第10話 雷神降臨
銃口から発射される弾丸の如く、<タケミカヅチ>は簡易型WS発進デッキから飛び出した。
背中の大型スラスターによる加速で風を切り、地上を疾風の如く駆け抜ける。ハルトは視線を上空に向けると、白い尾を引きながら<デリバリーユニット>が射出されているのが見えた。
内部にコンテナを積んだ、<タケミカヅチ>のボディカラーと同じ色のミサイルは真っ青な空を切り裂くようにして仲間を救う為に真っ直ぐに飛んでいく。
WSは<歩く大規模魔法>と呼ばれている。
元々、この世界にビーストが現れた時に人間の持つ対抗手段。それは魔法だった。しかし、ただの魔法ではビーストに効果はない。大規模魔法と呼ばれる大人数、大規模な準備が必要とされる特大魔法。当時の人類にはそれしか対抗手段が存在しなかった。
とはいえ、大規模魔法には人員もかかれば必要とされる魔力も膨大だ。ビーストの数と大規模魔法のコストは明らかに追いつかない。
そこで開発されたのがWSである。
大規模魔法発動に必要な部分を機械で補う事で人間<一人>が鋼鉄の巨人を操縦するだけで大規模魔法と同等の力を引き出す事に成功したのだ。
つまり、ビーストを倒すには大規模魔法が必要であり、そこで考え出されたのが一人だけで大規模魔法と同等の力を引き出せるWSというわけだ。
そんなWSは、パイロットの魔力を引き出し、機体に付加させることが出来る。
<Wizard Soldier Online>の言葉で言うならばそれが<魔法スキル>であり、WSはパイロットの魔力――<魔法スキル>を機体に反映させることが出来るのだ。
ハルトの場合。
<Wizard Soldier Online>に存在していたスキルの全てを限界まで引き出した状態にいる彼の場合は機体の性能を限界以上にまで高めることが出来る。
ハルトの魔力によって性能を限界以上に高められた<タケミカヅチ>は大地を疾走する。地を抉り、空を切り裂くように、怒涛の速さで突き進む。
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シルバは水中で必死に堪えていた。この湖が思ったよりも深かったことが幸いしたのか、<カーディア>の防御力が高いおかげなのか。
もしくはその両方か。
確かに狙いは定めにくくなったようだが、何しろ数が数だ。湖の反対側の岸へと急ぐ。
(そろそろ二分経つが......大丈夫なんだろうな?)
シルバは不安になりつつも、アイリスを信じてただひたすらにその時を待つ。そして、短くも長い時の中、二分が経過した頃。コクピットの中のホロモニタにここに接近する新たな反応があった。敵の新手かと肝を冷やすも、それが味方の信号を発していたのでほんの僅かな希望を見出す。
とはいえ。
信号は一つだけ。ということは援軍は一人か? それだけではこの戦力を突破出来ない。
(どういうことだ? 一体何をよこしてきた?)
シルバの疑問はすぐに晴れた。
ミサイルだ。
WSが丸々一機が楽に入るような大きさのミサイルだ。
だがミサイル一発だけでいったい何が出来るというのか。いや、実験部隊である<魔術師の実験>は特殊な装備を有していると聞く。もしかするとそれなのかもしれない。すると、黒いミサイルは空中で分解した。かと思うと、中から現れたのは――武装コンテナだ。
(そういうことか!)
ミサイルはシルバ達のすぐ傍へと落下した。水面を裂き、激しい水柱と共に<デリバリーミサイル>の内部に搭載されていた武装コンテナが落下した。
予想外の一撃によって不意を突かれた<ドミナント>の部隊は一瞬、攻撃の手を止める。この隙にと武装コンテナから解放された追加武装を一斉に手に取る。
中に詰められていたのは強化シールドとWS用キャノン砲と狙撃ライフル。
このコンテナ一つで護りと攻めを同時にこなすことに成功した。だが、これだけでは現状の突破には繋がらない。
(それにまだ嬢ちゃんの言う三分まで一分残ってる......つーことは、これは繋ぎ。本命はこの後に来るものか?)
武装コンテナ一つでは決して充実した装備とはいえないがマシにはなった。長距離用のキャノン砲やライフルで攻撃を放ち、シルバ達は反撃を開始した。
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(残り一分......! 間に合え!)
