167・台風みたいな少年〈※レイア視点〉
コツッ
「――わっ?」
私の前を歩くシンイチが、突然、躓いた。
冒険者ギルドを出たあと、次は聖マトゥ教会に報告に行く途中の道、下り坂でのことだったわ。
(ちょっと――)
傾斜はそこそこある。
転んではただでは済まないかもしれない――私は少し慌て、
パシッ
「大丈夫ですか?」
私より先に、フィンの手が彼の腕を掴む。
軽々と引き寄せ、彼女はその少年を腕の中にしっかりと抱く。
ホッ
私は安堵したわ。
フィンも安心したように吐息をこぼし、目を白黒させているシンイチを間近から見つめる。
(……ちょっと、近くないかしら?)
私の内心は関係なく、2人は見つめ合う。
あら、シンイチの顔が赤くなったわ。
それに、フィンは嬉しそうに笑みをこぼし、「ふふ、気をつけてくださいね」と少年の髪を撫でている。
その仕草、その距離感。
と、
「まるで、新婚さんだね」
ふと、いつの間にか私の隣に来たアルが言う。
呆れ交じりの苦笑。
(確かに……)
今のフィンは、まさに『女』の顔をしているわ。
惚れた男を自分のものにしたくて、自分に魅了されたことを喜んで……よく清楚だと言われる彼女の内側に秘められたもう1つの貌ね。
しばらく見なかったけれど、最近はよく見る。
昔はあの男……アレスに向けていたわね。
少しだけ懐かしく思い出す。
ただ、
「あ、ありがとうございます」
黒髪の少年は少し照れながらも、素直に感謝する。
(……違うわね)
あの男と。
アレスとシンイチは、少し似ている。
優しく、真面目で、素朴で、どこか繊細な部分もあって……でも、大きな違いが1つあったわ。
そう、年齢ね。
アレスは、フィンより年上で。
だからこそ、周りの目を気にしてか、妙なプライドか、常に自分が主導権を取ろうとしたがっていたわ。
でも、私は思う。
人としての器は、フィンが上。
本来は、フィンが主導権を握り、彼を導くべきだったでしょう。
でも、彼女はしなかった。
馬鹿よね。
男を立て、1歩引き、器が大きいからこそ我慢をし続けた。
それこそ、
(その器が壊れる寸前まで……ね)
私たちでは、助けられなかった。
助けたのは、シンイチね。
この少年はアレスに似ているけれど、自分が年下であるためか、フィンの下に就くことに抵抗がない。
むしろ、素直に受け入れている。
だからこそ、
(フィンも楽でしょうね)
今まで自分が否定されてきた行いを、素直に喜ばれ、感謝される。
今もそう。
もし、今、躓いたのがアレスなら、助けたフィンに礼は言っても少し不機嫌になっていたかもしれない。
聡いフィンも、それを感じる。
お互い、不幸になっていたでしょうね。
でも、今は、
「クレフィーンさんといると、僕、何か安心します」
「そ、そうですか」
見つめ合い、そんな会話を交わす。
(…………)
ふぅ、やれやれね。
2人は私たちなど眼中にないらしく、
「で、では、また転ばないよう手を繋いで歩きましょうか」
「あ、はい。嬉しいです」
「……ふふっ、はい」
キュッ
と、お互いの手を握り合う。
しかも、指と指を絡める恋人繋ぎで……。
(はぁ)
目の前で見せつけられて、私は思わず吐息をこぼしてしまう。
と、隣のアルも同じ仕草で。
お互い気づき、思わず目を見合わせたわ。
そして、苦笑してしまう。
「何だか、羨ましいね」
「あら? 貴方は、そういうのに興味がないのかと思っていたわ。色んな人に言い寄られても、全部、断っているんだもの」
「ん~……シンイチ君ならいいかなって」
「あのねぇ……」
義妹の恋人に、横恋慕なの?
私は呆れる。
でも、
「そう言うレイアだって、内心、悪くないとは思ってるんでしょ? 少年のこと」
「…………」
「黙秘は肯定と一緒だよ?」
「……ま、ね」
私は認めたわ。
過去のことから、どうしたって男性に身構えてしまう自分は自覚しているわ。
でも、
(シンイチは意外と平気なのよね)
子供だからかしら?
