第11話「結成! 魔法少女隊 前編」【Dパート 招いた客】
【5】
「さ、ここよ。このマンションに、あたしの家があるわ」
日も完全に落ち、日付が変わろうかという時間帯。
ほとんどの窓から明かりが漏れていない高層マンションを指差し、華世は後方のホノカへと振り向いた。
そのホノカといえば、信じられないといった風にポカンと首が痛くなりそうなほど上を見上げている。
「……何よ、文句あるの?」
「う、ううん。思った以上にいい暮らししてるんだって思っただけ」
「金払いの良さから察してほしかったわね」
マンションの入り口となる自動ドアをくぐると、保安灯が照らす薄暗いエントランスが明るくなった。
華世はカバンの中の財布からカードを取り出し、二層目の自動ドアの隣にあるインターホンへとかざす。
ピッという電子音とともに内側の自動ドアが開き、ふたりの少女を招き入れた。
「ウィル、早く来なさい。閉まるわよ」
「そう言ったって……ゼェ……。ホノカさんの荷物、重いんだよ……」
後から遅れて自動ドアをくぐったウィルが、大きなトラベルバッグをズシンと床を震わせながら起き、一息ついた。
このバッグはホノカが明かした隠し場所から回収した、彼女の生活道具一式だという。
ウィルが呼吸を整えているうちに、華世がカードキーをかざしたことで呼ばれたエレベーターが、静かに右方向へとスライドドアを開いた。
「生活道具とは聞いたけど……改めて見るとデカ過ぎるんじゃない?」
「野宿用のキャンプセットと日用品。それから機械篭手のメンテナンス道具に水と食料。この荷物だけで2週間は無補給でも生きられるようにしてるから」
「宇宙傭兵って大変なのねぇ」
「他の人に比べて、私はまだ新米だから報酬が安いの。傭兵は信用とコネクションのビジネスだから。殆どのお金を仕送りにしても、修道院も私も全然足りなかった……」
エレベーターの中で、愚痴を吐くホノカ。
華世の掲示金額に不満を言わないところから、普段の報酬はそれ以下なのだろう。
ひとえに華世がここまで派手に稼いでいるのも、バックにいるのがコロニー・アーミィだからである。
アーミィの運用資金は、防衛対象のコロニー政府から予算が出ている。
通称「防衛税」と呼ばれる基金は太陽系に存在する無数のスペース・コロニーから徴収。
その莫大な金額がアーミィで働く隊員たちの給料や施設・装備の維持運営などにあてられ、この宇宙を股にかけた超巨大組織は成り立っているのだ。
一方、宇宙傭兵はポータルサイトなどを運営する傭兵派遣組織が元締めとなっている。
依頼者と傭兵を仲介するこの組織は、傭兵に仕事を斡旋する代わりに報酬から仲介金を中抜き。
金額の割合はホノカの言った信用とコネで変動するが、何にせよ手元に来る金額は依頼者の提示した額面どおりとはいかないだろう。
今回、華世によるホノカへの依頼は、本人との直接交渉のため仲介業者の仲抜きはなし。
しかも生活費用を丸々保証しているため、ホノカは報酬満額を自由に使えることになる。
華世としては確実に引き込みたい人材だったため、依頼を飲んでくれたのは奮発した甲斐があったというものだ。
「お嬢様、お帰りなさいませー!」
エレベーターを降り、カードキーで鍵を開けた華世たちを、ミイナが無邪気に出迎えた。
「ただいま。秋姉は?」
「いまお風呂に入ってますが……あれ? その方は?」
「説明はあと。今日からこの子、客間に住まわせるから。ウィルの持ってる荷物よろしく」
「あ、あの……お嬢様ちょっと!」
ウィルから押し付けられるように渡されたトラベルバッグに慌てふためくミイナを尻目に、華世は廊下の端にある部屋の扉を開けた。
「ここが、あんたが住んでも良い……あら?」
電灯のスイッチを入れた華世は、明らかに誰かが寝ているベッドを見て首を傾げた。
内宮はいま浴室の中のはず。
ミイナは玄関で、ミュウはハムスターケージの中。
目の前で寝息を立てている存在に思い当たる人物が、まるで浮かばない。
華世は寝ている何者かを起こさないようにそっと近づき……そして勢いよく掛け布団を引っ剥がした。
「……なっ!?」
そこに寝ていたのは、華世そっくりな姿をした、けれども髪が桃色の女の子。
紛れもなく、夕方に戦ったばかりの偽華世だった。
寝間着姿に妙に機械的な首輪をつけた彼女が、ゆっくりと身体を起こす。
「寒む……むにゃ。あ、おかえりなさい! お姉さま!」
「お、お姉さま!?」
普段は冷静さを崩さない華世が、珍しくおののいた瞬間であった。
───Eパートへ続く




