第8話「スクール・ラプソディ」【Iパート 心を射抜く】
【10】
漆黒の針が弾丸のように飛び交う廊下。
四方八方から容赦なく伸びてくる鋭利な影を必死に回避しながら、華世は攻めあぐねいていた。
華世が現在使うことのできる武器は、義手のビーム・マシンガン及びビーム・セイバー。
そして斬機刀と鞘のボルテック・ウェーブと、残りは鉤爪くらいである。
このうち、ビーム兵器は屋内で使うには強力すぎる。
斬機刀を使おうにもこう攻撃が激しくては接近することが困難な上、遠距離攻撃も真正面からは当たらないのは試し済みだ。
「こんなことなら実弾兵器の一つくらい携行しとくんだった……!」
「ほらほら、回避のペースが落ちてるよ!」
余裕綽々といったふうに、相対する少年・レスが煽りの声を入れてくる。
そんな言葉でカッとなるほど華世は冷静さを欠いていないが、回避しそこねて負った小さな傷の数々が生身の体を徐々に蝕んでいた。
(どうにかして突破口を開かないとね……)
現状、華世は劣勢である。
相手は射程無限の影で攻撃、こちらは近接戦以外は周辺被害を考えて不可。
何も気にせずに破壊を振りまくだけであれば魔力を開放すれば良いが、引き換えに学校どころかコロニーが吹き飛ぶのでは割りに合わない。
なにか手はないかと距離をとって考える。
そこで華世の視界に、真っ赤な消火器が入った。
「こいつなら……!」
廊下の壁から消火器を力ずくで引っ剥がし、放り投げて∨フィールドの力場で改めて掴む。
空中で滞留する円柱状の真っ赤な金属を、華世は勢いよくレスへと向けて発射した。
「喰らいなさいっ!」
「ははっ、無駄無駄!」
飛んできた消火器を、鋭い影の刃で難なく切り裂くレス。
しかし直後、彼の余裕の表情は色んな意味で曇って消えた。
「こ、これは!?」
破壊された消火器から溢れるように放出された消火剤。
それは視界を塞ぐ霧のように廊下に充満し、一帯が完全に見えなくなる。
狙い通りにことが運んだ華世は、すぐさま斬機刀を鞘に戻し、装置のスイッチをオンにする。
「あんたが見えなくても、こいつなら!」
スパークを起こす鞘ごと、斬機刀で床をえぐるように斬り上げる。
前方へと巻き上がった床の破片が鞘から電撃を受け取り、稲妻の弾丸として廊下を疾走する。
これまで影の防御壁で阻まれた攻撃ではあるが、この視界ではジャストタイミングで防ぐことはできないだろう。
「ぐあああっ!?」
白煙の向こうから聞こえる少年の悲鳴。
華世はすぐさま霧の中へと突撃し、レスがいるであろう場所へと抜いた斬機刀で一閃した。
肉体を切り裂く手応えとともに、剣圧で吹き飛ぶ消火剤の煙。
後には、左胸部にパックリと大きな切れ込みが入り、苦悶の表情を浮かべるレスの姿があった。
「鉤爪の女、君は……想像以上にやるようだねぇ……!!」
「鉤爪なんて失礼ね。あたしを呼ぶなら……マジカル・カヨよ」
「カヨか、覚えさせてもらったよ……!!」
そう言って、レスは床の影に吸い込まれるようにして姿を消した。
華世としては仕留めるためにこれまでのツクモロズが核を持っていた心臓部を狙ったのだが、倒すには至らなかったかと残念だった。
「華世ちゃん、やったね!」
「結衣、あんたはやく避難しなさいよ。ウサギの方はどうなってる?」
「ウィル君がキャリーフレームで戦ってるけど……」
ガラスの破れた窓から身を乗り出し、外の様子を観察する華世。
遠目に見えたのは、校庭で向かい合う、ビーム・セイバーを構える〈エルフィスニルファ〉と片腕の落ちた巨大ウサギ。
なぜか睨み合って動かない両者を確認してから、華世は廊下を駆け出した。
【11】
「この声は……君は、そこにいるウサギなのかい?」
『香澄は僕にミミと名付けて、可愛がってくれた。けれど、僕の存在があの子の枷になってしまっているんだ』
