155・擬態の岩壁魔物
(寒……っ)
水中を出ると、寒さを感じた。
湖の水面から出た場所は、入った場所と同じような地底湖の湖面が広がる空間だった。
3人の美女も、地面に上がる。
「ふぅ……」
「無事、抜けられましたね」
「そうね。……全く、やれやれだわ」
ポタポタ
美女の身体を伝った水滴が、足元に落ちていく。
濡れ髪。
肌に張り付く衣服。
まさに水も滴るいい女の皆さんです。
同時に、そんな綺麗なお姉さんたちなのに、大剣や戦斧などで武装している所がまたギャップ萌えですね。
(うふふ……)
実に眼福です。
ともあれ、身体が冷えているのも事実で。
僕らはロープに繋いだ荷物も引き上げ、中から乾いたタオルを取り出すと、全身を拭いていく。
ランタンも灯し、その熱も暖かい。
焚火もしたいけど、換気のできない洞窟内だと怖いので、お母様が代わりに『白き炎霊』を使ってくれた。
ボボボッ
空中に、白い炎が燃えている。
(ふひぃ……生き返る)
その神秘的な炎の熱で、衣服や髪も乾き、手足の末端の動きも回復した。
よし、と装備も着用。
全員、湖に入る前の状態に戻った。
リーダーである黒髪のお姉さんが、僕らを見回す。
「じゃあ、行こうか」
「うん」
「そうですね」
「ええ、先に進みましょう」
僕らも頷く。
ガシャッ
装備品の音を響かせ、足を踏み出す。
水没した区域を抜け、その先の洞窟の暗闇へと僕らは進み出した。
◇◇◇◇◇◇◇
地底湖の前後で、洞窟の景色は変わらない。
だけど、
(何となく、重い空気な感じ……)
気のせいかな?
真眼で調べても、特に異常はないんだけどね。
目の前の洞窟の暗闇を見ながら、僕は『う~ん?』と首をかしげる。
と、
「空気が重いわね」
と、最後尾のレイアさんが呟く。
(え?)
僕は驚く。
先頭のアルタミナさんがかすかに振り返り、また前を向く。
足を止めないまま、
「そうだね。あの湖が境になって、魔物の強さが大きく変わるらしいんだ。だから、きっと『死の気配』を感じてるんだと思うよ」
「死の気配……」
「まぁ、怖いですね」
「そう? 単純に、魔素が濃くなっているからの気もするけれど」
「ふふ、どうだろうね?」
黒獅子のお姉さんは、軽く笑う。
う、う~ん。
(あまり、笑えない気がするんだけどなぁ)
僕は、少々困惑。
でも、熟練の冒険者である3人は、まだ余裕のある表情である。
頼もしい……。
そんな会話をしつつ、僕らは奥へと進んでいく。
相変わらず、鍾乳石の生えた岩の空間は緩やかな下り傾斜で、濡れた足元は滑り易く、光の照らす範囲以外は真っ暗闇だ。
コツン コツン
その闇の中に、僕らの足音だけが反響する。
やがて、しばらく歩くと、
ヒィン
(ん?)
突然、真眼が文字を表示した。
【50キロ地点】
(お……)
もうそんなに進んだのか。
そして、50キロ地点……昨日まで生きていた冒険者グループが全滅した地点である。
一応、3人にも伝える。
「そう、5万メード地点か」
「まだ、その冒険者たちを全滅させた魔物が近くにいるかもしれませんね」
「注意して進みましょう」
「はい」
彼女たちの言葉に、僕も頷く。
再び進み出し、5分もしない内に、
「ん……血の臭いだ」
(!)