アイリスが宣言した三分が残り一分になった頃。<タケミカヅチ>は<巨獣の森>へ突入しようとしていた。
一切のためらいのないまま、勢いよく森に突っ込んだ。森に突入した瞬間、昼間だというのに急に薄暗くなった。ビーストたちの気配を肌で感じる。だがそれでも止まるわけにはいかなかった。
疾走する<タケミカヅチ>はすぐにビーストと出くわした。サイズはこの森では小柄。外でならば通常のサイズに位置する、全高十メートル前後の四足歩行のビーストだった。機械的なボディを持つビーストは確かに生きており、その紅い目が<タケミカヅチ>を捉えたかと思うと鋭い爪を一気に振り下ろす。
しかし、<タケミカヅチ>はビーストの目にも止まらぬ速さで腰の対艦刀、<夜桜壱式>を抜き、ビーストの爪の一撃をかわして一瞬にして懐に潜り込み、一閃。
断末魔と共に、コアを切断されたビーストは倒れる。だがそれを確認する間も惜しく、ハルトは先へと進む。
<タケミカヅチ>がその場を走り抜ける度に大地は抉れ、風で森の木々が揺れ、空気が軋む。
息づく暇もなく、次のビーストが現れた。今度は巨大だ。全高二十メートル前後の巨人ビースト。ジャイアントオークという種類のビーストで、ハルトがいた世界ではファンタジー系VRMMOにはお馴染みのモンスターであり、<Wizard Soldier Online>ではビーストとして参戦していた。とはいえ、他のファンタジーゲームとは違い、姿はかなり機械的になっているが。
そんな元の世界の事をふと思いだしたが――今はこのジャイアントオークが鬱陶しいことこの上ない。
「――――雑魚に構っている暇はない」
剛腕を振るい落とす前に<タケミカヅチ>は大地を蹴り上げて跳躍する。二十メートル前後もあるオークの顔の前に姿を現した<タケミカヅチ>は右手をオークの顔面に叩きつける。
「邪魔だ! どけぇ――――ッ!」
零距離圧縮炸裂砲<鳴神>。
強烈な紫電の一撃がオークに炸裂した。周囲が紫色の雷によって染まる。轟音が響き渡る。
ジャイアントオークの巨体がぐらりと倒れる。ズゥゥゥン、という重い、大地を揺るがすような音が辺り一帯に響き渡った。
紫電と共に<タケミカヅチ>はジャイアントオークを踏み台にして更に跳躍し、天高く舞い上がり、目的地に向かって舞う。
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湖での戦闘は激化していた。
水中からの思わぬ反撃をくらってしまい、ドミナントの部隊も幾つかのダメージは免れなかった。しかし、相変わらず数としては圧倒していたので追い詰めることはたやすい。そして湖周辺にも徐々に回り込まれつつあった。
数が分散しているのでこの間に一気に一点集中攻撃で畳み掛けたいところだが、こうも四方から攻撃をされては迂闊に動けない。
今はなんとか耐えている状態だが、そう長くはもたない。シルバとしてはアイリスが言った三分が果てしなく長い時だと思えた。二分をこえてしばらくだが、体感では既に二分どころか二時間にも思える。
(このままではなぶり殺しだな......くそっ)
拠点防衛に長けた彼らではあったが、それ故にこうして一点に留まった闘い方――いや、防御行動を上手くたちまわり、耐えている。しかし数が数なので長年の経験によって培われた技術をもってしても精神的にも状況的にも、そして機体的にも限界が訪れようとしていた。
被弾箇所は徐々に増えてきている。
「うおおおおおおおおおおおおおお⁉」
「隊長! このままでは!」
機体はもう限界だった。右腕は吹き飛び、装甲のあちこちがボロボロだ。他の兵たちの機体も似たようなもので、ある者は左腕が爆散し、ある者は右脚を、ある者は頭部を。
――――死ぬ。
このままでは。
確実に。
(これ、は......! マジでやべぇぞ......!)
汗が頬を伝う。もうすぐ、アイリスの宣言した三分が訪れようとしていた。長い、永い三分が。
だが、援軍が来る気配はない。
ここで死んだからと言ってシルバはアイリスを恨みはしない。戦場で敵に囲まれたり敵の罠にはまったりするトラブルはよくあることだ。
実際、そういった予期せぬトラブルで死んでいった仲間をシルバは何人も見てきた。
(ハッ。俺も、もう潮時か......)
