第11話「結成! 魔法少女隊 前編」【Cパート 交渉】
「……ホンマに、華世そっくりやなぁ」
ベッドに腰掛ける桃髪の少女をモニター越しに見て、内宮はポツリとこぼした。
映像に写っている部屋は、病室というよりは清潔な収容室。
本来であれば怪我や病気で倒れた犯罪者を治療するための部屋である。
華世と敵対した魔法少女、しかもツクモロズといえど、軟禁されているのは家族そっくりな少女。
そんな彼女が軟禁されているのは内宮にとって決して愉快な風景ではなかった。
「んで支部長、うちに話ってなんです?」
「この娘。捕らえたはいいが……記憶を失っているようなのだよ」
「記憶喪失やて?」
「記憶喪失といっても断片的なものだ。一般常識は失われていない。ただツクモロズに関することや自身の名前、どこから来たのかなど……我々の欲しい情報に関することだけが抜け落ちているようだ」
「……なんや恣意的やないですか?」
「ツクモロズ側による、情報流出を恐れての保険。あるいは先の戦いのショックか」
足を組み替える支部長。
仮面の奥の瞳は見えず、その表情から感情は察せられない。
「本題は?」
「前者であればお手上げなら、後者であれば希望がある。君にはこの娘を引き取ってもらえないか?」
「このて……華世のそっくりさんを?」
彼女の境遇について憂いていた内宮にとっては、穏便な方法である。
が、実際のところ二つ返事をするわけにはいかなかった。
「いうても、完全に安全を保証できひんやったらお断りや。うちかて家族、抱えてますからな?」
「問題ない。保険としてドクター・マッド謹製の首輪をつけさせる。もしも不穏な動きがあったら……」
「まさか……首を撥ねた上で爆発するとか!?」
「麻酔針が飛び出し速やかに無力化する。……君は少々、エゲツないSF映画かアニメでも見すぎているのではないかね? みため十代前半の少女にそのような器具をつけたら、アーミィのバッシングどころでは済まんよ」
「そりゃ……ごもっともで。はぁー……」
勢いで立ち上がった腰を再び椅子に戻し、ひとつ大きなため息で安心する内宮。
次の懸念点は、引き取ったとして家の中でどう扱うかだった。
【4】
格子越しに床を照らし、縞模様を映し出す薄暗い明かり。
カビ臭い香りが、金属パイプで組まれた寝床から漂って鼻につく。
「最悪……」
身ぐるみ剥がされ、ほぼ下着だけの姿でホノカは虚空に悪態をついた。
変身をするのためのアイテムも没収され、脱出の手だては無し。
この状況を生み出したのは自らの甘さだと、自分で気づいてはいる。
今回の戦いは傭兵仕事ではなく、ホノカが独断で行った戦い。
そのため傭兵不問法は適用されず、私的戦闘行為を咎められる形で牢獄の中。
同じ教えのもとに同志であるウルク・ラーゼ。
その彼が率いるアーミィであれば敵にならない。
それと土壇場での華世との共闘、および連携が油断を増しさせていた。
同じ魔法少女ならば、同じ敵が相手ならば味方になってくれるという希望的観測が、このカビ臭い独房へホノカをいざなったのだ。
無骨な石床を静かに鳴らす、足音が一人分。
ほんの少しの不規則なリズムと、音量の違いから、片足は義足。
この状況、この場でそんな脚を持っているのは一人しか心当たりがなかった。
「はぁい、ホノカ。チナミさんの言うとおり、ここにブチ込まれてたのね」
「……どの面を下げて、私の前に出てきたのやら」
「この面よ。どう、かわいいでしょ?」
そうやって自らの親指で、今となっては憎い顔を指すのは華世。
その不敵で自身に満ちたような目は、どう考えてもろくなことは考えてなさそうではある。
「……何の用? こっちはあなたのおかげでこの有様」