嗅覚の鋭いアルタミナさんが反応した。
ドキッとする。
周囲に目を凝らしながら、更に進むと、
(あ……血痕)
濡れた岩の地面に、大量の血が散乱している場所を見つけた。
鍾乳石の間の空間で、そばには採掘道具や野営のためのテント、鍋やコンロのような魔導具も散らばっていた。
そして、石像。
6人分、倒れた人型の石があった。
腕や足、胴体の一部は欠損してる。
魔物に喰われたのだろう……。
灰色の石で覆われた顔部分には、恐怖や絶望の表情を浮かべているのが見て取れる。
(……っ)
思わず、息が詰まる。
ほんの十数時間前まで、この人たちは生きて、談笑したりしてたんだ。
それなのに……。
3人も、石像を見つめる。
「登録魔刻石だけでも、回収しておこうか」
「はい」
「そうね……」
石化した首元にある魔刻石らしい石を剥離し、取り出す。
冒険者として、彼らの生きた証。
その、遺品。
僕らは6つの石像に、手を合わせる。
やがて、息を吐き、顔を上げると再び洞窟の奥へと進み出したんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
(……どんな魔物にやられたんだろう?)
歩きながら、ふと思う。
龍魚のいる湖を越え、50キロ地点まで到達した冒険者グループだ。
実力もあったはず。
なのに、野営中に全滅した。
不意打ちを受けたのか、超強い魔物に遭遇したのか、あるいは両方か、それ以外の要因か……。
ゾク……ッ
想像するだけで、背筋が震える。
僕らは出逢わないことを祈りたい。
けど、基本、1本道の洞窟だから難しいかな……?
(はぁ)
こっそり、ため息が出ちゃう。
と、その時だった。
ヒィン
空中に真眼が文字を表示する。
しかも、赤文字で。
(え? 赤文字?)
警告の色だ。
僕は慌てて内容を確認する。
【岩壁ミミックの擬態】
・この先、洞窟の壁に擬態した魔物がいる。
・体長約3メートル、体重約700キロ。ヤドカリに似た生物で、洞窟の岩壁に似た殻を被っている。
・擬態の肉眼での識別は困難。
・先の6人の冒険者を倒した魔物である。
・戦闘力、330。
・距離、157メートル。
(へぇ……!?)
岩壁ミミック!?
洞窟の壁に擬態しているの?
しかも、コイツが、あの6人の冒険者グループを全滅させた魔物だって……っ!?
僕は、一瞬、呆気に取られ……すぐ3人に報告。
彼女たちも驚く。
「岩壁ミミック?」
「まぁ、そんな魔物が……」
「この先にいるのね?」
僕は「はい」と頷く。
冒険者6人を全滅させたということで、3人も警戒した表情だった。
武器を構え、慎重に前に進む。
ドキドキ
段々、緊張してくる。
やがて、140メートル進む。
魔物まで、17メートル。
実際、光の照らす範囲にいるはずだけど、
(え……どこ?)
全然、わからない。
ただ、今までと変わらぬ洞窟の景色だけが続いているように見える。
3人も訝しげで、
「本当に、この先かい?」
「は、はい」
「探知魔法にも反応がないのよね。ただの壁にしか見えないわ」
と、言われてしまう。
う、う~ん?
2人の様子に、僕も自信をなくす。
だって、どう見ても、目の前に見えているのは普通の岩の壁でしかなく、これが擬態だと言われても、正直、信じられない。
(でも、真眼君が言ってるし……)
間違いないと思う。
と、
「シンイチ君が言うのです。疑うのはやめましょう」
お母様が言う。
キリッ
信頼と自信に満ちた表情だ。
(ク、クレフィーンお母様……!)
その気持ちが嬉しい。
友人2人は苦笑し、でも、すぐに表情を改める。
「シンイチ君、正確な位置はわかるかい?」
「あ、はい」
僕は頷き、
ヒィン
【岩壁ミミック】
・ここにいる。
見えた文字の位置を、指で示す。
「あそこです」
左側の壁、鍾乳石の奥の少し膨らんだ壁の部分だ。
でも、本当、普通の岩壁。
3人は頷き、
「レイア」
「ええ、わかったわ」
赤毛の美しいエルフさんが大弓を構え、巨大な矢の先端をその岩壁に向ける。
キリリ
弦が引き絞られ、
バシュッ
と、巨大な矢が放たれた。
岩壁にぶつかり、
バギィン
跳ね返ると思った矢は、けれど予想外に、壁の内側に深く突き刺さった。
(え……?)
