#1-9 言葉なきものと分かり合うため。
『やっちまった……のか?』『もうダメだ……おしまいだァ……』『地獄が……地獄が始まる……!!』
時刻は日も影り、夕刻近く。
緋色に染まりかけたオーディエンスには、どよめきが広がっていた。
それに疑問符を浮かべるのは、先程特攻をしかけたリーダだ。
「やっちまった……? やったら良いんじゃないか?」
「バカ言っちゃいかんよ」初老の市民が忠言する。「アイツはダンジョンの掃除屋なんだ……毛並みにゴミを巻き込みながら進み、最深部の水場で毛ずくろいして、また走るのを繰り返す……らしい。最近になって見つかるようになったんだが……アンタら知らなかったのか?」
「えっ……はァ…………?」
愕然とする……先ほどの自爆特攻は、無駄どころか逆効果だったというのか?
「あのー、多分なんスけど」
取り巻きの一人が、恐る恐ると話す。
「……攻めあぐねていた連中はその光景を見た事あったんじゃないスか? そんで政府にも伝わってたけど、じゃあどうやって鎮めるか、の答えを誰も知らない。
だからずるずる考え戦うハメになった……と。その辺考えてないなら、今頃火薬部隊が爆殺してるでしょうし」
「……………………」
音もなく青ざめる中、ひそひそがやがやと噂話が聞こえてくる。
『……これからどうなるんだ?』『掃除が行き届かなくて迷宮内が散らかる、で済めばマシ』『よくある説だと、魔獣の死体を別な魔獣が喰ってパワーアップを繰り返すとか』『いつかの百獣大行進の原因それとか言われてたっけなぁ……』『バケモンがまたこの街に溢れるってか…………!!』
寒気とともに、自分の無知を恥じる……が、同時にこうも思ってしまう。
────結局、倒してしまったのだから同じなのではないか?
そんな言い訳混じりの、それも新入りと自分の二人前の命を考えない思考を浮かべる中。
『…………………………………ゴ…………?』
「……??」
『やった、とりあえずまだ生きてるぞ!』『セ、セーフっ!?』『待て、とりあえず回復のチカラ持ってるやつ行けよ!』『やだよ死にたくねぇ!!』
むくり、ドリモールスが起き呻く様子と……その反応が耳に届く。
恐怖半分安心半分、とりあえず絶望だけは祓われた空気の中。
「なん、で……生きてる……のかい?」
良い方向への風を恨む。
これもまた、彼女の限界を決める要因となっていた。
そんな彼女を見やるメンバーの目が冷えつつある事を、リーダはまだ知らない。
◆
……さーって、ここからがあたしの……エイル・クロースの本番だ。
『……ギャゴ?』
「随分楽になったろ? しばらくはそれで大丈夫のハズだ」
両の手とも、すっかり短くなった爪を見やり。
引き下がった戦熱を、ぶり返さないよう気をつけて。
気をつけ気をやり気を配り、妖精騎兵フィーは周囲の人達へ説明を挟む。
「あー、もうほとんどは大丈夫だ。アイツは……ドリモールスは伸びすぎた爪を切ると大人しくなる」
「そ……そうなのか……?」
「ああ。自慢の武器も、使う相手が居なくて研げなかったんだな……削る方法を知らず、重くて痛くて苦しかったんだ。ホントは温厚なんだよ……おそらくな」
「……ひょっとして、俺たちが獣を倒しすぎたから……?」
ありがちな疑問を浮かべるが……そこへの明言を避ける顔でフィーは。
「さぁてな。俺だって会うのは二度目だ。コイツのホントは、まだコイツしか知らんのさ」
憶測混じりのフィーの言説を聴きながらも、あたしはそれを正解だと確信していた。
────これはたぶん、人類が盛り返してきたからこそ表に出た課題だ。
元々、この魔獣は迷宮の中でほかの獣を狩って生きてたのだろう。独自の生態系の中、神獣を除くてっぺんくらいに近い振る舞いをしていたのかもしれない。
ある意味、あたし達に近い性質。
いつか討つべき獣が居なくなった時……あたし達も彼のようになってしまうかもしれない。
だからこそ。
『ゴギャ……』
「行くぜ交渉人。飯の用意は十分だ。……さあ、仕上げと行くか」
「らじゃっ♪ ありがと王子サマ♪」
だからこそ、倒して終えない。
戦いの総仕上げまで、もうすぐだ。
幕を下ろすべく、見上げる巨影に歩み寄る。
◆
『ゴギャグルルル ルルルル…………』
「うっわ……やっばぁ……」
より近づくと、やはり血走った目で睨まれる。
モグラ本来のすぼまった口はどこへやら、その顔にはずらりと並ぶ立派な牙が生えていた……
「やっぱ好感度足りなかったかぁ……しこたま蹴り倒しちゃったからなぁ…………」
「気にするな。やり過ぎは俺も同じだ」
ハハハ……と自戒するように笑う王子サマ。
最近気づき初めてたが……いざ戦いとなると、あたしもあたしで楽しんでしまう欠点があるようだ。
自分だけの戦いならいいが、こと相手の事を考えるならそれではいけない。
だから成長する必要がある。
(コホン……いいかエイル。俺が前に初めて爪を切った時は、怒ったコイツが飽きるまでド衝きあったもんだ。だが今ここでそれをやると、街人全員が俺のチカラの粉末を吸い込んで大変なコトになる)
ここでフィーから、小声の助言が入る。
妖精騎兵を演じる王子サマは、こういうコトには一過言ある。気遣いのベテラン選手だ。
(無茶すりゃ街の外に連れ出せなくはない。だがその分またチカラを使うハメになり、より多くの人を余計に蝕む。…………さあこの無理難題、お前はどうする?)
