安要素を抑え込んだ。
残りの八機が残る要塞側の戦力を蹂躙し始めようとしたその瞬間――――。
『体勢を立て直します。今から班別に指定するポイントに集まってください』
騎士たちの間に美声が響き渡った。
そこから更に作戦前に割り振った警戒班に指定ポイントが通達される。騎士たちはまるで見えない何か、女神に手をひかれるかのごとく、そのポイントへと誘われる。
『A班、C班、D班は<カグツチ>に張り付いている敵に攻撃を。班ごとに一機ずつ、落ち着いて、冷静に射線を集中させてください。一班一機落とすつもりで。次に、残りの班は同じように空中の敵を一機ずつ落としてください』
指示された通りにA班、C班、D班が<カグツチ>に張り付いている敵に火力を集中させる。三機すべては破壊出来なかったものの、一機を破壊することに成功する。
赤い花火が沿岸部上空であがり、その光が絶望に塗りつぶされていた騎士たちの心を浄化する。
ようやく集中砲火による拘束から解かれた<カグツチ>。ユリはこの声の主に回線を開く。
<ストックキャニオン>にいるはずのトレーラー内。そこにいるアイリスの声がコクピット内に響き渡った。
『ユリ』
「アイリス。もしかして<ストックキャニオン>から?」
『ええ。こちらも現在、襲撃を受けているのですがもしかしたらと思い、さしでがましいでしょうがここから指示を出させてもらいました』
「そっちも戦闘中なら、こっちの指示をしている暇なんて......」
『ご心配なく。同時並行することぐらいは出来ます。それよりも私でよろしいでしょうか?』
「......うん、ありがとう。お願い」
解放された<カグツチ>は<A.I.P.F.>を解くと同時に再び対空攻撃を再開する。弾幕を張って敵の攻撃から少しでも味方を護りつつ時間を稼ぐ。
その隙にアイリスが的確に、素早く指示をだしていく。
『これから敵を誘導します。私が指定する座標に攻撃を集中させてください』
そんなことが出来るのだろうか。敵を実際に誘導するなんて。それも、ここから遠く離れた<ストックキャニオン>のトレーラー内で。更にいえば向こうの戦闘の指揮もあるはずだ。
ユリは見極める。
そして信じる。信じてみる。
これから共に戦う、自分と歳の変わらない少女の能力を。
アイリスが指示を出し、彼女の手足と化した騎士たちが指定された座標に攻撃を集中させていく。だが攻撃は当たらない。敵はその攻撃をかわしていく。
『ユリ、フルバーストの準備を』
了解、と返事をすると同時に<カグツチ>のツインアイがヴンッ、と力強く輝く。
そして全身の砲門が次々に展開され、フルバーストモードが完成する。
アイリスの指示がとぶ。
射線が動く。
だが、攻撃は当たらない。さすがに騎士たちの間にも少しの動揺と疑念が走る。だがそれでも、モニターの向こうのアイリスの顔は依然として凛としていた。
騎士たちには動揺と疑念が走っていたが、ユリには見えていた。いっけんバラバラに見えて敵がとあるスペースに誘導されていることを。
『ユリ、今です!』
ユリが既にアイリスの狙いを理解していたことをアイリスも知っていたのだろう。ユリはそのスペースにフルバーストモードを撃ちこむ。
全身から溢れんばかりの大火力が迸り、空を紅蓮に染め上げていく。
敵の行動予想ポイントにフルバーストが炸裂し、残り九機だった敵の内、三機が消えた。
残った敵も無事ではすまなかった。ある者は損害軽微だが、ある者はワイバーンを失って落下していく。
残存する六機の内、地上に落下したのは三機。続けて空中を飛翔するのが三機。
ちょうど、半々に分けられた。
地上にさえ降りて来ればあとは沿岸要塞側の戦力も戦いやすい。というより、地上戦ならば必ず勝てるという自信があった。
『地上迎撃部隊と対空迎撃部隊の二つにわけます。A班からC班は地上の敵を、残りの敵は空中の敵を処理してください。引き続き、指示を送ります』
戦場にアイリスの美声が響く。騎士たちが動く。既に戦場は海賊たちの蹂躙の場ではない。
アイリスと言う一人の少女が創り出す舞台と化していた。
