142・幻想の隠れ道
僕らは、竜車の待つ場所に戻った。
大森林の真っ只中だ。
残された御者さん2人はかなり不安だったみたいで、僕らを見たら泣きそうな顔になって安堵していた。
(あらら)
なんか、ごめんなさい。
でも、ルクレードさん曰く、
「精霊魔法でここら一帯の気配を隠し、危険な動物や魔物は近づかないようにしていたのだよ」
とのこと。
へ~、そうなんだ?
もっと早く教えてくれたらよかったのに……。
ともあれ、僕らは再び竜車での移動を開始する。
目指すは、エルフの里。
レイアさんの生まれ育ったという場所だ。
(どんな場所だろう?)
うん、楽しみ。
そんな僕らを乗せ、竜車は進む。
ゴトゴト
相変わらず、森の木々が自動で開けていく、摩訶不思議な光景だ。
移動開始して、約30分後。
ん……?
(なんか、霧が出てきたぞ?)
結構、濃い。
視界は10メートルも見えなくて、更に周囲は白くなる。
え、窓の外、何も見えない。
御者さんも困惑。
すると、レイアさんが、
「迷いの結界よ。隠れ里に外の人が近づかないよう、精霊魔法が展開されているの」
「へ~?」
この霧、結界の効果なんだ?
と、彼女は白い手をヒュッと前方に伸ばす。
何かを投げる仕草で、
ポウッ
あ……竜車の前方の空間に、光の玉が浮かんだぞ。
彼女は、御者席に言う。
「あの光を追いなさい」
「は、はい」
御者さんは、慌てて頷く。
ゴトゴト
白い濃霧の中、速度を落としながら、竜車は進んでいく。
さらに30分後、
(お……?)
白い霧の先に、何かが見えた。
石碑……かな?
古びた、苔の生えた石の塊だ。
大きさは1メートルぐらいで、何か文字が彫られている。
でも、読めない。
根元の地面も、草だらけ。
と、
ヒィン
真眼が発動した。
【目印の石碑】
・目印となる石碑。
・この石碑から、東に125歩、南に333歩の場所にある老木の洞の奥に、迷いの結界を解除する小石がある。
・石碑自体に意味はない。
(あ……)
思い出した。
これ、グレシアンの森の隠れ里に入る方法だ。
初めて会った時、レイアさんに『真眼』の真偽を試すために聞かれたんだっけ。
懐かしい~。
僕は、彼女を見て、
「東に125歩、南に333歩?」
「そうよ」
確認に、赤毛のエルフさんは苦笑した。
何も知らないルクレードさんは、驚いたように僕を見ていたけどね。
で、再び移動する。
ゴトゴト
やがて、白い霧の先に、巨大な樹木が見えた。
(おお……)
周りの木々より、更に1回り太い。
ただ、かなり高齢なのか、枝は枯れ、葉はなく、苔と蔦に覆われ、見えている幹の部分は灰色がかっている。
そして、根本付近に洞があった。
でかい……。
竜車が丸ごと、入れるサイズ。
洞の前にあった、邪魔な太い根や草木がザザ……と避けていく。
竜車ごと、洞の中へ。
光の玉に照らされる内部は、広い半円の空間で、足元には落ち葉が敷き詰められていた。
「少し待ってて」
サクッ
レイアさんが1人、車外に降りる。
少し離れた場所で立ち止まり、しゃがむ。
(ふむ?)
見つめると、落ち葉を払った場所に、無造作に小石が10個ほど落ちていた。
ヒィン
真眼が詳細を表示。
【迷いの小石】
・迷いの結界の操作システム。
・小石の位置により、結界の発動を操作できる。
(ほほぅ?)
面白いね。
まさか、あんな無造作に置かれた小石が結界の要なんて、誰も思わないよ。
レイアさんの白い指が、小石を摘まむ。
コト コト
何個か、動かす。
と、周囲の霧がゆっくりと晴れていく。
そして、
(え……?)
何もなかった洞の奥に、もう1つ、別の出入り口が開いた。
嘘……。
もしかして、これも迷いの結界で隠されてたの?
(凄ぉ)
全然、わからなかったよ。
ルクレードさん以外、車内にいる全員が驚きの表情だ。
と、レイアさんが戻ってくる。
「あの先に、里があるわ。さ、行きましょう」
「あ、うん」
僕らは頷く。
再び竜車が動き出し、森の中の道へと入っていく。
でも、
(なんか、森が違う)
そう気づいた。
空気感が違う。
そして、周囲に生える草木は、その一部が半透明に光っている。
小鳥や虫、獣も同様に。
まるで、幽霊みたいな……?
見た事もない光るクラゲみたいな生き物がフワフワ飛んで、木々の向こうに消えていく。
(げ、幻想の森だ)
凄い、凄い。
ここが、グレシアンの森の深部、エルフの里に通じる隠された場所なんだ。
うわぁ、素敵だぁ。
目を輝かせる僕。
経験豊かなクレフィーンさん、アルタミナさんの2人も珍しそうに周囲の景色を眺めていた。
僕らの様子に、ルクレードさんが笑う。
「ふふっ、この場所に人の子が入るのは、150年前、幼きレイア・ロムが引き入れた人の子とその仲間以外、久しぶりであるな」
「ちょ……っ」
「此度は、大丈夫かな?」
「……意地が悪いわ、ルクレード・ロム」
「ははは」
「もう……っ!」
プイ
赤毛を散らし、彼女は顔を背ける。
あら……?
普段、落ち着いて大人びたレイアさんの不貞腐れる表情は、何だか可愛かった。
その友人2人と顔を見合わせ、
(ふふ……)
僕らも笑ってしまう。
それに気づいて、レイアさんはその長い耳の先まで赤くなる。
「何よ、貴方たちまで」
と、唇を尖らせる。
あはは、ごめんなさい。
でも、故郷が近づき、感情豊かになる彼女を見るのは、何だか嬉しかった。
僕は言う。
「どんな里か、楽しみです」
「あっそ」
彼女は素っ気ない。
でも、みんなは笑ってくれる。
ゴトゴト
そうして、幻想的な森を進むこと、約1時間。
やがて、僕らの竜車は、ついにグレシアンの森のエルフが暮らしている隠れ里に着いたんだ。