全員、驚いた顔。
そして、岩壁がググっと動き、一部が剝がれる。
剥がれた壁の裏側から、長い鋏と無数の足を持ったまさにヤドカリみたいな生き物が姿を現した。
岩壁のような殻を貫通し、背に矢が刺さっている。
(おお……本当にいた!)
僕らは目を丸くする。
「本当にいたね」
「はい、だから言ったでしょう」
「探知魔法にも反応が出たわ。あの殻、探知系の魔法の遮断効果もあるようね」
などと言いながら、武器を構える。
ギチチ
口元の牙を動かし、奴は泡を吹く。
ん……?
血が混じってる?
もしかして、背中に刺さった矢、意外と深手なのかもしれない。
(そうか)
と、気づく。
擬態能力は高いけど、その不意打ち以外、基礎的な肉体強度や戦闘能力は低いのかもしれない。
もちろん、数値330だから弱くはないんだけど。
でも、3人に比べたら……。
岩壁ミミックは、僕らの方に鋏を振り上げ、近づいてくる。
と、その時、
「シンイチ君、やってみるかい?」
「え?」
「大分、弱っているみたいだし、今回のとどめ、君に任せるよ」
と、リーダーのお姉さん。
僕は驚き、でも、他2人も納得してる様子だ。
(いいの?)
でも、いいみたい。
彼女たちの表情に、僕は「はい、わかりました」と頷く。
ヂチ ギチチ
長い足を動かし、近づいてくる魔物を見据える。
冷静に右手を向け、
「――土霊の岩槍」
と、魔法を発動した。
ドン
衝撃音と共に発射された黒い大理石みたいな岩の槍は、ミミックの頭部を貫通――背中の殻も砕き、背後の洞窟の本物の壁にゴゴンと突き刺さった。
思ったより、柔らかい。
岩壁みたいな殻も、実際は本物の岩と同じぐらいの頑丈さはないみたいだった。
ズズゥン
700キロの巨体の進行が止まり、地面に崩れ落ちる。
血だまりが広がる。
ヒィン
【岩壁ミミック】
・死亡している。
(ふぅ……)
僕は息を吐く。
3人の美女はしばらく魔物を観察し、やがて武器をしまった。
ポン
アルタミナさんが僕の頭に手を乗せ、
「お見事」
と、白い歯を見せ、笑った。
僕も笑顔を返す。
レイアさんは興味深そうに、魔物の死骸に近づく。
頭部の傷口を確かめ、
「そう、暗黒大洞窟5万メード地点の魔物を一撃で倒せるの。――本当、強くなったわね、シンイチ」
と、しみじみした口調で言う。
えっと……褒められた?
(ど、どうも)
いつもクールな赤毛の美女に褒められると、何だか照れ臭い。
僕はモジモジ。
と、クレフィーンさんも、そんな僕を見つめ、
「ふふっ、さすがですね、シンイチ君」
と、青い瞳を熱く潤ませる。
(う……)
その微笑みと視線の艶っぽさに、胸がドキッとしてしまう。
か、顔、熱い~。
でも、何となく、自分の魔法で倒せたことで50キロ地点の魔物の強さもわかり、先程までの不安も和らいでいた。
あ、そうか。
もしかして、だから、アルタミナさん、僕に……?
今更、気づく。
3人の美女を見返すと、彼女たちは優しく微笑んでいる。
僕は、胸が熱くなる。
でも、
(――うん)
確かに、これなら大丈夫。
この先も、きっとやっていける――その自信ができたよ。
僕は、自分の両手を見つめる。
3人の先輩の思いに感謝して、そして、見えない何かを掴むように、
ギュッ
と、その手を強く握り締めたんだ。