要塞側の士気も高まっていく。
逆転に向けて歩き出していく。
だが。
「――――E班、全滅しました! F班も次々と破壊されていきます!」
「......ッ⁉」
突然とびこんできた悲鳴のような声。
創り出されようとする地獄。
その地獄を演出しているのはミットナイトブルーのWS、<ファング>だった。
ワイバーンを巧みに操りながら敵の攻撃をかわし、蹂躙していく。
「ハ――――ッハァ! さぁてと、面白くなってきたところでそろそろ働くとしますか!」
叫び、吼える。
そしてシドという名の悪魔は赤い機体に向かって急降下を開始した。
次の狙いは<カグツチ>。ユリは望むところだとガトリングガンを放つ。
だが、放たれる弾丸は空を切るのみで、依然としてシドは接近してくる手にマシンガンをもっているのにそれを使わないということは<A.I.P.F.>の前では無力だからだろうか。
「......!」
今度はミサイルを駆使して迎撃を試みるがやはり避けられる。機動力が高いだけではない。速い。
ワイバーンから<ファング>が飛び降り、大地を踏みしめた。
身を低くして大地を蹴り上げて弾丸のように駆ける。
ミサイルやガトリングガンを使用して迎撃を試みるものの、まるで弾が自分から避けていると思わず錯覚してしまいそうになるぐらいに簡単に<ファング>は弾幕の間をすり抜けていく。
距離はすぐに詰められた。咄嗟にガトリングガンを打撃武器代わりに振るう。だが、<カグツチ>の動きではシドの駆る<ファング>にはついていくことは出来ず、右手のブレードクローで<カグツチ>の右腕のガトリングガンの砲身が切断されてしまった。
「ッ!」
後退する。同時に、頭部の<放出口>を展開する。<A.I.P.F.>による収束を解除して――放つ。
――――遠距離魔導砲<炎神の息吹>。
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!』
炎神が吼える。
収束を解除したのでエネルギーは拡散し、距離も落ちる。だが、近距離の敵を相手にするには効果は抜群だった。
しかし、シドは<カグツチ>の<放出口>が展開したと同時には既に動き出していた。大地を割れんばかりに蹴り上げて跳躍し、後退する。おかげでユリの不意をついた一撃は不発に終わってしまった。
シドはコクピット内で「あぶねぇあぶねぇ」とニタニタと楽しげに笑っていた。
「こいつ......!」
手ごわい。
そう思える敵を前にユリはこの敵を、シドを引き受ける。それが役目であると、自分でも理解していた。
一方、<ストックキャニオン>での戦いも終焉を迎えつつあった。ハルトが敵<ウィザードシステム>搭載機を退けた時にはもう空中のワイバーン部隊を鎮静しつつあった。
まだ<タケミカヅチ>の<ウィザードシステム>稼働時間は残されている。
一機に空の敵を一掃しようとした所で、シルバから通信が入った。
『坊主、要塞側の方にもワイバーン部隊が現れたらしい』
「本当ですか⁉」
『ああ。ついでにあの時のWSもな』
シルバがいうところの<あのWS>。
それがシドの駆る<ファング>であることは間違いない。
あのWSの戦闘力は絶大だ。それも、ワイバーン部隊も相手にしなければならない。
どうする。
そんなハルトの悩みを見抜いたかのようにしてシルバが言う。
『こっちはもう大丈夫だ。坊主は要塞の救援にまわってくれ』
「......了解!」
迷いを断ち切り、まだ僅かながらも<ウィザードシステム>の稼働時間を残している<タケミカヅチ>は再び紫電をその身に纏って加速した。
「......ユリのこと、頼んだぜ」
その場に残ったシルバは人知れず、静かに呟いた。
<覚醒>スキルによってライトグリーンに輝く瞳がより一層、その輝きを増した。
落雷と化した機体が更に加速する。
このシステムは莫大な能力を発揮できる代償として魔力を大きく消費する。
だが、後先の事は今のハルトの頭の中にはなかった。
一刻も早く要塞にたどり着く。
速く、速く、速く――――!
