第9話「マジカル・カヨ戦闘不能」【Bパート 安堵と不安】
「……それでまどっち、華世はどうなんや?」
ウィルの隣で平静を失いつつある内宮が、華世に点滴の針を刺したドクター・マッドへと尋ねた。
するとドクターはタブレット端末に指を滑らせながら、冷静に視線を上へと上げた。
「酷く衰弱していたが、病名はコロニー風邪だな。極度の疲労と傷の修復で免疫機能が落ちていたんだろう。雨に濡れて駆け込んだそうだしな」
「んで、大丈夫なんか?」
「点滴を打ったから直に良くなるだろう。ただ無理をしがちな性格上、3日は安静にと伝えるつもりだが」
「はぁー……よかったわぁ」
安心したのか、椅子へと腰を下ろし天井を見上げる内宮。
ウィルも、ひとまず安堵の声を漏らす。
「ドクター、ミイナさんの方は大丈夫なんですか?」
「そっちの原因はもっと単純だ。バッテリーの経年劣化により蓄電効率が落ち、本人の想定より先に電力切れを起こしただけだ」
「まどっち、それって電池切れ言うことか?」
「自動車のバッテリーが上がった状態に近いな。とにかく、一度メーカーに送ることになる。手続きはこちらでやっておこう」
そう言うとドクター・マッドは静かに病室を去った。
華世の寝息だけが聞こえるしんとした部屋に、雨水が窓を叩く音が響く。
くたびれた様子の内宮が、ひとつ大きなあくびをした。
「オオゴトやのうて良かったわ。華世もミイナはんも、うちにとっちゃ大事な家族やからな」
「ええ。華世も、ミイナさんを大事に思って無理したんでしょうし」
「んー……それやったらええんやけどな」
「え?」
「ミイナはアンドロイドや。人間と違うて、対処にかかる時間が生死を分けることはあらへんのや」
「翌朝になって、ゆっくり連れてきても良かったと?」
「せや。こないになったのも初めてやあらへんしな。前に消化系の装置故障して、電池切れなったことあるねん」
それが本当であれば、傷を押して雨の中、無理に連れてくる必要はなかったはずである。
結果、こうして華世は倒れる羽目になったわけで、冷静な華世とは思えない行動だった。
「……ウィルやったら言ってもええか。華世はな、ときどき感情が不安定になることがあるんやて」
「え……? とてもそうには見えませんけど」
「普段はええんやけど、突然ひどく態度が冷たなったり感情的になったり。今回も、ミイナが倒れたん見て冷静さを欠いたんやろなあ……」
内宮本人も自信なさげに、指先で頬を掻く。
ウィルは、彼女が言っていることに少し心当たりがあった。
華世がやけに自身や敵にドライだったり、年齢の割に妙に達観した所があるのも、そういった精神の不安定さからくるものなのだろうか。
「うちがもっと、もっとしっかりしとったら……こないなことには、ならんかったんやろうなぁ」
「それって、大人の自意識過剰……じゃないですかね」
「自意識過剰?」
「俺も、華世もあなたも、精一杯生きている一人の人間です。俺たち若輩者が、若さや未熟さから失敗はすることはあっても……自分の行動には意志が伴ってます。大人なら全てがうまくいくとか、そういうことは無いと……俺は思ってます」
「……ハハ、言うてくれるやないか。せやなぁ……保護者やいうても何でもできるわけやあらへんし、過保護にするつもりもあらへんからな」
苦笑いをしながら天井をぼんやりと見上げる内宮。
生意気なことを言ってしまったかな、とウィルは自己嫌悪に陥りつつ、話題を変えようと前々から気になっていた事を問うことにした。
「ねぇ、内宮さん。どうして、華世はこんなに傷ついてまで戦うんでしょうか」
「ふわぁ~あ……さあなぁ。なんでも、魔法少女としてツクモロズに勝つと、願いがひとつ叶えられるんやて」
「願い?」
「それが何かは知らへん。けど、その願いのために華世は身体はって戦っとるんやて。前に華世が言うとったから……ふぁ、間違いあらへんやろ」
その願いが何なのかは、内宮もわからないようだった。
けれども華世の力になるなら、何かしら手がかりだけでも知り得たい。
どうやって取っ掛かりを得ようかと、ウィルはとりあえず声をかけようとして……やめた。
「すぅ……すぅ……」
静かに腕組みしながら、寝息をたてる内宮。
思えば彼女は、昨日の学校で起こった戦いの後始末から、夜通し働き続けていたのだ。
すでに時刻は夜明け前。心配の緊張感が解けて眠ってしまってもおかしくないだろう。
ウィルはメモ代わりに先に帰る旨をメッセージアプリに送り、すやすやと眠る華世と内宮を起こさないよう、そっと病室から立ち去った。
───Cパートへ続く




