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第9話「マジカル・カヨ戦闘不能」【Hパート スラムに吹く熱い風】

 咲良たちが銃口を向けられる少し前。

 スラム街へとたどり着いたウルク・ラーゼは、巨大なカバンから鉄塊を取り出していた。

 先端に人の手を模した構造を持った重量のあるそれは、表面のつややかな金属装甲に光を反射して輝きを放つ。

 その機械篭手ガントレットを、ウルク・ラーゼの目の前に居た老人がそっと受け取った。


「まったく……アーミィ基地をいくつも破壊した女の武器を、私に修理させるとは。御老体もなかなかの肝だと感心するよ」

「ホッホッホ。我らの同志たるウルク・ラーゼであれば、断ることはないと踏んでな」

「相変わらず、食えない御仁だ」

「そうじゃそうじゃ、これは修理の礼じゃ」


 手渡された札束を、ウルク・ラーゼはさっと懐にしまい込む。

 彼らが現金でもののやり取りをしているのは、あくまでも電子マネーを使う携帯端末を持っていないからに過ぎない。

 貧しい生活を送っているために通信料金が払えず、このように古めかしい貨幣制度を使っているのだ。


「……苦労をさせるのう、ウルク・ラーゼ」

「御老体ほどではあるまいよ。仲間を助けるのは当然のことだろう」

「仲間……か。サンライト出身は、皆そのように言ってくれる」

「そう育てられたからな……む?」


 ドタバタといった、背後から聞こえた騒がしい物音に拳銃を手に掛けつつ振り返るウルク・ラーゼ。

 そこにはスラムの自警団員らに銃口を向けられ、両手を上げた咲良と楓真ふうま、それと子供が二人。

 後をつけられていたのか、と自らの仮面を指で抑えながら、ウルク・ラーゼは自らの迂闊さに自己嫌悪をした。



 【9】


「……まったく、尾行とは褒められた行為ではないな」

「支部長! 今のは何を……え~っと、このスラム街は何なんですか?」


 銃を向けられ土の上に座らされながらも、咲良はウルク・ラーゼへと詰問する。

 コロニー・クーロンに住んで日は浅い身ではあるが、領主の娘が知らないスラム街の存在は看過できない。


「葵曹長、君は……私が何をしているように見えたかね?」

「悪いことです!」

「もっと何か言うことはないのかね?」

「汚職的な賄賂わいろを受け取ってました!」


 ハァ、と仮面のついた顔から溜息がこぼれる。

 咲良的には言ってやったぜという気持ちであったが、どうやら的はずれだったのかもしれない。


「私が先に受け取ったのは、頼まれごとの報酬に過ぎんよ」

「お待ちなさい。わたくしはこのような街の存在、聞いたことがありませんわ」

「……これはこれは、クーロン嬢。ではあなたのお耳にも入れていただこう。彼らは住居の見てくれこそ不格好だが、正式に住民登録がされているれっきとしたコロニー市民だ」

「ではなぜ、このように隠れ住むように暮らしておりますの? お父様に相談していただければ、住みよい住居を用意するくらいは容易たやすいですのに。それに……」


 ちら、とリン・クーロンは自らに銃を向ける自警団……いや、民兵と思われる男たちをにらみつける。

 貧しいスラムの護衛にしては、やけに物々しい人たちだと咲良も感じていた。


 リンの言葉に、ウルク・ラーゼは俯くように顔の向きを少しばかり下げる。

 しかし、その仕草は俯くというよりは、まるで覚悟を促すような威圧感があった。


「君たちが──」


 今まで聞いたことのない、支部長の低い声に思わず息を呑む。


「他言無用を守れるならば、彼らの秘密を明かさないことはない。だが……!」


 ウルク・ラーゼが素早く懐から取り出した拳銃を、咲良たちへと向けた。

 仮面の目を覆う青色の硝子体が、まっすぐにこちらへと視線を向ける。


「し、支部長……!?」

「咲良、伏せろっ!」


 楓真に押しのけられる形で倒れ込む咲良。

 同時にウルク・ラーゼの銃が火を吹き、咲良の頭部が先程まであった場所を少し離れた位置を通り、背後の何かへと当たった。


「ジャン……クルゥゥ……」


 まるで荷物の山が崩れ落ちるような音とともに、地に伏す廃棄物の塊。

 周囲の民兵たちも、突然現れて倒された謎の存在にざわめき、たじろいでいく。


「な、な、なんですの……!?」

「くーちゃん! あれってたしか……!」


 これまで何度か華世が戦い、退けてきたツクモロズの尖兵ジャンクルー。

 そのゴミ人形たちがスラムの各地で発生し始めたのか、あたりが悲鳴と逃げ惑う人々で溢れてくる。


「葵曹長、並びに常盤少尉! 語るのはアーミィの矜持きょうじを貫いた後だ! 民間人の警護と避難誘導にあたれ!」

「は、はい!」


 拳銃片手に飛び出す支部長の背を見送りながら、咲良はリンと結衣の手を握る。

 身を預けるだけの信頼を持ってもらえたかは定かではないが、少なくとも二人は黙って握り返してくれた。

 側では自警団と共に、新たに発生したジャンクルーへと拳銃で応戦する楓真の姿。


「楓真くん、ここは任せられる?」

「僕を誰だと思ってるんだい? 殿しんがりは僕がやるから、君はその子達を早く避難させなよ!」

「ええ! ふたりとも、こっちよ!」


 互いに頷きあってから、走り始める咲良。

 後を遅れないように走るリンと結衣に速度を合わせつつ、避難シェルターがあるであろう方向へと目指して足を動かす。


「コロニーの構造上、シェルターはこっちにあるはず……!」

「葵さん、前に敵ですわっ!」

「ああっ!?」


 細い通路の行く手を阻むように、3体のジャンクルーが姿を表した。

 咄嗟に拳銃を抜くものの、一度に3体を仕留めることはできない。

 せめて一体でもとトリガーを引くものの、当たる角度が悪かった。

 弾丸が弾かれ壁に跡を付け、撃たれたジャンクルーがお返しとばかりにカラーボックスを発射。

 子どもたちを傷つけさせまいと、咲良は盾になるようにリンたちに覆いかぶさった。


(痛………く、ない?)


 背中越しに熱気を感じながら、恐る恐る振り向く咲良。

 そこにいたのは、片腕だけの機械篭手から炎の壁を作り出し、受け止めたカラーボックスを灰へと変える修道女だった。


「……平気?」

「あ、はい。あなたは……?」


「シスター様! あなたの武器ですぞ!」


 老人の声と同時に、咲良たちの頭上で放物線を描く機械篭手ガントレットの片割れ。

 シスター服姿の少女はその場で飛び上がり、空中で篭手を装着。

 そのまま着地と同時に金属板で覆われた拳を石床に叩きつけると、導火線のように火花が空中を走り、ジャンクルーから一斉に炎が上がった。


 咲良たちが散々、その正体や行方を調べていた傭兵「灰被りの魔女」。

 華世が言う、マジカル・ホノカが燃え盛る炎をバックにそこに立っていたのだった。




    ───Iパートへ続く

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