第10話「向かい合わせの影」【Gパート 華世VS華世】
【7】
「問答無用で襲ってくるなんて、やっぱりあなたたちは悪い人ですね!」
そうやって膨れ面で憤る少女の姿には、服が黒い煤で汚れてはいれど傷らしい傷はひとつも見られない。
顔は華世と瓜二つで、衣装も似通っている桃髪の魔法少女。
彼女の姿を見たときから、華世は脳裏にチリチリとする妙な感覚を覚えていた。
まるでイライラが募っていくような、そんな不快感。
苛立ちをぶつけるように華世は武器を投げ捨て、自分そっくりな顔の少女へと義手の銃口を向けた。
「あたしに化けて勝手なことをして、問答無用も無いでしょ? あんた、何者よ」
「私ですか? 私は葉月華世です!」
「それはあたしの名前よ! あんたが誰かって聞いてんのよ!」
「だから、葉月華世です!」
話は平行線。
主張も足も互いに一歩も引かず、数秒の間。
その間にも、華世の中に暗い感情が少しずつ増していく。
苛立ち、嫌悪、焦り、殺意。
徐々に顕になっていく不快感が、華世の攻撃衝動を突き動かし静寂を破った。
義手の手首から放たれる光弾の嵐。
弾丸が到達する僅かな時間で、光の翼が偽華世の盾になるように正面でクロス。
けれどもビームを防ぎ切るには無理があったらしく、わずかに縮小する翼。
しかし偽華世の方も黙っているだけではなかった。
カウンター気味にステッキの先端のツボミ型ユニットが展開し、内部から輝く球体を発射。
だが、華世は素早く義手を身体の前方へと動かし、新搭載されたビーム・シールドを展開。
薄い空色の輝きを放つ光の盾が、ビームを弾き一片たりとも通さず華世を守りきった。
「……火力はほぼ互角、だけど守備がイマイチみたいね?」
この状況は華世にとって僥倖だった。
考えられる最悪は、相手が周囲の被害を考えずに魔法力を解き放つこと。
けれども相手の攻撃はステッキからのビーム攻撃。
ビームと言ってもキャリーフレームレベルの出力ではなかったため、華世の対キャリーフレーム戦用のビーム・シールドにはそよ風だった。
このことは相手には誤算だったようで、偽華世の顔つきが険しいものになっていく。
「きょ、今日はここまでです! さよならっ!」
光の翼を羽ばたかせ、飛び上がる偽華世。
けれども度重なるガードで消耗したのか、先ほどまでに比べて高度が低い。
これならば、追いつくすべがある。
「ホノカ! 今からあたしが飛び出すから、少し後ろを爆破しなさい!」
「なっ、どうして私があなたを……!?」
「向こうのビルまで爆風に乗って飛び移るの! 早くしないと逃げられるわよ!」
「……わかった。でも、どうなっても知らないから」
ホノカの了承を受けた華世は、屋上と外を隔てるフェンスへと飛び乗り、アイコンタクトを取る。
互いに頷き合ったあとに、ためらいなく前方へジャンプ。
同時に背後で爆発が起こり、風圧を受けて空中で加速。
宙を舞った華世は、背部ユニットのスラスターを吹かせながら大通りを飛び越す。
そのまま道路を挟んだ反対側の建物の屋上へと着地し、足裏から火花を散らせながらブレーキ。
隣の背の高い建物へと義手の手を発射し、ワイヤーを巻き取って登り、偽の華世を追いかける。
「し、しつこいですよ!」
こちらの追跡に気づいた偽華世が、ステッキをこちらに向けて光弾を連射する。
しかし威力のほどが知れている攻撃では、華世のビーム・シールドを貫くことは出来ない。
華世は足裏のローラーダッシュで加速しながら全速前進。
柵を乗り越え隙間を飛び越え、建物の屋上を飛び移り渡り、徐々に距離を詰めていく。
「ああっ!?」
「追いついたわよ! 落ちろやぁっ!!」
速度が合ったところで華世は斬機刀を抜き、振りかぶって飛びかかった。
意識的か無意識かは知らないが、狙い通り光の翼で防ごうとする偽華世。
けれども実体剣の一撃といえど、至近距離の爆発とビーム・マシンガンの斉射を防いだ後では耐えられなかったらしく、パリンとガラスが割れるような音とともに天使の翼は砕け散った。
浮力を失い、慣性にしたがって落下する少女ふたり。
華世はスラスターを吹かせることで落下速度を落とすが、相手はそうはいかない。
6階のビルから落下したに等しい速度で歩道に叩きつけられた偽華世は、地上で2,3回のバウンド。
そのまま歩道の上をゴロゴロと転がりながら減速していく、やがて停止した。
急に上空から降ってきた女の子に、周囲の通行人がざわつき距離を取る。
その人混みをかき分けて、華世は倒れて動かなくなった偽華世へと近づいた。
「野次馬ども散った散った! さあて、さっさとふん縛って……」
身柄を確保しようと手を伸ばした時、華世の中のドス黒い感情がひときわ大きくなった。
同時に脳裏に直接囁かれるような、悪魔の声が響き渡る。
(ここで仕留めておけよ。こいつは敵なんだぞ?)
「う……くっ……」
思わず右手で額を抑える華世。
自身の中に起こっていることの理解が追いつかず、意識が闇へと書き換えられていく。
(ツクモロズなんて存在する価値のない存在だ。生かす意味なんて無い)
「そう……ね」
(敵はすべて消すんだ。後顧の憂いを断っておけ)
「ええ……」
ささやき声に従い、斬機刀を振り上げる華世。
その瞬間、視界が激しい閃光に包まれた。
光を発しているのが偽の華世だとわかったときには、彼女の輝く身体が徐々に巨大化していき、そのシルエットを変容させていた。
「はっ……巨大化!?」
深い闇に落ちかけていた華世の意識がパッと正気に帰り、目の前の状況を認識する。
劣勢に陥ったツクモロズが巨大化した例は、咲良から一度聞いている。
そもそも最初から大きかったツクモロズも学校で戦った。
先ほどまで戦う相手であった自分そっくりな少女が、ツクモロズだと改めて確証する。
逃げ惑う通行人の悲鳴をBGMに、白く輝きながら肥大化していく少女だった何か。
周囲から逃げる人々が離れきり完全に消えた頃、静寂に包まれた街の中で発光を終えた“それ”は巨大な体躯を顕にした。
空から降り注ぐ夕暮れをもした光を反射させる艷やかな体表。
巨木ほどの太さを持つ、柔らかいカーブを描く長い胴体。
所々から羽のような器官が伸びているが、変貌したその姿を言葉で表すなら「巨大な白い大蛇」としか言いようがなかった。
───Hパートへ続く