一応、戦闘の構えを保ち外面上はにらみ合いながら、ウィルは目の前の巨大ウサギ型ツクモロズと会話をしていた。
通信越しなので外部にこの会話は聞かれてはいないものの、敵と会話をしているという奇妙な状態に、ウィルは戦意をそがれつつあった。
「君が、さっき女の子を掴んでいたのは、もしかして……」
『香澄を傷つけようとしていた女の子だったから、掴んでしまった。でも、君があの子を助けるのを見てハッとしたんだ。彼女を殺めたからといって香澄の立場が良くなるわけじゃない』
「だから君は消えようというのか、俺に倒されることで!?」
『荒療治しか方法はないんだ! 香澄が自立するために、僕という存在から解放されるためには!』
そう言った巨大ウサギ──ミミは、残った腕の鋭い爪で自らの左胸部をゆっくりとえぐり開いた。
毛のような布地に空いた空間から顔を出したのは、脈動する巨大な正八面体。
ミミはツクモロズの生命であり弱点である、核を自らウィルへと見せていた。
『さあ、やってくれ! そうすれば、全部解決するんだ!』
《敵は棒立ちで無防備です。どうしますか?》
「待ってよ、それは本当に……香澄という子が望んだことなのか! せっかく話ができるようになったのに、言葉もかわさずに別れるっていうのか!」
『僕はこれ以上、香澄の立場を悪くしたくない。怪物になった僕と話せば、今以上にひどい目に会うかもしれない!』
「だけど……!!」
目の前で倒すべきはずの敵が弱点を露出している。
だというのにウィルが動けないのは、ひとえに目の前のミミに対して感情移入をしてしまっているからだ。
愛する人を守るために散り、この世から消える。
それだけしか解決する方法がないだなんて、悲しすぎる。
『早くするんだ! このままじゃ君も疑われる!』
「何か方法があるはずだよ! 君も無事で、あの子も救われる方法が!」
『僕はもう建物を壊し人を傷つけた怪獣になってしまったんだ! 引き返すことはでき────』
ミミの言葉を遮るように、風切り音とともに空を走ったのは刃を赤熱させた一本のナイフ。
それはツクモロズの核へと真っ直ぐに突き刺さり、直後にナイフめがけて飛んできた華世の鋭いキックが、ナイフを足裏で押し込み深く根本まで挿入する。
『あり────がとう───』
ぐらり、とミミの身体が後ろへと傾き、やがて校庭へと土煙を上げながら倒れ込んだ。
そしてその巨体は淡い光に包まれ縮んでいき、あとにはナイフが突き刺さったウサギのぬいぐるみが残された。
そのぬいぐるみも、赤熱したナイフにより燃え上がり、一分にも満たない僅かな時間で灰へと消えた。
どうして、とウィルは地面の上で膝をつく華世へと問い詰めようとした。
しかし彼女の肌という肌に刻まれた真っ赤な傷口と、痛みを我慢している苦しそうな表情を見て何も言えなくなった。
「……ウィル、時間稼ぎありがとう。おかげで……ふぅ、被害を最小限にできたわ」
「もっと、いい方法は無かったのかな」
マイクが拾った華世の声へと、ウィルは彼女に聞こえないのをわかってコックピットの中でつぶやいた。
その発言へと答えてくれるのは、一時的にAIとして働いてくれているELだけである。
《居住区へ出現した巨大な敵相手に死傷者ゼロ。建造物への被害も僅かですゆえ、これ以上の戦果は無いかと》
「敵、か……敵だったのかな」
《一度、破壊行為を行ってしまった以上は対話は不可と判断されます。ツクモロズへの対話が有効だった前例はありません》
冷たい発言に、改めて置かれた状況を思い起こされる。
あの発言がミミの本心だったかも、考えれば確実とは言えないかもしれない。
油断を誘い隙を作ろうとしていた……とは、それでもウィルは考えたくなかった。
───Jパートへ続く




