159・接近するモノ
僕らは、移動を再開する。
歩きながら、チラと横を見る。
そこには、長く美しい金髪をなびかせながら、颯爽と歩く清楚な年上美女がいて、
ヒィン
【クレフィーン・ナイド】
・桐山真一に、強い愛情を感じている。
・現在、探索中のため、貴方を愛でて奉仕したい気持ちを必死に我慢している。
・クエスト後、何を言われるか、期待している。
・愛情度、60/100。
(あはは……)
お母様の真眼情報です。
あのあとも、彼女は僕の隣を歩きながら、時折、熱い視線を送ってくれる。
目が合うと、
ニコッ
と、艶めかしく笑う。
ドキドキ
い、いかんいかん。
今は探索中。
彼女も我慢しているみたいだし、僕も自重しなければ……!
最後尾を歩いているレイアさんからは、少々冷たい監視的な視線も向けられていて……うん、今は感情を抑制するのにありがたい。
さぁ、集中、集中。
と、僕らは洞窟を歩いていくのだった。
…………。
…………。
…………。
やがて、80キロ地点に到達した。
約10キロの移動……でも、道中はなかなか密度が濃かった。
まず、今までより魔物の遭遇率が高かった。
分岐路で戦闘を避けられる場合もあるんだけど、数自体が増えたのか、どうしても避けれない場面も多かったんだ。
多いのは、昆虫型。
肉食のバッタや蜂、トンボに外見が似ていて、体長も1メートル前後の大型昆虫だ。
数が多くて、対処が大変だった。
他にも、鉱石を生やしたトカゲも出た。
でも、前に遭遇した奴よりも体表が黒く、牙や爪、尾の棘に毒があった。
(あ……!)
で、アルタミナさんが棘に被弾。
掠っただけだけど、傷口は一気に紫色に変色し、クレフィーンさんがすぐ『解毒魔法』を使って何とか事なきを得たけれど、正直、少しゾッとした。
事前に調査し、解毒魔法を用意しておいて本当に良かったよ……。
事前準備って大事だね。
他にも、周囲に毒液を吐く巨大なナメクジみたいな軟体生物もいたし、本当、この付近の魔物は毒持ちが多い。
あと、バフォメット。
今度は、3体同時に出現した。
相変わらず、幻覚魔法をかけられたけど、2度目だったので全員、冷静に対処することができた。
ただ、炎や氷、風の魔法なども使うので、なかなか厄介だったけどね。
でも、何とか勝利。
で、どうにか無事、80キロ地点まで到達できたんだ。
だけど、
「あ……」
「また、石像だね」
「はい」
「そうね」
歩いていると、時々、冒険者の石化した遺体を目にした。
真眼にも、
ヒィン
【冒険者の死体】
・120年前に死亡した冒険者。
・石化している。
なんて表示される。
表示される年代も『120年前』とか『80年前』とか『35年前』とか、様々だった。
各時代の英雄。
腕利きの冒険者が、この洞窟の闇の中、何人も散っているみたいだった。
(…………)
恐ろしい場所だね。
それを目にするたび、全員、身が引き締まる思いがしたよ。
可能なら『登録魔刻石』を回収したいけど、風化が激しくて難しいものもたくさんあった。
短い黙祷を捧げながら、先に進む。
やがて、
ヒィン
【85キロ地点】
と、表示が出る。
3人にも報告。
すると、
「ここで一旦、小休止しよう」
と、黒髪のリーダーが提案する。
まだ動けないほど、疲労はしていない。
でも、休憩中も安全ではないから、ちゃんと動ける内に休み、疲労を抜くべきなんだろう。
僕らも「うん」と素直に従った。
休憩できそうな場所を探す。
ちょうど良さそうな空間を見つけ、全員で移動する。
(あ……)
その場所に、石像があった。
おぅ……。
壊れた野営具もあり、石像となった冒険者の遥か先輩もこの場所で休憩しようとしていたらしい。
微妙な気持ちで、僕らも一緒に休む。
石像は、女性みたい。
見ていると、
ヒィン
真眼が発動する。
【冒険者の死体】
・50年前に死亡した冒険者。
・あのジオ・クレイアードの仲間だった女性であり、彼の婚約者だった最愛の人物である。
・石化している。
(ふぁ……!?)
僕、唖然。
え、あの黒騎士の……?
その女性の石像の顔を見つめてしまう。
いや、多分、生前は美人だったんだろうとわかるぐらい整っているけれど……ええ、そうなの?
