2-6 伏魔殿の黙示録。逆転に至る熱意の波!
「……所詮、この程度か」
ジュボッ! と再び年代物のジッポで葉巻を灯す。
サングラス越し、彩度の低い視界の中で炎が揺れる。
F格の群れをCー程度に育てたのは見事だが、それも屈強なヒーローアーマーの比重が重い。
個々が自立判断できる段にも入ってなかった。有り体に言えばイレギュラーに死ぬほど弱いのだ。
B格以上に至る面々は、その一人一人が思考力でも桁違い。対応出来る場面、環境が途方もなく増え、全てを一人で出来る優秀さを誇る。
結局彼らは、予定通り動く事に特化して育てられた兵士に過ぎない。
頭を叩いた今、もう戦える者は居まい。
よしんば居たとして、心身ともに砕かれたとあれば戦いにもなるまい。
…………と。
「あ…………れ…………?」
「ん?」
誰かが起き上がる。
Fー2班の一人。小人ほどでは無いが、妙に小動物めいた誰かが。
とても戦えそうにない雰囲気。いや、なぜここにいるのかもわからないレベルのか弱さだ。
しかし、何かが妙だ。
気配がおかしい。
「何が…………起きた……ん、ですか………………?」
「分からなかったか? まあ分からないだろうな、お前らみたいなクズには。…………もう無駄だ、寝てろ」
サイアクの気分だった。
話もしたくない気分だった。
だから早く打ち切りたかったのだが。
「嫌、です…………」
鍛錬の賜物か。
存外、骨があるのか。
か弱い見た目に反し、意地を見せる……。
「クズ、ですか。確かに、わたしの評価はよくないみたいですけど…………それでも無駄になるよりマシだって、まだやれる事があるハズだって思って、ここまでやってきたんです……!」
「ふん。少しは自分を知ってるようだが……まだまだだ」
眩しい決意に目がくらみ。
サングラスの下の瞳も閉じる。
意識を背け、集団に広く浅く語る。
「いいか…………俺はシマカゼ・ディーネB格……B格、だ。総合評価でBだとこれくらいはできるって事だ」
「…………!!」
「当然上にはA格だのS格だのが居るし、同じBでも俺より強いのがゴッロゴロ居る。なぁ…………言いたいことわかるか?」
世間知らずに教えてやる。
「それでも解決しきれんのがこの世界の複雑さだと言うことだ。それをF格に毛が生えた程度のお前が変えるだと…………?」
すぅ、と吸い込む。
怒りを込めて。
侮蔑を込めて。
「思い上がるのも! いい加減にしろ馬鹿どもめッ!! ちょっと修行したらもう英雄気取りか!? ふざけるな!! 世界はゲームなんかじゃあない、そんな上手く行く地獄ならこうはなっていないんだよ!! 分を弁えろドブカス共がッッッッッ!!!」
「…………ッ!!」
演技などではない。
世界の複雑さを知るほどこうなる。
かつて理想に燃えた時もあったが、結果は世間がご覧の通り。
どうせ、妖精達もそうなる。
そうなるまでの僅かな間、溢れたやる気を利用したかっただけなのだ。
たかだか『流行り』のために、築き上げた全てを投げ捨てるワケにはいかない……はずだ。
「ま……待っ、て……」
しかし食い下がる。
うざったるい絡まれ方に、いい加減嫌になってくる。
「待って……ください! あなたは……」
「もーういい、それ以上言うな」
呆れ気分で指を向ける。
簡単に人を潰せる指を。
「俺だって脳が疲れてるんだ。あと一言でも語るなら、骨を震わせお前を砕く」
「…………ッ」
もう、たくさんだ。
こんな身のない仕事なんてやりたくない。
せめてとっとと帰って、今日の仕事は終わりにしたい……と。
そう思い、静かに照準を定め…………
「もう! 勘弁してつかぁせぇよ!!」
「ッ!? 離せバカ!」
「嫌じゃ嫌じゃ! あんな健気な子撃たせたくないんじゃ!!」
不意に、足元に違和感。
縋り付く影……例の小人こと、カルマ・ミヤシタだ。
不覚。
追憶に呆けていたか恥じつつ……音を軽く弾けさせいなす。
ボンッ! と5メートルくらい転がったが……まだ小人は意識がある。
「ち……ジジイだかババアだか知らんが、何しに来た? コイツらはお前らを地獄に突き落としたんだろう そもそもアンタはなんでここに居るんだよ!!」
「ぐふ……アンタ、今言ったろう…………外はもっと地獄なんだろう!?」
「……ッ」
「儂も守ってくれる家を無くした時は、この世を地獄だと思ったよ。だから押し出されてここに居るんだ……。でもどこかでやりすぎだなんだと思ってたよ……」
枯れて見える涙腺から、滝のような涙を流す。
罪悪の心が溢れてくる。
「じゃが今のアンタの強さと言葉でようやく理解できた……アレくらい軽くやって当然なんだぁ!!」
「チ……それでもこのザマだ。どうせ都合のいい文言で載せられたんだろう、できもしない事をできるとだ。お前達は騙されてるだけだ、生粋の詐欺師にな!!」
「夢見て……何が悪いのかぁ!?」
「なに……?」
老人のハズの背中から、ふつふつと力が溢れてくる。
「彼女らは儂に夢を見せてくれた! ただ枯れて、腐っていくだけだと思った人生に未来をくれたんだ!! でもしないって? やって見なきゃわからんじゃろうが!」
じりり、熱に焼かれる。
なんのジョークか、サングラスにヒビまで入り始める。
「アンタ言ったよなぁ、ここから先は死ぬほど長いんじゃろうっ!? じゃったら死ぬまで歩かせておくれよ!! 勝手に儂らの限界を決めんでくれ!!!」
ぐらり。
ふらつく視界で、立ち上がる影を見る。
「そうだ……オレ達だって終わってない……!!」
名もしれぬ、特徴さえつかみ取れぬ戦士が立ち上がる。
皮切りに。
「わたしだって……」「自分だってそうさ」「アタシだって……!」「ウチだって!!」「こんな所で終わって溜まるかよ……!!」
やめろ。
やめてくれ。
俺はただ、上に言われた事をやってるだけなんだ。
お前達で変えられる世界でも無いはずなんだ。
だから、不安の目が大きいからここで絶たないと……
『帰れなくなったあの日々に帰る』
『無論、少しでも近付こうと努力する者はすべからく好ましい』
「………………………ッ!!」
過去の自分が突き刺さる。
あの日、妖精達と出会った頃も、ぼんやりと抱いていた思いが戒める。
彼らは純粋に、人の時代を取り戻すという理念に基づいて動いているに過ぎない。
配り信じさせる、と書いて配信。
配信者に率いられ獣を狩る彼らは、信用で動く人の世のために必要なのではないか…………?
