第9話「マジカル・カヨ戦闘不能」【Dパート 病室の華世】
【4】
「ふっふーん♪ ふんふふーん♪」
「クーちゃんご機嫌だね。そんなにお土産に自信があるの?」
病院施設の廊下を鼻歌交じりに歩くリン・クーロンへと、結衣は疑問を投げかけた。
もう少し進めば、華世が入院しているという病室にたどり着く。
「わ、わたくしは決して、このリンゴを剥いてあげたいとか思っているわけではなくてですわね……」
「素直じゃないんだー。友達に親切にしたいくらい、恥ずかしがらなくてもいいのに」
「そ、そうですわよ。友達ですもの! ……友達ですわよね?」
「私に聞かれても困るよー」
今朝、ウィルからの連絡で華世が入院したと聞いたときは驚いた。
けれども、リンとともに見舞いに行くと決まるまではそう時間はかからなかった。
行きがけに見舞いの品として、リンが果物屋でリンゴを購入したのがつい半刻前。
3人でリンゴを食べながら談笑する姿を思い描いていると、リンの足が扉の前で止まった。
「どうしたの、クーちゃん? 華世ちゃんの部屋はここだよ?」
「話し声が聞こえますわ。中を見て、誰かいますの」
促されるままに、リンとともにわずかに空いた扉の隙間から部屋を覗き込む結衣。
ベッドの上に上半身を起こした華世と、そのそばにきれいな羽織を身に着けた背中が椅子に座っていた。
「矢ノ倉先生、ご無沙汰しております」
(華世ちゃんが敬語使ってるの、初めて見た……)
(シッ! 気づかれますわよ……!)
矢ノ倉と呼ばれた人物が、頭を下げる華世を撫でる。
再び顔を上げた華世の表情は、少し穏やかだった。
「色々なところで聞いておるよ。あなたの活躍は」
「先生がリハビリとともに教えてくれた宇宙体術と、剣術のおかげです」
「……そうかそうか、私が教えた技がようやく役に立ったのかい」
満足気に頷く老婆。
彼女と華世の間の空気は、とても割って入れる雰囲気ではない。
「義手のリハビリを早期に終えたあなたには、並々ならぬ気迫があったからのう。稽古を付けたのが、つい昨日のようじゃ」
「できればこのようなお恥ずかしい姿は見せたくありませんでしたが……」
「よいよい。身内を助けようとしてのことなら、恥ずることはない。……今も復讐を目指しておるのか?」
復讐、という言葉を聞いた華世は、深くゆっくり頷いた。
その顔つきは、覚悟を決めた硬い表情。
ツクモロズとの戦いの中でさえ見せなかった顔をしていた。
「2年前、コロニー・スプリングに殺人兵器を送り込んだ何者か。それが個人か組織かも分かりませんけれど……あたしはいつか、その犯人を」
「決意は揺らがぬか。じゃが、あなたは妖しげな者たちとも戦っていると聞くが?」
「ツクモロズを倒せば、願いが叶うと……そう聞いたんです」
「願いか……両親か、故郷かの?」
「どれほどの願いが叶えられるかは定かではありません。けれども、あたしは賭けているのです。その細い糸に」
結衣は、華世が身に受けた悲劇を断片的には知っていた。
けれども、その内に秘める復讐心や願いのことは、これまで一度も聞いたことはない。
親友の見せた、普段は見せない姿に結衣の鼓動は少し大きくなっていた。
「矢ノ倉先生は、なぜここに?」
「近くを通りかかったから挨拶にと思うとったら、ここにいると聞いたのじゃ」
「そうですか。正直、久しぶりに先生の顔を見れて嬉しかったです」
「このような老い先短い老骨の顔で喜んでもらえるなら嬉しいのう。さて、挨拶もそろそろに若い者に交代するかの」
まるで最初からわかっていた、かのように矢ノ倉老人が結衣の方を見た。
華世がギョッとした顔をしたのを見るに、気づいていたのは老婆だけだったようだ。
意を決して扉を開き、苦笑いをしながらリンとともに頭を下げる。
「邪魔するつもりは無かったんですが、その……話し込んでいたので」
「よい、よい。華世にも友人ができたと知れたのは、良い収穫じゃ。では若い者同士、仲良くの」
椅子から立ち上がり、ゆっくりと病室を出る老婆。
しかしその歩き方は決して上体を揺らさない、隙のない歩き方だった。
「もう、結衣。せっかく先生が来てたのに」
「邪魔しちゃってゴメンね? 言っておけばよかったかな……」
「……まあ、いいけど。リン、何か言いたそうね」
「えっと、あのお婆さまはいったいどなたですの? 先生とお呼びになってましたけれど」
直球の質問に、嫌な顔をせずに天井を見上げる華世。
微笑みを交えた顔で、彼女は口を開いた。
「伯父さんの紹介で、あたしの義手のリハビリを担当してくれたお医者さん。と言ってもリハビリはすぐに終わったから、もっぱら武術の先生としての側面が強いわね」
「お医者さんなのに、強いの?」
「先生の過去については知らないけど、伯父さんにも稽古付けてたらしいわよ。あたしは宇宙体術と剣術を念入りに教えてもらった」
「宇宙体術ってあれですわよね。コロニー内の重力を利用した運動法……」
「そう。遠心力と人工重力で生み出された擬似重力を、身体の動かし方で緩和して武道に活かす術。これを知らなきゃ、あんなにピョンピョン跳ね回れないわよ」
結衣はこのとき、初めて華世が最初から強かった分けてはないことを知った。
いや、普通に考えれば生まれ落ちた瞬間から強いはずはないのであるが、華世の立ちふるまいや自信たっぷりの態度でそう思い込んでしまっていた。
あの強さが武道と稽古の賜物ということを聞けたのは、華世について一つ知見をえたようで少し嬉しかった。
「あ、そうだ! クーちゃんがリンゴ買ってきたんだよ!」
「ありがとう……あたし今から朝食だし、デザートにいただきましょうか」
「やったあ! クーちゃん、ほら皮を剥いて剥いて!」
「わかってますわ。えーと……ナイフはどこにありますの?」
「……あるわけないでしょ。はぁ、看護師さんに持ってきてもらうわよ」
呆れのため息を吐きつつも、華世はなんだか嬉しそうだった。
───Eパートへ続く




