#2-1 いざ伏魔殿へ殴り込み。物語を始めるコンタクト!
「ごくごくっ…………ふぅ……やはり朝はコレに限るよなぁ……」
「毎度美味そうに飲んでくれるよねぇ……コーヒーのおかわり居るかい、島風」
「ああ頼むぜ、マスター」
なけなしのバリケードを要塞と言い張る街……『要塞都市』。
その中でもひとまず旧時代の体裁を保つ一角で、小洒落た雰囲気を引き立てるカフェは営まれていた。
カンカン照りのお天道様をパラソルとサングラスで凌ぎ、レコードを聴きながらキンキンに冷えたブラックコーヒーをビターチョコと頂く。
これが俺の至福だった。
……今日の要件は、新進気鋭の配信者『フェアリーライダーズ』との会談。彼らとの交渉により、こちら側へと引き入れる算段なのだが…………定刻にはまだまだ余裕がある。
それでも早めに来たのは、純粋に俺自身の欲求ゆえの事。俺は……シマカゼ・ディーネはこういう気取った場所が好きだったりする。
獣が蔓延る以前、5000円のお年玉の中から数百円を取り出し、初めて大手のカフェに挑んだ……あの時の『熱』を忘れた日はない。
その少しあと、ヤツらが全てを壊してからおよそ30年。
歳の頃40も過ぎ、嫁にも娘にも逃げられてもなお残るのはあの日への憧憬。
帰れなくなったあの日々に帰る。
俺の中にあるのはそれだけだった。
……無論、それに少しでも近付こうと努力する者はすべからく好ましい。
「……ったく、この時代にもいい職人は居るもんだな」
「へへっ、いいだろ。こないだツテを頼って作って貰ったのさ」
「へぇ、どこの誰が?」
このカフェセットを作った者もそうだ。
そっと撫でてわかる修練の歴史。神獣エゴイズムから狩りとった繊維を惜しげなく使ったパラソルに、年代物の木材を切り出したテーブルがなんとも────
ズガグシャァアアアア…………ド ン ッ!!!!!!!
!?
────フェアリーライダー……さん……? どうして今ここに……?
「っとと墜落……失敗シッパイ♪」
「あー心配するな。着地ミス程度でダメージ受ける作りじゃあないぜ」
「いやいやお前ら気は確かか!? なに重役と会うのに空中降下で来てんの馬鹿なの!? てかスーツ着てる相手に鎧装備で来るんじゃあねぇ!!!!」
全力のツッコミを放ちながら、ぶっ壊れたテーブルの破片を払い立ち上がる……あああ貴重なシャレオツ家具があああああ!!!!!
なんて悲しき心情をミリも考慮せず、女の子らしいアーマーの二号は。
「にゃっはは……いやね? 空から落ちてくるオンナノコなんてきょうび見れないかなーと思いまして? サプライズサプライズ♪」
「いや割とあるからね今日日!? 獣共にオンナノコが吹っ飛ばされてお亡くなりとかまあまあ有る事件なんだわ!! テーブルといいてめぇらふざけ散らかしてんじゃねぇぞ!!」
なんて喚き散らしてると、ようやくマスターの反応が来る。
「おーフェアリーライダーズ!! ちょうどアンタらの話しようとしてたんだよ」
「マジ? あー店長さんワリィ。すぐにキラッキラの家具作って置いとくからしばらく勘弁してくれ」
「あーいいよいいよ! ただ前みたいにツテ繋いだり、配信中にここの宣伝しておくれよ?」
「ん、おっけー♪」
「てかそこ知り合い!? いやそこ怒る所だぜマスター!? こんなヤツらと取引とかやめておけ死人が出るぞ! まあ主に今死にそうなの俺なんだけど!!」
二号、ピヨちゃんカーテン。リョーカイ一号サマ♪ なんてかっるい会話の後、一分そこらでプラスチックみたいな質感のピカピカテーブルに交換される。恐ろしく硬い手応え、今着てくる鎧と同じ材質だろう。
歴史もクソもない塊にドカッと不機嫌に座り直しながらも、語るべき話はする。
「…………てか。qだいたい何? お前らナニ配信に使う鎧で来てんの? まさかコレも配信中?」
「まっさかー♪ 流石に初対面のヒトに正体明かす訳にも行かないカナって思っただけで。よろしくねーシマカゼ・ディーネさん♪」
「あーどうも。いやなんだ……そういう事なら安心した」
あ? と何も分かってない顔に、少しは打ち明けがいがありそうと思いつつ。
「その手の配慮は、無用だと言っているんだ…………エイル・クロース。フィー・ヴィタール」
「「…………!!!!」」
容赦なく本名を叩きつける。
