第9話「マジカル・カヨ戦闘不能」【Fパート 丼ものフェア】
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ガヤガヤと大人が入り交じる、アーミィ支部の一角にある食堂。
慌ただしい戦場のような厨房を前にしながら、結衣はカウンターに置かれているメニューの一つを指でさした。
「丼ものフェアなら……そぼろ丼くださーい!」
「はいよっ! そぼろ丼、一丁!」
注文を受け付けている恰幅のいいオバちゃんが、背後に向けて快活な声を飛ばした。
同時に結衣が装置に乗せていた携帯電話から電子音がなり、料金が決済されたことが画面に表示。
再びカウンターの方を向いたオバちゃんの視線が、結衣の隣で注文を迷っているリン・クーロンへと向けられた。
「嬢ちゃんはどうすんだい?」
「えーと、ではこのカツ丼をいただけますか?」
「カツ丼だね? カツ丼、一丁! はい、これ鳴ったら取りに来てね」
注文を終えた二人は、料理のできあがりを知らせる装置を受け取り、予め荷物を載せて確保していた座席へと座り込んだ。
ぼんやりと厨房の方を眺めるリンの顔を見て、結衣は思わずクスりと笑ってしまう。
「……何がおかしいんですの?」
「いやー、くーちゃんもカツ丼とか食べるんだなーって! てっきり、あのような家畜の餌のような野蛮な料理、ワタクシの高級なお口には合いませんことよオホホホ! ……とか思ってるのかなって」
「ひどい偏見ですわっ! わたくしだって年がら年中高級料理を食べているわけでは有りませんのよ。ファストフードや即席麺といったものも、食べたことはあるんですのに」
「意外だね! あっ、鳴ってる鳴ってる! くーちゃんのも取りに行ってくるね!」
パタパタと、小走りで受け取りスペースへと向かう結衣。
自分たちのものと思われるドンブリの乗ったトレーを受け取ったその時、隣に置いてあったカツ丼5つを乗せたトレーが目についた。
(この量、一人で……? なわけないかぁ)
そんなことを思いながら席へ戻ろうと振り返ると、そこに見えたのはアホ面丸出しの顔。
「カ~ツ丼っ♪ カ~ツ丼っ♪ ……あっ、結衣ちゃんだ~!」
「ど、どうも葵さん……」
後に聞いた話によると、このときの結衣はとてつもなく顔が歪んでいたという。
※ ※ ※
「……へぇ、あのマジカル・ガール。入院したと聞いていたが元気そうでなによりじゃないか」
「そうなんですよ常磐さんっ! 親友としても喜ばしい限りなんです!」
「……はぁ、ですわ」
向かいの席で隣り合い、恋に燃える女の顔をしている結衣を見てリン・クーロンはため息を付いた。
すごい形相でドンブリをもって戻ってきた彼女が、少し離れた席に咲良と共に昼食を食べに来た楓真を確認し、一緒の席で食べようと提案したのが15分ほど前。
楽しそうなのは結構だが、ああいう色恋の闇的なものを見せつけられて、リンは少しげんなりしていた。
「ああ~おいし~! 幸せ~!」
げんなり、という原因といえばもう一つある。
この4つ目のドンブリの中身を流し入れるように口に注ぐ咲良もまた、リン・クーロンの気を削ぐ一因であった。
(どうして、このような量を一気に召し上がって平気なのでしょう?)
同じカツ丼を食べたリンは、1杯でもかなりの量があることはわかっている。
けれどもこの隣の大食漢、いや大食女は早々に3杯を平らげ現在は最後の4杯目。
日常的にこの量を摂取しているとしても、スレンダーな体型を維持できるのは人間業ではない。
「そうだ結衣ちゃん。君、このあとヒマかい?」
「はい、常磐さん!」
「じゃあ一緒に腹ごなしのウォーキングにでも行こうか!」
「えっ! いいんですか!?」
「楓真くん、それい~の?」
目の前のやり取りに苦言を呈したのは、頬にご飯粒がついたままの咲良。
空っぽになったドンブリを置きながら、携帯電話の時計を楓真へと見せつける。
「昼休憩、もうすぐ終わっちゃうよ?」
「君は話を聞いていなかったのか? 今日は隊長不在ついでに僕らのオフィスの清掃入れるから、昼休憩がプラス一時間になったって」
「そうだっけ?」
「君は食堂のドンブリフェアのチラシ夢中で、聞いていなかったのかもしれないけどね」
ハハハと笑い合うアーミィコンビ。
この二人の仲の良さに、結衣が入り込む余地はないんじゃないかとリンは感じた。
けれども憶測で傷つけるのも何なので、あえてこの場は黙っておく。
「でしたら、わたくしも同伴してよろしいかしら?」
「別に構わないが?」
「ありがとうございます。少し高カロリーなものを摂取したので、身体を動かしたい気分でしたの」
退屈で仕方なかった午後が予定で埋まったことに安堵しつむ、リンはコップの冷水をぐいと飲み干した。
───Gパートへ続く