被害箇所が広がってきた。シールドに亀裂が入る。いや、じきに崩れる。最後の悪あがきをとマシンガンの弾を全てうち尽くす。
(......まぁ、こんな綺麗な湖の中で死ぬんだ。悪かねぇな)
やることはやった。誰を恨むべくもない。諦めはついた。いや、強いて言えば後ろの部下を護りきれなかったことぐらいか。
<銀色の亡霊>が覚悟を決めた。ついに地獄へ舞い降りる覚悟を。
――――その時。
湖の周辺に展開していた砲撃部隊の一部が爆散した。紅蓮の炎が舞い、そして紫電が迸る。
シルバは目を見開くと同時に時間を確認する。
丁度、アイリスが宣言してから三分が訪れていた。
爆発を切り裂くように、中から姫君に使える漆黒の戦士が現れた。
真っ黒のボディカラーに侍、もしくは武士を彷彿とさせるシルエット。
右手には漆黒の刃を持つ対艦刀<夜桜壱式>を構えている。手には強力な威力を秘めた零距離圧縮炸裂砲<鳴神>を有し、両手両足にはワイヤーアンカー<空絶>が搭載されている。そして、新たに両腕に装備された六角形の装置は小型化された魔力防御シールド、<A.I.P.F.>。
それらを持ち合わせ、この場に現れたのは、BS―PTX1<タケミカヅチ>。
<魔術師の実験>に所属し、超巨大ビースト<アッシュグレイ>を倒した実験機。
誰も操れないと称され、封印され続けていたハイスペック機を乗りこなしたパイロットは、アイリスという主に仕える騎士――ハルト・アマギ。
「――はッ!」
乗り込むや否や、右手の<夜桜壱式>を近くにいた<アンバー>に向かって振るう。対艦刀の刃はいとも簡単に土色の装甲を切断した。
動力源である<魔力バッテリー>を切断されたことにより機体が爆発しようとしていたが、それが起きる前に爆破間近の<アンバー>を踏み台にして跳躍する。
空中に跳躍した<タケミカヅチ>は両手の<空絶>を射出。先端が鋭く尖った刃の形状に変形した<空絶>は地上から空を呆然と見上げていた<アンバー>二機を貫く。
爆発。
同時に着地。
僅か二十秒にも満たない一瞬の間に四機ものWSを葬った<タケミカヅチ>が敵パイロットには――まるで悪魔のように見えた。紫色に輝くツインアイがよりいっそう、ドミナントの兵士の恐怖を増幅させる。
怪しく輝く<タケミカヅチ>の両眼が静かにそのパイロットを捉えた。
「う、おっ......! おおおおおおおおおおおおおおおッ!」
たまらず、<アンバー>のパイロットは射撃行動に移った。手に持っていたマシンガンと砲撃用装備であるキャノン砲が一斉に火を噴く。
しかし当の<タケミカヅチ>は意にも介さずに、ただ冷静に左腕を前に、まるで盾を構えるかのように出す。
一体何を? そう思ったのはその一瞬だった。次の瞬間、その疑念は現象としてこの世界に顕現した。
漆黒の戦士の左腕にある六角形の装置からクリアパープルの盾が展開された。実体のあるシールドではない。魔力を源とした、魔力の塊。
カッ! と、シールドが輝いた。
銃弾と砲弾が激突し、激しい爆炎を巻き起こす。
黒煙が辺りに立ち込め、静寂が訪れた。
「やったか......?」
ついに、悪魔を倒した。
「......ッ⁉」
そんな儚げな希望が、脆くも崩れ去った。黒煙の彼方に獲物を見据える獣の如く存在していた悪魔......いや、雷神と言った方がいいか。それは、まったくの無傷でそこに存在していた。
ヒィィィィィン......という音を立てながら、<タケミカヅチ>の左腕で光のシールドが燦然と輝いていた。
「――システム良好。<A.I.P.F.>は正常に起動」
そんな事を少年が呟いているともしらずに、<アンバー>のパイロットたちは驚愕のあまり目を見開いていた。
この作戦に参加した<アンバー>のパイロットたちはこれでも幾度か場数を踏んでいる。巨大ビーストとも戦ったことがあるし、その中には<A.I.P.F.>を有しているビーストもいた。
だからこそ知っている。
あの攻撃を遮断する謎の発光現象は、
「え、<A.I.P.F.>⁉」
「バカな! WSサイズの<A.I.P.F.>など聞いたことがない!!」
「まさか......実用化に成功したのか⁉」
<アンバー>のパイロット達が口々に悲鳴のように叫びをあげる。そんな中、この場においては冷酷な処刑人と化した雷神の乗り手であるハルトは周囲をざっと見渡す。
「残った数はちょうど三十機か......この程度の実力なら、この数でも三分もあれば片付くな」
現状を確認すると同時に回線を開く。
「シルバさん。ご無事ですか?」
『お、お前は?』
「こちら、<魔術師の実験>所属、ハルト・アマギです」
『ぼ、坊主......? やはりお前が? その機体に?』
「はい。今から退路を切り開きます。シルバさん達は岸に上がり、すぐに撤退を」