ただ、それが男女の恋愛感情に繋がるかは、微妙だけれど……まぁ、可能性がゼロではないのも確かでしょう。
私の答えに、アルは楽しそうに笑う。
そして、私たちは前を歩く2人を見る。
楽しげな横顔。
私とアルは、小さく笑う。
尻尾を揺らしながら、彼女は頭の後ろで両手を組む。
「でも、ま、可愛い義妹のためにも、しばらくは自重しますよ」
「ええ、そうしなさい」
私も肩を竦め、澄ましてそう答えたの。
◇◇◇◇◇◇◇
「――本当に、ご苦労様でした」
教会の王都大神殿で、アークレイン教皇様は私たちに頭を下げる。
面会を申し込み、約2時間待たされたのち、私たちはようやく彼女に会い、そして、全ての報告を終えたあとに聞いた一言がこれだったわ。
年老いた彼女の表情には、安堵の色が滲む。
ま、私より若いけど……。
私たちは会釈し、アルは「どういたしまして」と笑う。
報告内容は、冒険者ギルドの時と同じ。
ただ、ギルドの興味は暗黒大洞窟の状況や魔物に対してが主だったけれど、教会の興味は『邪竜の腐肉』に向いているみたい。
腐肉の色、状態、大きさなど、色々と聞かれたわ。
(ああ……そうね)
思い出したわ。
教会の裏の仕事に、腐肉を秘密裏に処理することもあるんだったわね。
だからこそ、
(他の腐肉と比較し、情報を精査してるのね)
なるほど、納得だわ。
アルとフィンも気づいたみたいね。
私たちのクラン長は、
「私たちが見つけた腐肉は、他と比べて、何か違いがあるの?」
と、興味深そうに聞く。
教皇様は頷いたわ。
「そうね。2メード程となると、これまで教会が処理してきたものと比べて、かなり大きい部類に入るわ。腐敗の進行も遅く、恐らく、発する呪詛の量も大きかったと推測されるわね」
「へぇ……?」
「だから今回、早目に処理できて本当に良かったわ」
「そっか」
私たちも頷き、アルも笑って頷く。
そして、
「それと、もう1つ」
「ん?」
「呪詛の汚染が、腐肉から3万メード圏内で72時間から発生する――この情報は、とても興味深かったわ」
「おや、新情報だったのかな?」
「ええ。汚染の症例は少ないし、微弱だと判定も難しい。今までは数値が曖昧だったから」
「へ~?」
教皇様の言葉に、私たちの視線は自然と彼に向く。
黒髪の少年は、
「え?」
と、目を丸くしていたわ。
(本当、自覚のない子ね……)
私は嘆息。
アルやフィン、教皇様も苦笑しているわ。
と、その時、彼は何かに気づいた表情をし、不意に虚空を見つめ出す。
(!)
それは、この子が『秘術の目』を使っている時の表情。
私たちは気づき、少し待つ。
5秒ほどして、
「この距離と時間は、腐肉の大きさに関係してるみたいです。大きければ、より広く、早く……小さければ、逆みたいですね」
と、言う。
教皇様は「そうなのね」と頷いた。
その表情を見るに、恐らく、教会がこれまで調査してきた推測通りなのでしょうね。
それを、5秒で見抜く。
(この子の目は、本当、反則だわ)
その『目』の前では、多くの人々が苦労し、積み重ねてきたものが無意味にされてしまうもの。
裏技、卑怯、反則、奇跡……。
人により、その感想は違うでしょうね。
けど、その中でも悪意に晒されないよう守るのは、私たち大人の役目ね。
そんなことを思っていると、
「あと、あの、この国の地図ってありますか?」
と、彼が言い出した。
(え?)
突然、何?
私たちは驚き、けれど、何か意味があるのでしょうね。
教皇様もそう判断されたみたいで、部下に頼んで、王国の地図をこの応接室まで持って来させたわ。
バサッ
目の前のテーブルに広げられる。
シンイチは地図を初めて見たのか、興味深そうに眺める。
やがて、人差し指を出し、
トン
地図の上に置いた。
指が持ち上がり、
トン トン トン
場所を変え、何回か、繰り返す。
(……?)
何をしているの?
皆が困惑の表情を浮かべてしまう。
そんな中、
「――今の場所に、他の『邪竜の腐肉』があるみたいです」
(!?)
全員、驚愕したわ。
貴方ね、シンイチ……何を世間話みたいに重要な情報を喋っているのよ?
ほら、見なさい。
年老いた教皇様は胸を押さえ、心臓が止まりそうな表情をしているわ。
彼は申し訳なさそうに、
「でも、腐肉は自力移動できるらしいんで、もしかしたら時間が経つと違う場所に行ってるかもしないですけど……」
と、付け加える。
(馬鹿ね)
例え移動しても、捜索の基準点があるのとないのでは大違いよ。
そこからは慌ただしくなったわ。
シンイチの証言を基に判明した『邪竜の腐肉』の新たな発見場所は、計13ヶ所、その全てを地図に記入し、更に拡大地図も用意され、より正確な位置を1メード単位で把握することになったわ。
汚染体の有無も確認。
高濃度ではないけれど、中濃度程度の魔物はいるらしく。
教皇様と信頼のおける幹部の人たちが、事細かに情報を書き記し、今後、王家の人と対応を協議することに決まったの。
恐らく、近日中に処理部隊が派遣されることでしょう。
シンイチ本人は、
「……何か、大事ですね」
と、目を丸くしていたけれど、貴方のせいよ?
(全く、もう……)
重要な情報を絞り出されたあとはお役御免、これから忙しくなるとのことで、私たちは早々に大神殿を追い出されたの。
帰り道でアルが言う。
「少年って、時々、台風みたいだよね」
「はい?」
彼は、無邪気にキョトンとする。
でも、私とフィンは大いに納得し、お互いを見ながら苦笑し、頷いてしまったわ。




