第11話「結成! 魔法少女隊 前編」【Bパート 不穏な予感】
【2】
華世が離れ、静かになったドクターの部屋。
円佳はマグカップにコーヒーを注ぎ、アーダルベルトに差し出しながら訊いた。
「アー君、さっきの問いの意味はなんだい?」
「……検査の過程で、ツクモロズの娘の右腕に傷跡があった。そのことを訪ねたら、川に落ちた時の傷だと話したそうだ」
「川に落ちた時の傷だって? でもあの娘は……」
「ツクモロズだ。しかし、8年前に華世に起こったことが……あの娘に残っているのだよ」
「8年前?」
アーダルベルトは円佳に向けてゆっくりと語った。
8年前……それは華世がまだ5歳だった頃。
久しぶりに休暇が取れたアーダルベルトのもとへ、華世とその両親が遊びに来たのだという。
その日の夕方、買い物帰りの道を歩いていた華世が、風で飛んだ帽子を取ろうとして、壊れた柵を超え川へと転落。
すぐさまアーダルベルトが飛び込んで助けに行ったことで大事には至らなかった。
しかし華世は落下の時に右腕を怪我し、傷が少し残ってしまったと……。
「それから華世は水がトラウマになったのか、泳げなくなってしまったのだが」
「そのことって、さっきアー君が華世に尋ねたことじゃないか」
おそらくアーダルベルトは、確認のためにわざと忘れたふりをしたのだろう。
かたや起こったことを覚えていない華世。
かたや起こってないはずのことを覚えている華世の偽者。
「あの件を華世以外で知っているのは私と……華世の両親くらいだ。誰かが吹き込んだとは考えにくい」
「……アー君、私もひとつ気になることがあった」
ドクター・マッドは素早く机の脇をすり抜け、タブレットを手に取る。
表示されてる資料を2,3個ほど切り替え、表示された文面をアーダルベルトへと見せた。
「彼女の体細胞を調べた結果だ。外見年齢に比べ、僅かにテロメアが長いらしい。まるで、生まれたての子供のようにな」
「テロメア……たしか、短くなるにつれて老化に繋がるという、細胞のいち構造だったか?」
「ああ、そうだ……だが、右腕の細胞内のテロメアだけが唯一、外見にそった年齢を示していた」
その瞬間、アーダルベルトの目がほんの少しだけ見開かれた。
はたから見ればわからないほどの、僅かな動揺。
彼の変化を読み取れるのは、ドクター以外に居ないだろう。
アーダルベルトはしばしの沈黙の後、すっと椅子から立ち上がった。
「円佳、この件は口外を禁ずる。華世を、いまだ不明瞭な情報で混乱させるわけにはいかん」
「……そうだね」
ドクターはそう口にしながら、顎に手を当て考え込む。
無意識に資料を閉じたタブレットの画面には、たしかに腕に傷を持つ少女の写真が浮かび上がっていた。
【3】
「……ここでいっか。ドリーム・エンド」
エレベーターホール脇の小さな空間に身を潜め、変身解除の呪文を唱える華世。
激しい光とともに魔法少女衣装が消え、もとの制服姿へと戻る。
同時に新しくつけ直した武装義体も、人工皮膚の貼り付けられた日常用の義手義足へと換装された。
「あ……」
呼んでいたエレベータの扉が開き、出てきた結衣がこちらへと視線を向ける。
少し怯えたような表情をしてから、すぐに作り笑いを浮かべた友人の顔が、華世を見つめていた。
「結衣、迎えに来てくれたの? ありがと」
「う、うん……。華世ちゃん、元気そうだね」
瞳の奥の複雑な感情を声色からこぼれさせる友人に、華世は戦いの中でのことを思い出した。
華世そっくりな少女を庇い体を震わせながら華世へと立ちはだかった結衣。
怖かったに違いない。
けれども、こうやって来てくれたということは、ありがたいことにあの件で信頼を失ったわけではなさそうだ。
降りたばかりの結衣と共にエレベーターに乗った華世は、ボタンを押して扉を締めた。
「……結衣は大丈夫? その、怖い思いしたでしょ?」
「私は平気! ……華世ちゃんこそ大丈夫なの?」
「うーん、今は普通。あたし、あの時に何があったか……よくわかってないのよね」
あの時というのは、敵にとどめを刺そうとする華世をアーダルベルトが阻んだ時である。
真っ暗な感情に支配されたときのことは、なぜかおぼろげにしか思い出せない。
「私も……はっと気がついたら、華世ちゃんの伯父さんが向こうに行ってて、華世ちゃんの剣が伯父の手に渡ってて。本当に、一瞬だった」
「傍から見てもやっぱそうなのね」
ぼんやりとした記憶だから見間違いか勘違いがあったのかと思っていたが、やはり思ったとおりだった。
一瞬で華世の正面から背後に移動する瞬発力。
その移動の過程で華世の手から斬機刀を奪い、的確に義体のみを破壊する動きの精密さ。
思えば思うほど人間業ではない。
「……人間兵器、か」
思えば、自身が持つその称号について深く考えたことがなかった。
魔法少女という、いうなれば借り物の力でその地位にいる華世。
けれども、制度として成立している以上は少なからず他の人間兵器も存在するのだ。
エレベーターが目的階への到着をアナウンスし、扉を開く。
頭を掻きながら結衣とともに待合スペースへと足を踏み出した華世は、時刻確認のために携帯電話を取り出した。
「あ」
「何? 華世ちゃん」
「メッセージ来てる。えーと……チナミさんから?」
90度顔を左に向け、受付カウンターを見る。
ガランとした待合スペースを眺めていたチナミが、華世の視線に気づいて手招きをした。
───Cパートへ続く