だが何事も向き不向き。
一人で解決できない事があるからこそ、あたし達は手を取り合ったのだ。
だからここは、あたしの出番。
勇気をだして近づき、声をかける。
「あーっと…………ドリモールスさん? さっきは痛くしてごめんね? ぶっちゃけやり過ぎ……」
『ゴギャウ!!』
「おおっと!?」
不意にギャリイイイ!! と、爪の切れた手が襲う。
『ゴギャ アアアアアア…………!』
「……そりゃあ、怒るよね。痛かったもんね……」
ドリモールスの怒りは収まらない。
彼はこちらの意図くらいは、理解しているように見える。
しかしそれと、怒る怒らないは別。特に態度が宜しくなかった。この場で一番ドリモールスに失礼を働いた者を聞かれたら、ノータイムで自分を上げるだろう。
自由を履き違え、連続で脚を振り下ろす画を見返し、それでも諦めは許されない。
ならどうすればいい?
言葉なきものと分かり合うため、何が出来る?
「……あのさ、ドリモールスさ」
もう、自分に言い聞かせるように。
「あたしもまだ、こーいうのハジメテだからさ。あんま上手くできてないって、自覚くらいはあるんだ」
『ギャゴ……』
…………それ以上近づいたら喰う。
そんな意志を察知してもなお、前へ。
「だから、弱いなりでカンベンね」
ぐっと、近づく顎を見据え。
大人しく、そのまま食べられる。
「────!!!?」
『ゴ…………!?』
しばし、咀嚼されるが……すぐに、プッ!!!! っと吐き出される。
『ゴニャァ……!?』
「わっっとと…………」
お互い反動でよろけ、あたしはツバまみれで苦笑する。
「にゃっはは……固いでしょ? そこな王子サマ特製だからねぇ…………」
『グ、グギャ……………………』
こーんなムチャをできるのも、無敵に近いチカラのヒーロースーツのおかげだ。
────相手に言葉が通じないなら、経験させて分からせるしかない。
ネズミが迷路の中で走り続けると、電気の流れる袋小路を避けて通るようになるように。
こちらは爪は愚か牙も刺さらない、襲うだけムダな対象だと経験させるしかないのだ。
「ごめんね」
その上で、語りかける。
「あたし、やりたい事ができたんだ。だからこのまま、食べきられてあげる事は出来ない」
言葉とともに、あたし自身のチカラを放つ。
『ギャウ……?』
「でも。ううん、だからこそ。あなたは倒したくないんだ。ここで止まって欲しいし……できたらさ」
癒しの温もりを届ける。
攻撃力はカケラもないけど、ホッと一息つくには丁度いい温もり。
小鳥サイズの癒しのチカラを注ぎ込み、心からの願いできるように頑張るからさを伝える。
「仲直り、したいんだ。次はもっと、うまくキレイにやってみせるから」
内出血バリバリ、唾液ベトベト。
それでも、苦痛に歪む顔だけは鎧と仮面で隠して。
言葉と共に、行動で問いかける。
「だからお願い……今はここで止まって?」
『……………………』
どれがどれだけ、正しく伝わったかわからない。
差し出した右手に、何を思ったのだろうか。
すっ…………と、ドリモールスが口元を離す。
しばし、なにか想いにふけるように天を仰ぎ…………
────ゴギュルルルル…………
『ゴッ!?』
思わずおなかを抑えるモグラさん。
すかさず胃袋を掴みに行く。
「にゃっはは…………あたしのチカラで傷治すとお腹空くんだよねぇ。丁度ごはんあるんだけど、良かったらどう?」
『ゴゴッ!?!?』
「バリケード産鳥獣の稀血ソース和え。普段は滅多に食えないご馳走だぜ?」
『ゴゴゴッ!?!?!?』
急な空腹に、すっと裏手から差し出される極上のゴハンに困惑するドリモールス。
ぶっちゃけ、これが一番の狙い。
ある程度はこの流れを見越して、即興の役割分担をしていたのだ。
かつて裏の世界に生きたダレカは言ったという────痛みを忘れ、空腹を満たした獣に戦う理由はない。
『ゴ……ゴゴッ……』
「よいしょっと……なんならあーんする?」
改めて、片手でベットベトの手羽元を差し出す。
プイッっと横向き。少し、躊躇ったようだけど。
皮肉なことに、本能に抗う術なんてない。
溢れる涎と一緒に。
『ゴッ……ゴギュルルル…………ッ』
カプ…………と食らいつく。
数拍、置いて。
貪り食う。
『ゴギュ……ゴギュ、ゴギュ、ゴギュウウウウウ……!!』
「そうか美味いか! いっぱいあるぞ!」
『ゴギャ! ゴギャ!!』
「にゃはは……たーんとおたべ!!」
内心ガッツポーズを決めながら、二人で彼の胃袋を満たしにかかる。
『え……まあ、勝ったんだよな?』『大丈夫? コレほんとに大丈夫?』『大丈夫……なんじゃないかなぁ……?』
オーディエンスはどよってるが…………さすがにもう大丈夫。
このまま満腹にしたげれば食べられる道理は無いし。
あたしのチカラでじんわり治す以上は倒し切る恐れもない……と、思う。
つまりは…………どうにかこうにか胴体着陸。
結局その後にドリモールスが暴れる事もなく…………街を巻き込んだ動乱も、こうして一幕を下ろすのだった。




