#1-2 七夕の夜、ネガイボシの王子様。
「はれはれひろひひーーーーーなひゃーーーー!!!! くそったれーーーーーーーー!!!」
酔いどれ行脚の大行進。
でろんでろんに崩れたあたしで屋台街を練り歩く。
「うへへー、ばたんきゅー……うへぇ」
我ながら情けなくふらふらと。
人目も気にせず端くれの木にもたれ掛かる。
……しゃらりしゃらり、祭囃子が聞こえてくる。
今日ってなんかあったのかなーとか、子ども達が元気に動いてるな……と思い、自分がもう子供と呼べる存在では無いと気づき悲しくなる。
「ああそっかぁー……あの子も今日は祭りだって言ってたっけぇ……」
まだまだ子供側で居たかったが……さすがにあのひび割れる女をみて焦らずにはいられなかった。
何より、強制的に大人にする魔力が彼女にはあった。
「く……はっはは……」
…………獣狩り家業を続けて、はや五年あまり。
決して強い火力ではないと自覚していたが、にしてもこのオチはどーにかならなかったのかと思った。
こんな事になるなら今まではなんだったのか……と思ったりもする。
「…………こんなのが、ねぇ」
懐から、りんご大くらいの塊を取り出す。
選別にひとつ貰った火薬弾が恨めしい。
「こんな火薬が……なんだってのさぁぁぁアアアアアアアアアアアア!!!!」
全力でぶん投げるが……力んだ拍子にチカラが漏れてしまう。
うっかり着火し、ぎにゃ!? と声を上げてしまうが。
すぐにかき消される。
────どっかああああああああああああああああああああん……………………!!
夜空に舞う、大輪の花に。
「ああそっか……今日って七夕だったのかぁ……」
色とりどりの輝きは、飽和した火種を惜しまずくべた証。
夏祭りを待たずに溢れかけた火薬を、口実を付けて消化したのだろう。花火という形で火薬の扱いを磨き、本命の武器火薬を作る助けになればとも思っているのかもしれない。
……まあ、あたしが関われるコトでもないだろうけど。
悪酔いも回り、大の字で転がって思う。
「……………………リーダぁ…………」
悪名高きリーダのパーティー。強くなれるとの噂だけ聴いて飛びついたが、実態は想像とだいぶ違った。
…………あの人らは師匠と言うか、教習所みたいな扱いを受けていたようだ。
あの人の元で鍛え上げられた新人は、多かれ少なかれ強かさを得ていくのだが…………皆「ああはなるまい」と思いながら出ていき、各々の道を探していく、という。
ただし「人生を楽しむ」という教えはずっと生きているらしく、自分だけのダイスキを見つけて柱にして突き進む、らしい。
だから折れない、視野が狭くならない……自分のダイスキを目指すためにあらゆる手を打つようになり、自然と生存力も上がるようだ。
「んじゃあ、あたしが最初の失敗例かなぁ……」
言ってしまって悲しくなる。
あたしはほとんど、リーダの劣化品になってしまった気がする。
こうして酔い散らかしているのがいい証拠だ。あたしの方が量は飲めてるらしいが、そんな事でリーダを越えても困る。
何より。
自分が楽しければいい、という教えはあたしには馴染まなかった。
そんなふうにぼんやり考え、また立ち歩き右へ左へ。
不意におええと吐き散らかし、なんでこんな事になったんだろうなあたし、と思いかけ。
異変に気づく。
「えっ……?」
空気に異常。
知らない森。気づけば辺りに誰もいない。
酔いすぎて、徒歩で仮設市街から離れてしまったのか……?
