第9話「マジカル・カヨ戦闘不能」【Jパート 交錯する思惑】
【12】
薄暗い、研究室のような空間。
光を受けて輝く円筒状の培養槽。
自らを修復したという装置を見せられ、フェイクはしかめっ面をした。
「レス、本当にこんな装置で私を直したってのかい?」
「ハハハッ。ツクモ獣と化したモノは、その身に受けた傷を注がれた生命エネルギーで修復できるんだとよ」
そのエネルギーがどこから来ているのか、についてはフェイクは問わない。
コロニー暮らしをしている時は、人さらいをしてまで確保しなければらならなかった生命力。
しかし、ツクモロズ首領ザナミという女が作ったこの施設の中では、フェイクが乾き飢える事は一度として起こらなかった。
生産設備があるのか、あるいはおぞましい数の人間でも捕らえているのか。
そのどちらかだとしても、疑問を呈した時点で気持ちの良い結果は帰ってこないだろう。
レスに連れられ、研究室を進んでいくとひとつの培養カプセルにフェイクは視線を動かされた。
淡く光る液体の中に浮かぶのは、一糸まとわぬ一人の少女。
ゆらりと漂う長い髪で顔は隠されているが、背格好はあの鉤爪の女に似通っていた。
「悪趣味だねぇ。こいつはいったい何だい?」
「ザナミがいうには、至高のツクモ獣だってさ」
「至高……? 眉唾だねぇ」
小娘の姿をしたツクモ獣なんかに何ができるもんか、とフェイクは内心で嘲笑する。
カプセルの中の少女は、その内心を知ってか知らずか、少しばかり微笑んでいた。
※ ※ ※
「ザナミさま、潜入しているアッシュより報せですじゃ。件の魔法少女とやらの所在がわかったそうでありますぞ」
段の下から、跪いたバトウがザナミへと報告した。
彼が言うのは、炎を操る魔法少女のこと。
その存在、力は侮りがたく、手を焼いているのが現状だ。
「バトウ、報告感謝する。我々の計画の果てに、複数の魔法少女が存在するのは不都合……始末はできるか?」
「例のツクモ獣がようやく使える頃ですじゃ。試す価値はありますぞ」
「よろしい。かのツクモ獣が我らの右腕足り得るか、見せてもらおう。下がって良い」
「ははっ」
※ ※ ※
「アーダルベルト大元帥閣下、どちらへ?」
執務室で秘書に問いかけられ、アーダルベルトは「うむ」とつぶやきながら頷いた。
「コロニー・クーロンへ少し、気になる報告を聞いたので調査にな」
「大元帥自らが、ですか?」
「調査が終わり次第、そのまま羽根を伸ばすつもりでもある。あのコロニーには姪を住まわせているからな」
訝しむような表情をする秘書。
だてに大元帥のもとで長年秘書をやっていない。
「……それと若い恋人が、でしょう?」
「ハッハッハ! そうでもあるがな!」
大笑いしながら支度を済ませるアーダルベルト。
けれどもその目は、顔つきに反して鋭く光っていた。
【13】
「……まとめると、このスラム街は支部長の人生のルーツに関わる場所なんですね?」
「そういったところだ。古い知り合いも多くてな、助け合いというやつだよ」
戦いの後、ウルク・ラーゼに呼ばれスラムの地下にあるバーに集められた咲良たち。
そこで約束通り、支部長の口から今回の騒動の舞台となったこの街との繋がりを語ってもらう流れとなった。
説明に納得するフリをしてはみたものの、咲良はいまいち要領を得ないというか、はぐらかされている部分が多いと感じた。
隣に座る楓真も同じように思ったようで、納得いかないという風にテーブルの上に身を乗り出した。
「仮にココが支部長ゆかりの地だとしてもですよ。アーミィに仇成す灰被りの魔女と繋がってるのは僕としては見過ごせませんねぇ」
「常盤少尉、『傭兵不問法』を知らぬ訳ではあるまい?」
「ヨウヘイフモンホウって、なんですか?」
手を上げて質問したのは、ジュースを片手に持った結衣。
アーミィ隊員ならいざしらず、中学生にコロニーの知識は少々ハードルが高いらしい。
と、咲良が思っているとリン・クーロンがつらつらと解説を始めた。
「傭兵不問法というのはですね、傭兵本人に責任の追求をしてはいけないというコロニー法の一文ですのよ」
「でも、常盤さんのいた基地を壊しちゃったのってあの子じゃないの? どうして責任をなんたらしちゃダメなの?」
