149・石と鉄の街オードン
街に入ると、
(わぁ……)
鉄のような金属の匂いがした。
壁の門前で30分ほど並び、やがて手続きして入った街は、そんな第1印象だった。
眼前には、石造りの家々が建ち並ぶ。
ヒィン
真眼が発動する。
【石と鉄の街オードン】
・人口3万人の都市。
・近くに『暗黒大洞窟』が存在し、それ目当ての冒険者が大勢いる。
・また『暗黒大洞窟』で採掘された鉱物や宝石などを扱う鍛冶師、宝石商も多数、街には存在している。
・治安は悪くないが、短気な職人も多い。
(へ~?)
冒険者と職人の街?
街を見れば、なるほど、至る所に黒煙が見えるのは、鍛冶仕事が盛んだからか。
あと、石と金属の建築物が多い。
水路上の橋、時計塔、柱状の街灯、階段の手すりなど……全部、石材と金属製で木製の部分が全然ない。
景観には、植物が少ない。
灰色や銀色、銅色、黒色ばかりが目に入る。
グレシアンの森を抜けてきたから、その差に驚くよ。
あと、真眼情報にあった通り、道を歩いている武装した冒険者はたくさんいた。
(ふむ……?)
みんな、暗黒大洞窟、目当てなのかな?
ゴトゴト
そんな街の中を、竜車は進んでいく。
で、ここで問題が発生した。
「え、ここも満室ですか?」
「みたいだね」
竜車に戻ってきたアルタミナさんは、吐息をこぼす。
実は、オードンの街の宿屋を探してたんだけど、なんと3件とも満室で泊まれなかったんだ。
何でだよぅ?
と、その理由もわかってるみたいで。
「先々月、暗黒大洞窟で100万リドの希少な宝石が採掘されたらしくてね。それで先月末から今月にかけて、一旗揚げようって冒険者が多く来てて、宿の満室が常態化してるんだってさ」
「ええ……?」
「まぁ」
「面倒な話ね」
僕らは驚く。
なんて、悪いタイミング……。
でも、100万リド――約1億円の宝石か。
(少し羨ましい……)
と、正直に思ったり。
だけど、暗黒大洞窟は危険な場所のイメージが先行してたけど、そんな一攫千金が狙える洞窟でもあったんだね。
だから元々、街に冒険者は多くいて、現在は1億の宝石の件で更に増加している、と。
なるほどね……。
でも、実際、どうしよう?
まさか、今日は野宿?
(う~ん、できれば、宿屋でゆっくり休んで、万全の体調で探索に挑みたかったんだけどなぁ)
期待してた分、僕、がっかり。
彼女たちも残念そうだ。
と、その時、
(あ……そうだ)
ふと思い出した。
僕は言う。
「アルタミナさん、あれ、使いましょう」
「ん?」
彼女は、金色の獅子の瞳を丸くする。
クレフィーンさん、レイアさんも不思議そうに僕を見る。
僕は、思いつきを説明。
彼女たちは「あ」と言い、納得してくれた。
…………。
…………。
…………。
1時間後、僕らは無事、屋根の下で泊まれる客室を手に入れた。
でも、宿屋じゃない。
実は、オードンの街にある聖マトゥ教会の神殿、その巡礼者用の宿坊の1室を借りられたんだ。
方法は簡単。
先日、教皇様が渡してくれた『短剣』だ。
そう、アークレイン教皇の勅命の証で、オードンの神殿長に見せたら、即、対応して部屋を用意してくれたんだ。
しかも、大部屋ではなく、4人で泊まれる個室。
多分、賓客用の気がする。
(権力って凄いね……)
何か癖になりそう。
ありがたいけど、少し不安も覚える僕でした。
ともあれ、宿確保。
3人も安心した様子で、
「シンイチ君の機転のおかげだね」
「はい、本当に」
「ええ、今回は素直に褒めてあげるわ。よく思い出したわね、シンイチ」
クシャクシャ
(わっ?)
珍しく上機嫌なレイアさんに、髪を撫でられる。
ちょっと目を丸くしちゃう。
でも、そんな僕の表情がおかしかったのか、3人のお姉さんはまた楽しそうに笑ったんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
窓の外は、もう夜だ。
見える空には、瞬く星々と3色の月が昇っている。
宿坊を管理する神官さんが食事を用意してくれて、僕らは美味しく頂いた。
(うん……)
明日から洞窟だ。
こんな普通の食事も、しばらく無理になる。
味わって食べよう。
モグモグ
焼き魚をほぐし、骨以外を丁寧に食べていく。
パンを千切り、牛肉と野菜のシチューに浸して口へと運ぶ。
(うう、美味しぃぃ)
絶対生きて戻って、また食べるぞ……!
そんな僕とは対照的に、3人のお姉様方はリラックスした様子で談笑しながら食事をなさっていた。
僕の様子に気づき、
「今らそんなに張り詰めてると、本番で疲れちゃうよ?」
と、注意された。
(う……確かに)
アルタミナさんは笑い、レイアさんは「まだ新人ね」と苦笑する。
と、クレフィーンお母様は、
「大丈夫、私が……私たちがいますからね。心配要りませんよ」
「あ、はい」
「ふふっ、よしよし」
「…………」
ナデナデ
あ、頭、撫でられちゃった。
(えへへ……)
母性溢れる未亡人さんの撫で撫では、何か心を落ち着ける作用があるようです。
う~ん、落ち着く。
僕も、まったり。
飼い主に撫でられる犬や猫の気分かも……?