「違う…………」
さすがに距離がありすぎる。花火はまだまだ上がるはずなのに、音がピッタリ聞こえなくなっていた。
思いついた可能性はひとつ。
「トバされた…………!?」
あるいは地雷のような、人を転送する罠か。
昨今、不思議なチカラは敵味方問わず山ほどある。ブービートラップよろしく人を何処かへ送るものはポピュラーな方とさえ言えた。
飛ばされただけで済むわけもない。
草むらから、ガサゴソと……バキボキと……
ガリッ! グシャッ!! と。
徐々に加速する音を立て……元凶が現れる。
『…………グォ………………………… ……………………ン………………』
「ひえっ…………」
低く唸る、巨大な体躯。
異形でこそなけれど、尋常ではないサイズ。
明らかに話の通じない風体。
すなわち。
「魔獣…………!!?」
────この世界の獣は三種類居るという。
ひとつは世に言うただの獣。熊とか猪とか、そのへんのありふれた存在。
ふたつ、ダンジョンの奥で待つ神獣さま。強力なチカラをぶん回すし、常識の中でやりあったらまず勝てない最強たちだけど、外に出てくることはまずない辺り優しい方々だ。
そして最後。
魔獣…………上記ふたつの中間。
普通と異なるチカラを振るう、話の通じないモンスター。
あたしにとって、死と同じ。
『ーーーーアアアアアア アアアアアア!!!』
「いやああああああああああ!!」
敵意剥き出しの大咆哮。
そもそも罠に落ちた獲物を取らない道理は無い。
ズシンズシンと蹄食い込ませ向かってくる。
終わりたくない。
「にゃあああああピヨちゃん助けて!!!」
慌ててあたしもチカラを使う。
ピンポン玉くらいの光るひよこを連続して出すが…………
────ピギャギャギャギャッ!!
『アア…………アアアア アアア?』
「ですよねー効きませんよねーごめんなさい許してえええええええ!!!」
屁にもならない様子のチカラに、さっきの火薬をまだ持っていたらまだマシかと思ってしまう。
いや、失敗かとは思ったけど。
こんな呆気なく終わる事ある?
『アア……アアアアアアアア…………』
「いや…………いやだ…………」
震え上がり、今にも消えそうな灯火を抱え、これまでの人生に助けを求めるが。
回答はひとつ。
無理だ。
『アア……アアアアアアアアアアアアアアアア!!!』
「やだ……いやだああああああああああああああ!!!」
覚悟ゼロで喚き散らかし、並んだ牙に食い砕かれるか……という所で。
煌びやかな、輝ける戦士が舞い降りる。
「へ…………?」
豪奢絢爛な光の鎧が死を止める。
それなりの大男なのか、巨体を前にしてもその背はなお偉大。
薄く透けた内部には、やはり豪奢な装飾のついた王族のような衣装。
そして彩るは…………二対羽ばたく、妖精の羽。
『アアアアアアアア……アアアアアアアアアアアアアア!!!』
「どうやら、お前に秩序は無いらしいな」
想像より高い声色で一言。
つぶやきながら魔獣を弾くが、闘志は加速し再び牙を剥く。
家が突っ込んで来るかと錯覚するほどの突進。
並の戦士なら避けねば即終了だろう。
しかし騎兵は、なんてこともないように。
…………くるり。
『アアアア/ /……アアアア?』
両断。
瞬殺
踊るように切りつけ、呆気なく動きを止める。
どさり、正中線からまっぷたつになった獣は断末魔すら上げられず、ただの肉の塊と化した。
「………………………………………………」
「………………………………………………えっ?」
「ああ……その肉は好きに食え。最悪放置しても構わん……じゃあな」
若者の声で告げ、とっとと去ろうとする妖精の騎士さん。
コレで終わるのが惜しいと思ってしまった。
「あ、あの……あのッ!!」
「なんだ? 名乗るようなもんじゃ────」
理解も追い付かず、思わず届かぬ手を伸ばした瞬間。
光が揺らめく。
ブレ始める。
「え…………?」
「…………ち。無茶しすぎたか……」
鎧が崩れゆく。
大きめの背が縮み、みるみる子供のような背丈に。
中から出てきたのは……………………
「よう……せい…………いや」
その時、思い出した。
あたしのもうひとつのダイスキを。
憧れてやまない存在。
幼い頃に読み聞かされた、妖精さんの伝説。
そして。
「王子…………さま?」
「ッたく厄介な…………聞かせろ。お前はどこからどこまで見てた?」
絵本から出てきたような、健気で美しい偶像の在り方。
それが、あたしの運命の日。
あたたかな月の照らす夜。
あたしの一号サマはそうして出会ったのだ。