「単刀直入に言うわ。ホノカ、あたしに雇われない?」
「雇う?」
華世の発言に、ホノカは目を細めた。
確かに自分は傭兵の身、金で雇われれば様々な勢力につく。
だが……。
「アーミィの手先になるなら断る」
「よっぽど嫌ってるのね、アーミィを。でも雇用するのはアーミィじゃない、あたしよ」
「屁理屈……。あなただってアーミィの犬でしょ?」
「あくまでもカネの出どころと、戦う背中を保証してもらってるだけよ。魂までは売ってない」
華世はそう言うと、携帯電話を取り出して画面を見せた。
そこに書いてあったのは、縦に長く羅列された金額表。
「1戦闘ごとにあたしが戦うと、だいたい200万。あんたが協力してくれたらそこから80出す……破格でしょ? なんなら住む場所の提供に食費も担保するわ。もちろん、ここから出る保釈金も込み込みで」
「……何が狙い?」
「ツクモロズ、憎いんでしょ? 共同戦線を貼ったほうが効率的。そう思わない?」
ツクモロズへの憎しみ、それは確かにホノカが戦う原動力の1つである。
けれど、それを指摘されたことは誘いに乗る理由には弱い。
口をつぐみ、しばしの沈黙をもって、ホノカは華世を値踏みした。
「……だんまりか。このままブタ箱暮らししてもあたしはかまわないけど……このままじゃ仕送り先が凍えちゃうんじゃないの?」
「な……! どうしてそれを!?」
「単純な推理と、アーミィに頼らない自前の情報網よ。あんたみたいな歳の子が、傭兵やってまで金を稼ぐ理由の大半は家族……あるいは、それに値するコミュニティのため。ツクモロズと戦うだけならツクモロズ関連の依頼だけこなせばいいしね」
「……………………」
「そして受ける依頼が執拗なまでにアーミィ対象の案件とくれば、アーミィにひどい目にあわされた人物であるという背景は見える。そこまでの材料が揃えば、あんたが支援してるところの場所が第12番コロニーのサンライトにあるって透けて見えるわけよ。あそこは金星でいちばん、反アーミィ思想が満ちているところだから。そこまでくれば、そこで立ち行き不安定なコミュニティを探すだけ。そうよね、クレイア修道院のホノカ・クレイア?」
すべてが図星だった。
クレイアという姓は、修道院出の子供に与えられるファミリー・ネーム。
つまりは血によらない家族の絆そのものである。
無意識にキッと華世をにらみつけるホノカであったが、彼女は眉一つ動かさず、一歩前に出てホノカの眼前で立てた指を横に振った。
「勘違いしないで。さっきも言ったけどこの情報を掴んでいるのはあたしと協力者だけ。あたしは、アーミィに頼らない戦力を欲しているの」
「アーミィに頼らない……?」
「万一にでも、アーミィがツクモロズに迎合したりでもして敵に回ったら……。そうなれば最悪、孤立して軍力を前に討ち死によ」
「あなたはアーミィを、信用をしていないの?」
「保険よ保険。アーミィが敵に回らなかったとしても、現実的に考えて対ツクモロズに戦力を割けないほどに時勢が切羽詰まる可能性もあるでしょ? 10年前の黄金戦役みたいなのとか、17年前のベスパー事変とか」
華世の言っていることには一本筋が通っている。
いや、通り過ぎている。
自身とほぼ変わらない年齢とは思えないくらいに、考えが周到すぎる。
この華世という女の背後に、どれほど底知れない想いがあるのか。
決して貧しいとはいえなさそうな身なりの彼女を、何がそこまで駆り立てるのか。
──いつの間にかホノカの心中には、華世そのものへの興味が浮かんでいた。
「……わかった。でもひとつだけ付け加えて条件を重ねさせて」
「条件を? 修道院の連中全員を住まわせるのは無理よ」
「そうじゃない。私の望みは────」
───Dパートへ続く




