第9話「マジカル・カヨ戦闘不能」【Eパート ホノカ】
【5】
暖かな朝日を差し込む粗末なテントの中。
風にのって流れてくる様々な料理の混じった匂いをホノカは鼻で感じながら、透明な液体の入ったボトルに手を伸ばす。
右手の武装篭手の蓋を開き、漏斗を差し込み、その中へと液体をひと垂らし。
ホノカは水滴が漏斗に沿って機械の中に入るのを確認してから、ボトルをぐいと傾けて一気に流し入れた。
「シスターの姉ちゃん、何やってるんだ?」
テントの入口から覗き込んでいた少年が声をかける。
おそらく年齢的にやましいことは考えていないであろうが、一人でいるところをこっそり見られていた不快感をホノカは吐露した。
「あのですね、女の子のいる場所を覗き見るものじゃありませんよ」
「えっと、そうなのか? ごめん……」
「素直に謝れるのはいいことです。私は今、可燃性ガスの生成を行っているんですよ」
「ガス?」
ボトルの中身が空になったことを確認し、漏斗を抜いて武装篭手の蓋を締める。
スイッチを入れると内部機構が駆動を始め、ガスの残量を表すランプが徐々に点灯していく。
中では注ぎ入れた燃料が触媒によって変化し可燃性ガスへと変換されているのだが、その構造を知らない少年には長々と説明しても無駄だろう。
「よし、っと……」
一応の戦闘準備を終え、一息つくホノカ。
別に、今からツクモロズが出した偽りの依頼のために華世という魔法少女を襲うつもりは毛頭ない。
片腕の機械篭手を数日前の戦いで損傷している今、懸念されるのはツクモロズの出現とアーミィに見つかること。
「……師」
目を瞑ると浮かんでくる、亡き恩師の微笑み。
寒く凍える環境下でも、太陽のように明るく頼れ、暖かかった一人の男。
彼から譲り受けた機械篭手を擦っていると、テントへ長老が訪ねに来ていた。
老人の姿に、少年が苦い顔をする。
「じ、じっちゃん……」
「こりゃ、シスター様の邪魔をしてはいかん。シスター様、不便なところで申し訳ない」
走り去る少年の一瞥しながら、長老がゆっくりと地に腰を下ろした。
廃墟と言っても過言ではない寂れた建物群の中に、テントや掘っ立て小屋で暮らすスラム街。
けれども、人の営みが生き生きとし暖かな助け合いで満ちたこの集落を、ホノカは好んでいた。
「いえ。教会暮らしよりも暖かくて快適です」
「そう言ってもらえて助かる」
「お爺さん。あなた方は……ベスパー戦乱の頃から、ここで?」
「うむ……あの戦乱から、我ら女神聖教の肩身は狭くなる一方じゃ」
15年も前にビィナス・リングで起こったという戦い。
ホノカが生まれる以前に起こった争いの、その遺恨は今でも残っているのか。
「正当性を訴えはしないのですか?」
「無駄じゃよ。アーダルベルトが目を光らせている内はの」
「その割には……アーミィ支部のあるコロニーとは思えないのどかさですが」
「アーミィにもな、話の通じる者はおる。今日にでもシスター様から頼まれたモノの修理は済むはずなのじゃ」
思ったよりも早い修理完了の報に、ホノカは眉をしかめた。
華世に破壊された片方の機械篭手の修理を依頼したのだが、表立った業者には頼めない依頼であろうに、その割にはすんなりと通ったものだ。
「どうしたかの?」
「いえ、かなり手際がいいと思いまして」
「ホッホッホ。蛇の道は蛇、という言葉がありましてのう」
にこやかに笑う老人に底知れなさを感じるホノカ。
早めに戦う力をもとに戻せるのは願ってもないことだが、本当に大丈夫なのかと若干の不安を抱くのであった。
───Fパートへ続く