「そ、それはですね……」
「この、アフター・フューチャーの宇宙時代が、傭兵の存在によって発展したから、だ」
「あふ……?」
「近頃の教育ではアフターフューチャーも教えないのか?」
呆れるウルク・ラーゼであるが、無理もないことである。
アフター・フューチャー、通称A.F.とは今の時代を表す元号のようなもの。
地球人類初のスペースコロニー首相が「我々は、かつて夢想していた未来のその先にいる」という演説とともにつけられたものらしい。
しかし、元号制定から170年ほど経った今でも、この元号が根付いているとは言い難い。
地球圏ではあまり使わず、ここ金星宙域であってもせいぜい役所の申請書にある日付欄に記入する程度だ。
大人でも年に何回かしか使わない元号に、学生はもっと縁がないのは何もおかしくはない。
「ともかくだ、宇宙時代の立役者である傭兵たちであるが、時に宇宙海賊とも揶揄される彼らは基本的に仕事は選べん」
「武力での襲撃や防衛だけじゃなくて、運送屋とか人探し、デブリの掃除なんかまでアーミィがやるわけにはいきませんからね」
「このように傭兵なしでは成り立たないのも確かだが、仕事で罪が重なるようでは傭兵が減る。そこで、傭兵の仕事の責任は依頼者が持つという不文律が大昔からコロニーでは交わされているのだよ」
一通りの解説を聞き、へえ~と頷く結衣。
けれども、楓真の表情は険しいままだった。
「僕が聞きたいのはそこじゃない。あの娘に支部長が肩入れしているのではと聞いているんです。アーミィに対しての背任行為にもなりかねませんよ?」
ずい、と詰め寄られてもウルク・ラーゼは顔色一つ──といっても上半分は仮面で覆われているが──変えなかった。
フンと鼻で息をし、楓真に向かって身を乗り出し返す支部長。
「彼女は傭兵で、魔法少女だ。であるならば、こちらに抱き込み対ツクモロズの戦力にするという手もある」
「アーミィが灰被りの魔女を雇うと?」
「そのような形ではないだろうが、いずれな。華世という人間兵器も、今日のように倒れることもある。リスクは分散しておくに越したことはないのだよ」
一応は通っている論理に、楓真は身を引いて椅子へと腰を戻した。
追求するとしても、次にあのホノカという少女が明確にアーミィへと牙をむくまで支部長に強くは言えないだろう。
一つの疑問が晴れたところで、咲良は本題を切り出した。
「では支部長、どうしてスラム街がアーミィに知られると困るんですか?」
彼にとって、突かれれば痛い事実のはず。
けれども、咲良の予想に反してウルク・ラーゼは落ち着いたまま返答をした。
「アーダルベルト大元帥閣下は潔癖症であられてな。私の由縁ある地だとしても、知れば放っては置かないだろう。貧しいスラム街の住人たちは住む場所を追われ路頭に迷う。それを恐れているだけのことだ」
「……わかりました。この場所のことは、秘密ですね」
「くれぐれもよろしく頼む。我々コロニー・アーミィは民のための組織でありたいのだよ」
そう言うウルク・ラーゼの口端は、わずかではあるが上がっていた。
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登場戦士・マシン紹介No.9
【メガジャンクルー】
全高:9.0メートル
重量:不明
無数のジャンクルーがひとつに合体することで誕生した巨大ツクモ獣。
片腕には廃棄されていたビーム溶断器の刃が備え付けられており、身体を構成するゴミに残っている電力を使って発振させる事が可能。
キャリーフレームサイズの大型ツクモ獣であり、原理は不明だが宙を浮かぶことも可能。
しかし思考は原始的なジャンクルーのものと変わらないため、攻撃方法はいたって単純。
【次回予告】
あるときを境に、身に覚えのない行動に感謝をされるようになった華世。
巷に広がる同様の現象に、華世たちは「親切な華世」についての調査を開始する。
その調査の果てに待っていたのは、思ってもみない刺客だった。
次回、鉄腕魔法少女マジ・カヨ 第10話「向かい合わせの影」
────あり得たかもしれない現在は、偽りか真か。




