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第10話「向かい合わせの影」【Aパート 帰ってきた者】

 もしも初恋が実っていたら、とか。

 もしも、助けてくれる人がおらへんかったら、とか。

 人生の節々の「もしも」っちゅうんは、誰でも生きとったら沢山あると思うんや。


 その「もしも」の先が見えたとしたら、人間どないなってまうんやろうなあ。



 ま、うちは今が幸せやから、考えんでおいとるけどな。




◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■


       鉄腕魔法少女マジ・カヨ


      第10話「向かい合わせの影」


◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■




【1】


 パンッ!


 夕暮れをバックにした華世が、扉を開けたと同時に炸裂する破裂音。

 同時にキラキラと煌く紙吹雪が舞い、玄関の床へとひらひら落ちていく。


「退院、おめでとや~~! イェー!」

「い、いぇー……」


 ハイテンションな満面の笑顔を輝かせる内宮と、顔がやや引きつり気味のウィル。

 その顔つきを見れば、どういう経緯でこの祝いをするに至ったかが目に浮かぶ。


秋姉あきねえ、風邪での入院くらいで大げさすぎない?」

「ええか? こういう時に盛り上げとかんと、いざもっとめでたいことが起こったときに祝いのハードルが低なるねん。……せや、ミイナはんは一緒ちゃうんか?」

「ミイナ? 別に、あたしはひとりで帰ってきたけど……」


「たっだいまー! ミイナ、復活でーす!」


 噂をしてから影がさすまでわずか数秒。

 そのミイナが片手を振り上げてハイテンションで玄関の戸をくぐった。

 キョトンとする華世たちの顔を見渡し、首をかしげるメイドロボ。


、悪かったですか?」

「いや、別にそないなことはあらへん。無事みたいで何よりや」

「はいっ! ちゃんと精神プログラム診断も正常! 工場でバッテリーを新品に変えてもらいました! ほら!」


 そう言って着ているメイド服の上着をめくりあげ、ヘソのあたりにあるパネルを開いて見せるミイナ。

 そこにあるのはバッテリーの残量パネルだったが、めくり上げすぎて胸の膨らみの下半分がわずかに見えてしまったので、ウィルだけが恥ずかしそうに目を背けていた。


「はいはい、わかったから閉めなさい。でも……」

「なんでしょうか、お嬢様?」

「あんたのプログラムが正常っていうのが眉唾まゆつばなのよね。あの日頃の変態ぶりからして」


 華世の脳裏によぎるのは、脱いだ衣服に飛びつき恍惚こうこつとするミイナの姿。

 あれを正常というのならば、世のアンドロイドはほとんどが異常ではないのか?

 そう考える華世を、ミイナの言葉がバッサリと切る。


「私達アンドロイドの精神診断は、蓄積ちくせきしたストレス値の量を計測するんです! 私はもちろんストレス値ゼロ! ですから正常なんですよ!」

「納得いかないわねぇ……でも、見ようによってはツクモロズ化する可能性ゼロなのはいいことか。あら?」


 目線を下げた華世の視界に映ったのは、ミイナが手に持ったビニール袋。

 いっぱいに詰まった立方体のシルエットと、角から飛び出す木目の内容物に、この場にいる者たちの視線が集中する。


「これですか? 帰りに通りすがりのお婆さんから受け取りました」


 言いながらミイナが半透明のビニール袋から取り出した箱を、華世は手に取った。

 上等なきりの箱に焼きこまれている文字を見るに、中身は地球産のメロンのようだ。


「お婆さんって、誰?」

「確か、近くの老人ホームのお婆さんだったかと。なんでも、この間のお礼だそうです。一応、私がスキャンしましたが中身は100%メロンでした」


 ミイナがそう言う以上、盗聴器や爆弾が仕掛けられた怪しい贈り物というわけではなさそうだ。

 しかし、送り主の老婆に関して華世には思い当たる節が何もなかった。

 あるかもしれないだろうが、名指しで高級メロンを贈呈されるほどではないはず。


「……なんだか気味が悪いけど、あたし宛てならあたしのものよね。ミイナ、せっかくだしみんなで今から食べちゃいましょ」

「わかりました、お嬢様!!」


 そそくさと箱から取り出したメロンを手にキッチンへ向かうミイナ。

 華世は念のため送り主の名前をよく見てみたが、何度見てもやっぱり記憶にない名前だった。



 ※ ※ ※



 扉を押し開け、カランと入店を知らせる乾いた音が響く。

 右へ左へと視線を動かし、片手を上げる姿を確認。

 喫茶店の奥へと足を運び、彼の向かいの席へとドクター・マッドは腰を下ろした。


「アー君。君もコスプレとやらを始めたのか?」


 ひときわ目を引くアーダルベルトの格好に、そういいながらも円佳まどかははにかむ。

 オレンジ色を基調にした、ヤシの木と海をあしらった派手派手なアロハシャツ。

 季節外れの麦わら帽子に、黒いレンズが大きいサングラス。

 オシャレを履き違えたような、愉快な格好の大元帥を前にして、常に冷静さを崩さないドクター・マッドもさすがに無反応では居られなかった。


円佳まどか、これは変装というものだよ。アーミィのトップたる私が、堅苦しい格好で町中に出ては騒がれるからな」

「そうか。久しぶりの逢瀬おうせで張り切りすぎたのかと思ったぞ」


 アーダルベルトの前にあるコップを手に取り、アイスコーヒーを喉に通す。

 自分の飲み物を取られても、アーダルベルトは微笑みを崩さなかった。


「それよりもアー君。こうやって隠れてきたという事は、私だけが目的ではあるまい?」

「見抜かれておったか。なに、気になる情報をひとつ手に入れたものでな」

「気になる情報?」

「ああ。それは────」



 ※ ※ ※



「華世の偽者やて?」


 ブロック状に切り分けられた高級メロンを口に放り込みながら、内宮が眉をひそめた。


「そうとしか思えないわよ。じゃなきゃ瓜二つの見た目であたしの名を騙るなんて」


 議題の中心は、まさに目の前で鮮やかに輝くメロン。

 その送り主である老婆を助けたという何者かである。


 きっかけは、メロンを切り分けている最中に届いたカズからのメール。

 それには華世が入院していた日付に人助けをしていた少女が映る、監視カメラの映像が添付されていた。

 人助けと言っても、道に迷った人を案内するとか、重い荷物を代わりに持つとか、その程度の親切。

 しかし映像に映るの少女はやはり、制服姿の華世そのものとしかいえない外見をしていたのだった。


「でもお嬢様、偽者といっても……人に親切をして回ってますよね?」

「問題はそこなのよね……」


 もしも善行を詰むのが目的ならば、別に華世の姿と名前を借りる必要はない。

 偽者を名乗るのならば、まだ評判を下げるために悪行をするのならば理解ができる。

 けれども、わざわざ他人の姿と名前を使い、善行を詰む。

 その目的の見えなさに、華世は頭を抱えていた。


「とりあえずウィル、明日学校で聞き込みするわよ。誰かがその親切にあやかってるかもしれないし」

「う、うん。だったら……」

「だったら……?」


 そう言ってウィルが耳打ちした内容に、華世はハァとひとつ呆れのため息を吐かざるを得なかった。



    ───Bパートへ続く

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