「えへへ……みんな……サイッコーでしょ……!!」
「ッ……!?」
心の隙を見透かされたような声。
満を持して、旗印が再び上がる。
「二号……だとっ!?」
「にゃはは……さあさあ……。ミナサマ、ご心配……なく!! ご覧の通り、フェアリーライダーズは……ヘーキヘッチャラなので♪」
「何を……!」
見るかに無茶をしている。
それでも、士気はみるみる上がる。あちこちで雄叫びが上がり、再び空気を掴み返される。
まるで、もうこちらが勝ってはいけないかのように。
そこへ呼応するように、最後の一人も起き上がる。
「はーぁあ……よっこいしょっと……」
「ッ……一号、お前まで…………!?」
まだ余裕があるように見える、始まりの英雄。
「おお? 随分余裕無さそうなツラしてるが……どうした? そんなもんかよB格ってのはよォ!?」
ありえない。
本気で叩き潰したはずだ。誰も彼も、起き上がれるダメージでは……
「…………いや違う……」
カラクリに気が付く。
コイツがずっと起きてたなら。
チカラで動くケモノを作れるなら。
鎧を動かし、無理やり来ている当人を立ち上がらせる事もできるのではないか……?
その証拠に、なぜ自分が立ってるのかわからない者も数名居る。雰囲気を濁さないよう、一号が叩き起したのだ。
戦場の演出。
敵を呑み干す所行。
正しく配信者の……いや、エンターテイナーのあり方。
「なあ、シマカゼさんよ」
ボロボロの顔を仮面で隠し、平気なツラで。
「アンタの野望もあろうがな……こっちにゃこっちの野望があるんだよ!! こんなトコで立ち止まるワケねぇだろうが。悪いが勝つまでやらせてもらうぞ! こちとらまだ元気一杯だぜ!!?」
「イッ………!?」
コレに、挑めというのか。
半端な打撃を弾く鎧に守られ、紅き情熱の旗印の元に突貫し、倒れてもゾンビのように起き上がり、再び俺に挑まんとしてくる群れ。
馬鹿な。
これを成立させてくるのか。
荒削りの若さが、文字通り老若男女を魅了していく。
これが…………気取った妖精の『熱』だと言うのか…………?
「さぁてと……そんじゃ、もうひと頑張りと行くかァ!」
「ッ……!!」
再び唸る金色の粘土。
今度は双頭狼では無い。
神話の魔狼かなにかを思わせる巨体。
そこにフェアリーライダーズが跨り、F-2班を導いていく。
「そんじゃ、派手に行こっか一号サマ♪」
「おうよ。目にもの見せてやろうぜ!!」
妖精騎兵、その名の通り騎乗し迫る。
これだけやられてまだ本気で勝つ気だ。
「…………………………」
────経済には熱がある。
極論、経済とは「気が済むか否か」だ。
生き死にさえ選べる人間にとって、三大欲求すらその対象だ。『気が済んだので死ぬ』という事すら選べてしまうのが人間だ。
それでは困る。
人類史が続かなくなる。
────だから、生きたいと思わせてくれる情熱が要る。
「オマエらも行くぞ! こんくらいでへばってんじゃあねぇぞ!」
「ダイジョーブ……みんなにはあたし達が付いてる、こんくらいで負けたりしないよ!」
「「「うおおおおおおおおおおおお!! やるぞおおおおおおおおおおおお!!!」」」
……彼らが、そうなのか。
かつてこの大地が失っていった熱。
決して、失ってはいけない熱。
それに推されるように、視界を覆う黒がヒビ割れて行き────
「もう、いい」
「…………ほぇ?」
22の凶器にびっしり囲まれ、俺はあっさりと両手を上げた。
ここからでも普通に勝てるが、もうそれはしたくなかった。
戦意が無かった。
熱量で上回られた。
そもそも、こんな仕事を受けた時点で。
俺は…………俺自身を殺していたのだ。
「降参だ。俺の負けだよ」
「そっか。……強いよ、アンタ」
「ははっ……どうだかな」
ぴしり。
黒塗りのサングラスが砕けて落ち。
随分と久しぶりに、温いと言われた目付きを晒した。
そうして視界に入れたのは。
「…………今年も、暑くなりそうだなァ」
快晴の空。
久しぶりに見る、極めて彩度の高い世界だった…………