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!』
炎神が吼える。
同時に、その口から息吹が奔る。
拡散された炎の一撃はシドという獣を捉えることはなかった。
ヴンッ! と両手がオレンジ色に輝き、爆発的な切断力を得た爪を携えて<ファング>は<カグツチ>に向かって襲い掛かる。
迎撃を試みる<カグツチ>は残った左腕のガトリングガンを放つものの、放たれた弾丸は大気を斬り裂くのみでかすりもしない。
敵の圧倒的な機動力にこちらの武器が一切、通用していない。それどころかガトリングガンの残弾がついに尽きた。カラカラと虚しく弾切れを知らせるように空撃ちの音が響く。
それを見た<ファング>はここぞとばかりに加速した。
ミサイルの残弾も0になっているということを既に相手も知っている。
<カグツチ>に近接専用装備は一切もたされていない。故に懐に潜り込まれれば<A.I.P.F.>で防御するしかないのだが、そもそも<A.I.P.F.>自体がエネルギー消費が大きいのでそう多用出来るものでもない。
この<カグツチ>には予備の小型<魔力バッテリー>が三つ搭載されているとはいえ、<コンヴァージェンスランチャー>に<コンヴァージェンスキャノン>、更に<A.I.P.F.>とエネルギー消費が大きすぎるのでこの数のバッテリーでも目の前のシドという相手には心もとない。
斬、と。
左腕のガトリングガンが切断された。パージして爆炎に包まれるガトリングガンを囮にしつつ、バックパックから脇下に<コンヴァージェンスランチャー>を展開する。
だが、それすらも一瞬にして切断されてしまった。
速すぎる。
相手の挙動の方が圧倒的に速い。
(フィールドを――――)
そう思った瞬間だった。ゴッ! とくぐもった音が響いたかと思うと、機体が蹴り飛ばされていたことに気付いた。バランスを崩した<カグツチ>はそのまま背中から地面に叩きつけられる。
コクピット内のユリは襲ってくる衝撃に耐えるのが精いっぱいで<A.I.P.F.>を展開する間も無かった。
チャンスとばかりに<ファング>のブレードクローが<カグツチ>を襲う。
<炎神の息吹>を撃つ暇も、<A.I.P.F.>を展開する暇もなかった。
――――殺られる。
もう駄目だと。死ぬしかないと。ついに神に見捨てられたかと。
やっぱり、一人だ。
ユリは思った。
一人じゃないとあの少年は言ってくれた。だけど死ぬときはやっぱり、一人だ。
そう思いながら、ユリはとっさに目を瞑った。
彼女を包み込んだのは孤独な永遠の闇ではなく――――まるで落雷が落ちるような音と、刃と刃が激突する音。
そして。
『――――大丈夫か?』
目を開く。
すると、目の前にあったのは死を呼ぶ刃ではなく、漆黒の機体だった。装甲のところどころがスライドして紫色に輝いている。
そしてハルトはついさっきまでのユリの心を見透かしたかのように、言う。
『一人じゃないっていったろ?』
「あ......」
沿岸部で二人きりになった時に言ってくれたあの言葉。
それを、ハルトは実行した。
もうユリを一人にしないために、この場にかけつけた。
シューッと<タケミカヅチ>の漆黒の体中の放熱口から白い蒸気があがった。そしてスライドしていた装甲は閉じ、本来の雷神の姿へと戻る。
<タケミカヅチ>はツインアイを輝かせると<夜桜壱式>を大きく振るい、<ファング>を弾き飛ばした。
そして、まるで庇うかのように<カグツチ>の前に出る。
『へぇ......王子様のご登場ってわけか』
「俺はそんな綺麗なもんじゃないけどな」
『ハッ。だったらなんだ?』
「ただの使用人だ」
シドはククッと不吉な笑みを溢すと同時に<ファング>駆け出した。ヴアッ! と両手のブレードクローが輝きを増した。
対する<タケミカヅチ>も大地を蹴り上げて駆け出し、獣と激突した。




