第9話「マジカル・カヨ戦闘不能」【Gパート 支部長の謎】
【7】
四人で散歩に出かけるため、待合ロビーにやってきた咲良たち。
ふと、正面出入り口を通って外へと向かう一つの人影が目に入る。
季節外れの冬物コートを着込み、不相応な大きさのカバンを抱えた仮面の男。
「楓真くん。あれ支部長じゃない?」
「確かにあの仮面は支部長で間違いはないが……彼も散歩かな?」
「支部長とは、ウルク・ラーゼ支部長ですわよね?」
話に加わったのは、コロニー領主の令嬢リン・クーロン。
訝しげに支部長の背中を見つめる彼女へと、咲良はどうかしたのかを問うた。
「わたくし、このコロニーの防衛を統べる彼について何も知りませんの。それに常日頃から仮面をつけ素顔を隠す所業。なにか怪しいとはお思いになりませんか?」
「リンお嬢様の言うことも最もだねぇ。僕らは彼のもとで働くには、あまりに何も知らなさすぎる」
楓真がまじめな顔で論述するが、その声色には面白半分が混じっていた。
咲良は彼と互いに顔を合わせ、ニンマリ顔で同時に頷く。
「それじゃ~、支部長のプライベート覗き見タ~イム!」
「ストーキングするんですの!?」
「違う違う、偶然彼と同じ方向に歩くだけさ。よし、見失わないうちに行くぞ諸君!」
意気揚々と外へ飛び出した楓真、その背中を追って駆け出す学生ふたり。
その内の結衣がすれ違いざまに低い声で「常盤さんとアイコンタクト……」とつぶやいていたが、咲良はその真意には気づかなかった。
※ ※ ※
「……かつての人間兵器の?」
「そうッス。あのシスター魔法少女が身につけていた機械篭手は、金星アーミィ発足前から居た人間兵器のものでしたッス」
病室で枕に頭を載せたまま、華世は携帯電話の通話に耳を傾けた。
電話越しに情報屋のカズから聞いた話は、にわかには信じられないことである。
「アーミィ発足前って、15年前でしょ? その頃にはまだ、あたしもあの女も生まれてないわよ?」
「その人間兵器は男ッス。調べによれば5年ほど前にアーミィを去って、以後消息不明ッスね」
「ということは、あの女はその人間兵器の後継者……?」
「あるいは奪い取ったかッスかね。魔法少女本人の所在や素性は未だにわかんねッス」
「ありがと。引き続き情報を洗っててちょうだい」
「……ッス!」
通話を切った華世は、ゴロンと横に寝返りを打ち考える。
あの女の狙い、その正体、魔法少女になった経緯。
そのどれもが情報不足で、答えにつながる線は浮かんでこない。
自ら動けない今、打てる手は打ち尽くしている。
とりあえず今は雌伏のときだと考え、華世はぼんやりとした微睡みに身を任せることにした。
【8】
細い路地を右へ左へ。
時折周囲を確認しながらどんどん暗い道を進んでいくウルク・ラーゼ。
辺りは昼間だというのに薄暗く、廃棄された生ゴミの嫌な匂いが広がり、ときおり野良の犬や猫のたてる物音が響き渡っていた。
「暗いね、くーちゃん」
「ちょっと……怖いですわね」
「ねえ楓真くん。支部長、こんな所に何の用があるんだろうね~?」
「さあねぇ……お、動きを止めたようだな」
辺りをキョロキョロと見渡したウルク・ラーゼが、古びた壁に取り付けられた扉に手をかける。
金属の軋むような音とともに開かれた扉の奥へと消える支部長。
後を追う咲良たちも、そっと足音を立てないようにゆっくり扉に近づき、隙間から奥を覗き見た。
「咲良、見なよ。この扉の先」
「これは……スラム街?」
扉の奥には、廃墟寸前の家屋にテントを張り生活する人々が見えた。
広場の一部分ほどしか見えないが、かなりの人数が暮らしているようだ。
「変ですわ。このような場所があるなんて、わたくし存じませんわ」
「クーちゃん、支部長さんが……」
結衣の声を聞いて、咲良はウルク・ラーゼの方へと注意を向ける。
怪しげな老人と会話を始めた支部長は、老人から札束を受け取っていた。
スペースコロニーでの売り買いは、基本的に電子マネーにより交わされる。
けれども、クーロンのように住宅用コロニーにおいては地球から来た人も多くいるため、例外的に現金のやり取りも行われている。
しかし現金は電子マネーと違い、金の流れがデータとして残らないため後ろ暗い報酬のやり取りにも使われているらしい。
つまり、今目の前で行われていることは……。
「天下の支部長サマが、汚職とはねぇ」
「まさか。支部長ってお給料いいんじゃないの?」
「人間の欲は底知れず……さ」
「動くなっ!」
「ひゃっ!?」
「ひっ!?」
突然、背後に現れた男に銃口を向けられた咲良たち。
4人とも言われるがままに頭の後ろに手を回し、背中を小突かれながら前へと進まされる。
そしてそのまま、ウルク・ラーゼたちがいる広場へと突き出されてしまった。
───Hパートへ続く