そして、ふと思う。
クラン長を見て、
「あの……僕らが明日行く『暗黒大洞窟』って、オードンの街から近いんですか?」
「ん?」
アルタミナさんは目を瞬く。
少し考え、
「確か資料によると、3000メードほど先の岩山の中腹にあるんだったかな」
「そうね」
副クラン長の美女も頷く。
(約3キロか)
確かに近い。
「そんな近くに魔物のいる洞窟があって、この街は大丈夫なんですかね? その魔物に襲われたりしないんですか?」
「まぁ、冒険者が多いしね」
「……はぁ」
「国兵もいるし、問題ないと思うよ」
「ですか」
「うん。実際、洞窟に行く冒険者はほぼ毎日だし、結果、魔物の間引きも行われてるんじゃないかな」
「え? 毎日?」
僕は驚く。
彼女は「らしいよ」と笑った。
酒瓶を傾け、木製ジョッキに注いだ果実酒を飲む。
プハッ
美味しそうに息を吐いた。
そんなクラン長に変わり、副クラン長が言う。
「暗黒大洞窟では希少な鉱物が採れるから、冒険者や採掘師が日々、入っているの。そうして人々が集まった結果として、このオードンの街もできた感じらしいわね」
「へぇ……」
「実際、今も鉱物が採れているしね」
「はい」
先々月、1億円の宝石も見つかってますしね。
と、お母様が問う。
「採り尽くされたりしないのでしょうか?」
「平気ね。その理由があるの」
「理由?」
「暗黒大洞窟は鉱山みたいなもの。だけど、長年1本道で、人が掘り進めた支道が全くないの。なぜだかわかる?」
「さぁ……」
「掘った部分が塞がるの。――死体で」
「え?」
(死体?)
僕とお母様は驚く。
コン
黒獅子公と呼ばれる美女が木製ジョッキをテーブルに置いた。
薄く笑い、
「――人間や魔物の死体が、洞窟内では石化するんだよ」
と、言った。
石化……?
僕らは目を見開く。
「特殊な魔素の影響なのかな? 死後30分ぐらいから、石化が始まり、肉体と洞窟の成分が入れ替わるらしいんだよ。で、死体型の鉱物ができあがる」
「う……」
「だから、掘っても掘ってもなくならない」
「…………」
「死んだ人が洞窟の闇に溶けるように消えてしまう……だから、『暗黒大洞窟』って呼ばれるのさ」
「な、なるほど」
僕は、何とか頷いた。
でも、そうなると、
「じゃあ、採掘された鉱物って、元は……」
「あはは、うん」
「…………」
「でも、ま、成分は入れ替わってるから」
「……でも」
「そうだね。だけど、人の欲望ってのは、その程度の倫理観じゃ止められないんだよ。特に、それで街の経済が回ってるしね」
「…………」
人の業って凄いな。
少し圧倒される。
黙り込む僕に、赤毛のエルフさんも言う。
「でも、その採掘も命懸けなのよ」
「え?」
「採掘音で魔物が集まってくる。だから、毎年、犠牲者は100人以上、出てるらしいわ」
「…………」
「あと、魔物にレールや滑車も破壊されてしまうから、ほぼ人力で運び出す必要があるの。そして、希少な鉱物がある洞窟の深部では、魔物の強さも上がり、危険も増す。――その労力は想像できるでしょう?」
「…………」
ゴクッ
僕は、唾を飲む。
(それでも、人は潜るのか)
彼女は言う。
「人の欲に際限はない。だから、何十年経とうと洞窟内の鉱物も採り尽くせないわね」
皮肉気な、でも、哀しげな声で。
しばらく沈黙が落ちる。
やがて、クレフィーンさんが静かに言う。
「……まるで『暗黒大洞窟』が希少な鉱物を餌に、欲深い人間を招き入れ、捕食しているみたいですね」
た、確かに。
人知の及ばぬ恐怖の洞窟……まさに、異世界ホラーだ。
なんか、ゾクゾクする。
と、
「でも、私たちは明日、そこに入るんだけどね~?」
ニコッ
明るい笑顔のアルタミナさん。
顔が赤い。
うん、酔っ払いで~す……。
強張った空気を崩した彼女に、友人2人は苦笑している。
(あはは……)
しかし、石化か。
不思議な現象だよね。
もしかして、『邪竜の呪詛』、あるいは、『邪竜の腐肉』が関係してるのかな……?
ま、全ては明日以降、か。
窓の外を見る。
美しい月たちが輝き、星々が瞬いている。
(…………)
これも、見納め。
当分、さようならだ。
そんな僕の手を、
ギュッ
(!)
クレフィーンさんの白い手が握ってきた。
しばし見つめ合う。
「…………」
彼女は何も言わない。
でも、優しく穏やかな微笑みで、不安な僕を慰め、励まそうとしているのは伝わってきた。
だから、
(……うん)
僕は頷き、微笑んだ。
キュッと、繋いだ指に力を込める。
全ては、明日。
多くの冒険者が散り、その闇に消えていった『暗黒大洞窟』へと僕らは潜るのだ。