「シンイチ君?」
「どうしたんだい?」
「何よ、そんなに石像を見つめて……」
3人に声をかけられる。
僕は一応、この石像のことを伝える。
さすがに彼女たちも「えっ?」と驚いた表情で、同席している目の前の石像を凝視してしまう。
何だか、神妙な空気。
ギュッ
何を思ったのか、クレフィーンさんが石像を見たまま僕の手を握る。
(……うん)
僕も握り返す。
どんなに大事に思っていても、例え愛していても、この洞窟の闇の中では簡単に『死』が訪れ、別れを生んでしまう――その現実を忘れ、油断してはいけない。
かつて50年前にこの地を訪れた彼女に、そう教えられた気分だった。
僕らは、石像を見つめる。
やがて、食事と水分補給、魔法の各種かけ直しを行い、僕らは休憩を終えた。
ガシャッ
荷物を背負い、立ち上がる。
(…………)
短く、全員で黙祷。
やがて、物言わぬ石像の彼女に見送られながら、僕らは再び洞窟の奥へと向かったんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
ヒィン
【90キロ地点】
洞窟内の空中に、そう文字が浮かぶ。
(ふぅ……)
また1つの区切りに辿り着き、僕は息を吐く。
あれから数度の戦闘を繰り返しながら、今に至るまで無事、僕らは生きて残っていた。
消耗は激しい。
魔力回復ポーションは全員、何回か服用している。
魔力を惜しみ、回復ポーションで負傷を治したりもした。
また、この地点まで来ると石像を見かけることも減り、かつての英雄、腕利きの冒険者たちでもここまで辿り着いた者は少数みたいだった。
(あと、13キロ……か)
全ての元凶――『邪竜の腐肉』がある場所まで。
そして、その周辺を『高濃度汚染体』が徘徊しているという。
……うん。
(もうすぐだ)
僕らの本来の目的、人類の……ファナちゃんの未来を脅かす要素を排除するための戦いまで。
緊張感が増してくる。
グッ
拳を握る。
怖くないと言えば、嘘になる。
でも、
(お兄様はがんばるからね、ファナちゃん)
と、心の中で呟く。
3人も、疲労は見えても集中を切らした様子はない。
うむ、頼もしい。
僕も気合を入れ直し、前に歩き出そうとした――その時だ。
ヒィン
空中に赤文字が浮かぶ。
(!)
赤文字!
僕は驚き、文字を読む。
【高濃度汚染体の接近】
・高濃度汚染体が、前方1201メートルの地点を徘徊中。
・こちらの存在に気づいてはいない。
・ただし、これまでに発生した戦闘の気配、及び、それによる魔物の死骸が放つ臭気に反応し、様子を見るために移動してきた模様。
・現在、低速で接近中。
・戦闘の可能性あり。注意せよ。
(い……っ!?)
僕は、目を見開く。
慌てて先頭を歩く獣人さんの、僕の目の前で揺れている細長い尻尾を両手で掴んで引き止めた。
ムギュッ
「にゃっ!?」
突然の痛みに、アルタミナさんが悲鳴を上げる。
他2人も驚いた顔。
黒獅子のお姉さんは涙目で振り返り、真っ赤な顔で僕を睨む。
「し、少年、君ね! いきなり何を――」
「し~っ」
ングッ
今度は、僕の手が彼女の口を塞ぐ。
金色の獅子の瞳が丸くなる。
縦長の瞳孔が真ん丸くなり、僕の手のひらからは彼女の柔らかな唇の感触が伝わってくる。
僕は、グッと顔を近づける。
鼻も触れそうな至近距離。
アルタミナさんの驚く顔が、更に赤くなった。
(?)
何だ……?
いや、何でもいい!
僕は小声で言う。
「――高濃度汚染体です」
「……へ?」
「1200メード、すぐそこまで来てます。洞窟内の騒がしさに気づいて、様子を見に来たみたい」
「!」
彼女の表情が、戦士のソレに変わった。
なぜか慌てていたクレフィーンさんと怪訝そうだったレイアさんもハッとなり、すぐに表情が引き締められた。
僕は、手を離す。
「まだ、僕らに気づいてはいません。でも、近づいてきています」
「――そう」
黒獅子公と呼ばれる美女は、頷いた。
静かに、重く。
それは、決戦を感じてのことだろうか……?
僕らは彼女を見つめる。
3つの視線を受け、彼女は静かに答える。
「想定より早いけど、消耗し切る前でちょうどいいね。全員、ポーションで魔力を回復させるよ。――ここで、迎え討つ」
(……!)
本気だ。
この場所で、戦うつもりなんだ。
ドクン
心臓が跳ねた。
ああ……ここで命を懸けた戦いになるのか。
今までよりも遥かに強敵で、もし負けたなら、これまでに見てきた石像と僕らも同じになってしまう。
そんな運命の分岐点。
(え……?)
この……何もない、洞窟の一角が?
唐突に、突発的に、突然に、けれど、僕らの生死が決まる重大な出来事が、この真っ暗で岩しかない寂しい空間で始まろうとしている。
それが、なんだか不思議で。
でも、確かな現実。
その時、
ギュッ
そんな僕の手を、お母様の白い手が握る。
(あ)
ハッとし、彼女を見る。
青い瞳が僕を真っ直ぐ見つめ返し、彼女は頷いた。
長い金髪が光を散らし、柔らかに揺れる。
「勝ちましょう」
「あ……」
「勝って、共に生きて帰りましょう、シンイチ君」
「っ……はい!」
僕は頷いた。
彼女も微笑み、もう1度、頷いてくれる。
――そして、僕らは『高濃度汚染体』との戦いの覚悟を決め、すぐに戦闘準備を始めたんだ。