『お前......いや、解った。すまない。すぐに撤退する』
回線が閉じる。その直後に、メガロにいるアイリスからの回線が開いた。
「お嬢様。目標ポイントに到達しました。これより、討伐部隊撤退の援護を行いつつ、敵を殲滅します」
『わかりました。では援護をしつつ、敵を殲滅してください......殺れますね?』
アイリスが言うのは人を殺す覚悟を問うているのだ。ついさっきも四人の命を奪ったが、躊躇いはなかった。
デスゲーム時代にもこういったことはあった。
やむを得ない事情から、敵から仕掛けてきたり、様々な事情で状況で、プレイヤーと闘わなければならないことがあった。そして味方には下手に加減して敵を見逃そうとして、そこを突かれて死んでしまった者もいた。
なにより――敵はこちらの命を奪おうとしている。
下手に加減すればこちらがやられるし、躊躇していては自分が死ぬ。
命を奪うのに躊躇いは無い。殺したいわけじゃないが、自分を殺そうと殺気をもって挑んでくる相手に加減をする義理は無い。
それに、自分の甘い判断で味方を危険に晒しては元も子もない。
「当然です」
『解りました......。ごめんなさい』
アイリスは謝罪する。
自分の代わりに人の命を奪うという行為を、まだ自分と同じ年齢の子供に実際に行わせるという事に対しての謝罪。
「お気になさらず。では......いきますッ!」
<タケミカヅチ>は黒煙を切り裂き、背中の大型スラスターによる加速で残りの<アンバー>へと飛びかかる。
ターゲットにされた<アンバー>のパイロットには、まるで何が起こったのかが理解出来なかった。
相手が黒煙を切り裂いて飛び出したかと思うと――次の瞬間にはそこにいた。
「ッ⁉」
次の瞬間、彼の視界はブラックアウトし、この世界から彼の存在は完全に、そして永遠に消滅した。後に残ったのは土色の残骸とそこから迸る爆炎だけだ。だが、<アンバー>が爆発する前に既に<タケミカヅチ>は飛び出していた。
鬼神の如く次の相手に向かって駆け抜ける。
「うわああああああああああああ!」
「う、撃て! 撃てぇ――――――――ッッッ!」
たまらず反撃としてマシンガンやキャノン砲を撃ち出すが、身を低くかがめ、左腕の<A.I.P.F.>を盾に突き進む。その勢いは止まらない。止まるはずもない。
<A.I.P.F.>はエネルギー消費が激しい。燃費が悪いという<タケミカヅチ>の弱点も重なってその相性は悪いと思われるが、ハルトの所有する魔法スキルの内の一つである完全習得状態の<エネルギー節約>によってエネルギー消費は抑えられている。
更にハルトは必要最低限の動きしかしていない。
技術とスキル。
この二つによって<タケミカヅチ>のエネルギー消費は最小限に抑えられていた。
「――――!」
通り抜けると同時に二機を切り裂く。爆炎に包まれると同時に既に次の獲物に向かっていた。相手のサブマシンガンとキャノン砲の二重奏を跳躍してかわす。
シールドでの防御ではなく回避という選択に虚を突かれた真下の<アンバー>を見下ろす<タケミカヅチ>。真下の獲物に対して両手の<空絶>を射出。二機の<アンバー>を捉えた直後に着地し、後ろに回していた手を大きく手前でクロスさせるように振るう。
<空絶>によって捉えられていた二機の<アンバー>はぐるりと遠心力によって振り回され、<タケミカヅチ>の前方にいたもう一機の<アンバー>をサンドイッチにするように叩きつけられた。
機体がひしゃげ、歪み、崩壊し、三機の<アンバー>は爆散する。
「残り二十四機」
言うと。
大型スラスターから膨大な推力を得た<タケミカヅチ>は再び次のターゲットに向かって駆け出してゆく。
狙いを定めた<アンバー>は初めから防御行動を前提としていたのか右腕の大型シールドで防御する。しかし、ハルトはそれも構わずに<夜桜壱式>の刃を鋼鉄の盾に向かって叩きつける。
完全習得の<攻撃力強化>の恩恵を得た漆黒の刃はいとも簡単に大型シールドごと<アンバー>の腕を一刀両断する。
「なっ⁉ シールドを?」
驚きを隠せないまま、その<アンバー>はコクピットを<空絶>によって貫かれた。
<タケミカヅチ>は止まらない。雷神と化した漆黒の戦士は次の<アンバー>の群れへと向かう。懐に飛び込んだと同時に<アンバー>の頭部を鷲掴みにし――、<鳴神>で爆散させる。
ハルトは意図的にエネルギー圧縮率を下げてエネルギーを拡散させる。迸る紫電はすぐ近くにいた<アンバー>を巻き込んで連鎖的な破壊を引き起こす。
「残り二十機......この調子なら三分は長すぎたか?」
ここまででかかった時間は約三十秒。
たった一機のWSの介入により、戦況は一変した。
文字通り、ひっくり返されたのだ。




