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第1話「女神の居る街」【Iパート 戦いが終わって】

 【9】


 庭園の地下に隠されていた牢獄の中に、行方不明となっていた子供は全員捕らえられていた。

 衰弱はしてたが幸いにも命に別状はなく、みんな病院へと運ばれていって事なきを得る。

 しかし最奥の独房にだけ存在した、腕を壁に吊られたままの白骨死体。

 その亡骸が身にまとっていた衣服を見たリリアンが、大粒のナミダをポロポロとこぼしながら両手を床につけた。


「そんな……ママ。ママが……!」

「おそらく、すり替わる過程で生命エネルギーを吸い尽くしたんでしょうね。それで確保したエネルギーが尽きかけたから、無力な子供をさらって食料代わりにしていたのよ」


「華世ちゃん」


 石像の台座裏の隠し階段を降りてきた咲良。

 牢獄の惨状を見てか複雑な表情をする彼女が、静かに華世へと報告する。


「クランシー神父、脱税で逮捕されたって」

「そう、まあ仕方がないわよね。犯罪だもの」


「う、うあああぁぁぁっ!!」


 叫び声を上げながら、背後から華世へと襲いかかるリリアン。

 その手には、偽マリアが華世へはなった鋭い石の針が握られていた。


「華世お姉ちゃんさえ、華世お姉ちゃんさえこなければ私たち家族みんな仲良しだったのに!!」


 針を振り下ろすその細腕を、華世は左手で掴み止める。


「……それを離しなさい、リリアン。でないと、あたしはあんたを始末しなきゃいけなくなるわ」

「うう、ううっ……!!」


 華世が強めに握ったからか、あるいは素直に聞き入れてくれたのか。

 針を手放したリリアンがその場でうずくまり、泣き崩れる。


「あたしが来なくても、いつかはこうなる運命だったのよ。子供の体力を喰らって生きる怪物と、脱税していた領主……長く隠し切れはしないでしょ」

「私は……私はどうすればいいの……? パパも、ママもいなくなって……私はどうすればいいの!?」


 華世の魔法少女装束のスカートを握りしめ、詰め寄るリリアン。

 背後でハラハラしていそうな表情で見守る咲良の前で、華世はリリアンの手を振り払った。


「知ったこっちゃないわ。あたしには……関係がないことだから」

「そんな……ひどい……!」

「甘えるんじゃないわよッ!!」


 華世が放った怒声に、ビクッと跳ねて怯える少女。

 

「あんたは、ひとりじゃないでしょ? 捕まったけど父親は生きているし、親切な町の人達もいる。彼らに助けてもらえば……生きていけるわよ」

「でも……!」

「あんたは、まだ幸せ者なのよ。知り合いが大勢いて、みんな生きてあんたを気にかけてくれるんだから」

「え……?」


 石床に座り込むリリアンに視線を合わせるように、華世は片膝を立ててかがみ込み、そして尋ねる。


「“沈黙の春事件”って、知ってる?」

「うん……。何年か前に起こった、街の人が全員機械に殺されちゃったっていう事件だっけ……まさか!」

「あたしは、その事件のただひとりの生き残り。親も、友達も、知り合いも全部、この右腕とともに持っていかれたの」


 華世は、トントンと左手の指先で鋼鉄の右腕を叩いた。

 黒く光る細くも頑強な腕は、悲しみの末に手に入れた力。


「そんな……」

「でも、あんたは違うでしょ。母親のことは残念だけど……五体満足で、他はみんな生きている。あたしなんかより、遥かにマシよ」


 華世は立ち上がり、リリアンへと背を向ける。

 そして、ゆっくりと口を開いた。


「自分の手で、脚で、考えて……生きなさい。あんたは、まだ一人ぼっちじゃないんだから」


 大声で泣くリリアンを背後に、牢獄を立ち去る華世。

 彼女の鋼鉄の拳は、固く、固く握りしめられていた。



 【10】


 領主の屋敷の屋根の上に、戦いの一部始終を眺めていたふたつの人影があった。

 その二人のうち、三度笠さんどがさをかぶった男が、華世たちを見下ろしながら静かにつぶやく。


白魚しらうおの 雫堕ちたる 石のとこ くうに消えゆく 血潮の嘆きか……」

「君はいちいち一句詠んで、風情を出してくれるねえ。あのツクモ獣、どうだった?」


 その隣に立つ黒髪の快活な短髪少年が、屋根の斜面に足を投げ出して男へと顔を向ける。

 尋ねられた男は、口端を上げながら目を鋭く細めて口を開いた。


「人のごとく飽くなき生存意欲と狡猾こうかつさ。いくさ慣れすれば必ずしや我々の力となるであろう」

「決定ってことか、やった! これで仲間が増えるぅ!」

「あの鉤爪の女も我らが求むるに値する力を持つ戦士と見た」

「それじゃああるじの望みのため、あの子にはせいぜい働いてもらうとしますか!」


 そう言って、影に潜るようにして姿を消す少年。

 続いて、人ならざる跳躍力で屋根を離れ立ち去る男。

 その二人の存在を悟るものは、誰一人としていなかった。




    ───Jパートへ続く

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