すぅ…………と、舵を取り直す感覚で挑む。
「そう驚くなよ。お前らも、ある程度はバレておくつもりで昨日の配信をしたんだろ。最も、お前らの事はずっと前から調べていたがな」
有無を言わさずドンッと。根拠の重みを叩きつける。
どっさりとした資料の束は、それが一朝一夕ではないという証明。
古き良き形式の重みを噛み締め、突き通す。
「エイル・クロース。東洋系の父と、偶像を守る赤い配達員の女との間に生まれる。両親は十年ほど前、戦いの中に亡くなるも……その血と教えには無私奉仕の精神が刻まれる。以後は孤児院を経由してリーダを第二の母とし、後にパーティへ加入……以降は明かされた物語の通りと」
「にゃ、にゃっはは…………よくゴゾンジで…………」
冷や汗混じりであろう肯定……まあこんなものはよくある物語だ。今日日いきなり死ぬなんてものは珍しくない。獣共が蹂躙するこの時代じゃよくある事だ。
問い詰めるべきは。
「問題はお前だフィー・ヴィタール。出現時期不明、十年前から活動してたとの噂もあるが、身長を誤魔化す鎧の力のせいで年格好が定まらない。男とも女とも、子供とも流浪人とも語られているが……いつも絵本から飛び出したような気品だけは漂わせていたようだ」
「ふん…………」
平静を繕う大人びた背格好の奥、しかし睨め付けてくるのは幼な顔のガキなはずだ。
「この記録が正しいとすれば、3才そこらから戦い始めてないと計算が合わん。……お前は何者なんだ? 星を散りばめる王子さんよ」
「さあな…………だが場所は変えた方がいい。こんな所でできる話でもないだろ」
「オイオイつれないコト言うなよ? 心配せんでも防音は万全だ。俺の『チカラ』はそれが取り柄だからな」
なんだと? と逃げ腰のヒーローに一枚の金箔貨を示す。
ひとまず腹いっぱいにはなる価値のそれを、ピンッと惜しげなく弾き落とす。
「えっ……!?」
「…………!」
必然、吸われる五感。
カン、カン……と音を立てたバウンドが…………三度目で無音に。
はっと息を飲むケハイ……正確には、この三人を包む場所だけが防音のドームに包まれている。俺が外回りを任される所以がコレだ。
「……なるほど? 自治政府サマも相応の人材を寄越したってワケだ」
「まあな。言っとくがマスターも十年来の俺の親しい友だ。ちょっとやそっとで揺らぎが出ると思うなよ?」
言い訳を断ち、更に前へ。
「さあ改めて…………聞かせて貰おうか、お前の物語を」
「嫌だ……と言ったらどうする?」
「別に力づくで聴いても良いんだ、とは言っておく。俺にエンタメの才能は無いが、お前らを呆気なく倒すくらいは多分、余裕でできる」
「……………………」
「……………………」
沈黙を産んだ言葉に嘘は無い。
彼らは娯楽を提供するプロだが、実際の戦闘能力は二人揃っても中の下がせいぜい。音を凌げる装甲でもあるまいし、空気の振動でお手玉したり、音波で全身くまなく解してもいい。
瞬殺すら、おそらく可能だろう。
もっとも…………
「まーまーこの辺でっ!!」ここで割り込むのは二号だ。「そんなトコで頑張っても状況が前に進むでもなし!! 今日の議題ってか依頼に入りましょ? ねー?」
「…………ッ」
「…………ふぅ」
全くもって彼女の言う通りだった。
正直、そんな事を知ってもなんの得もない。ここで妖精騎兵達を打ち倒しても困るのはこちらだ。
だからこれでいい。
次を通す。
「まあ、話したくないなら無理強いはせん。それ以上の信頼を、別途積み上げてくれれば文句はないんだからな」
「信頼だと?」
「ああ」
ここまでは想定内。
本番はこれからだ。
「正式契約を結ぶにあたって、試験代わりに頼まれて欲しい」
資料の束の下側を分ける。
一番上には、腑抜けたツラの集合写真が飾られていた。
「アレ、ここに映ってるのって……」
「なるほど? いかにもってヤツか」
「察しの通りだ…………火薬部隊Fー02班。こいつらを、お前達という光で導いてやってくれ」
不思議に見やる二号に、厄介を背負ったと察した一号。
コレでいい。
手段は問わない。
「心してかかれよ? お前達が導くのは……新時代の警察戦力かもしれないんだからな」
たとえ目の前の二人を『使い切る』事になろうと。
何がなんでも、俺の…………シマカゼ・ディーネの欲望を叶えて見せる。




