第8話「スクール・ラプソディ」【Eパート 正義の行方】
弱者を虐げる現場を見て、ついつい乗り出してしまった華世。
とりあえず、目の前でへたり込んだままの少女へと、彼女のものであろうぬいぐるみを差し出した。
「はいこれ、あんたのでしょ?」
「えっと、あの……ミミを助けてくれて、ありがとうございます」
慌てて立ち上がり、華世の手からやや強引にぬいぐるみを取り返す望月と呼ばれていた少女。
頬にソバカスが浮き出た地味めな顔立ちの彼女へと、華世は少し呆れた眼差しを向けた。
大事そうにミミと呼ぶウサギのぬいぐるみを抱きしめながら、望月は俯いて声を震わせた。
「どうして、私は何もしてないのに酷いことをされなきゃいけないんでしょうか……」
「どうしてって……そりゃあ、あんたが目障りだったからでしょ」
「目ざっ……!?」
救ってくれた人からそんな言葉が出てくるのが信じられない、というふうに涙目で華世を見つめる望月。
華世は後頭部をポリポリと掻きながら、なるべく言葉を選びつつ頭の論理を口から出してゆく。
「あいつらだって、悪いことしてやろうっていって、あんたを虐めてるわけじゃないでしょうよ」
「でも、あんなに酷いことを……」
「大人になればスルーするの一言で済むけど、どうしてもこの狭い学校っていうコミュニティだと、目に余るもんが無視できないものなのよ。ぬいぐるみを学校に持ち込むような……言ってしまえば妙な存在を、目障りだからあいつらの正義で排除しようとした。それがさっきの事の経緯でしょ」
正義とは、最も人が残酷になれるトリガーである。
人はそれぞれの立場で正義を持ち、より良いと思う方向に行くために正義の名のもとに行動を起こす。
それが良いか悪いかは時の勝者が決めることであり、行為の是非は立場によって異なるのが正義という概念だ。
無力な者へと乱暴な行為を行った、先の女子たちが行ったことは客観的に見ればイジメという悪行だろう。
けれども、彼女らとしても限られた時間をそれに費やさなければならないほど、耐えきれぬ感情があったであろう事は否定できない。
弱者をいたぶり快感を得るのは、その行為に手を染めたあとのことであり、そうやって悪に身を投じ続けられる者は、よっぽど歪んだ育ち方をしているのだろう。
「学校にオモチャを、ぬいぐるみを持ち込んじゃいけないというルール。それを破っているあなたは100%否のない被害者とは言い難いわよ」
「でも……私はこの子が、ミミいないと」
「公私で言えば学校は公の場所よ。中学生になったんだから……そういう心の支えも家に置く覚悟は、持っておかないと」
華世は、弱者を虐げるという行為が嫌いである。
けれどもそれと同じくらい、弱者であることに甘える者も嫌いなのだ。
かつて家族を、故郷を失った辛い過去から立ち上がったが故に、弱者の立場から立ち上がろうとしない人間へと嫌悪感を抱くのである。
華世から厳しい言葉をかけられた望月は、目を腕で抑え隙間から涙をこぼす。
そしてそのまま、泣き声を上げながらトイレの外へと駆けて行った。
「……ま、子供には難しい話か。ん?」
トイレの外から聞こえた、何かが床にぶつかるような生々しい音と微弱な振動。
急ぎ廊下へと飛び出すと、そこにはのびている一人の見知らぬ少年と、技をかけ終わったふうな格好のウィル。
倒れているツンツン頭の少年は、これが漫画やアニメだったら頭上にヒヨコが回っているという表現が似合うほど、見事に気を失っている。
何があったのか、と余韻に浸るウィルへと華世は問いただした。
「えっと……女子トイレから男の子が飛び出してきたから、ただ事じゃないと思って反射的に投げちゃったんだ」
「投げた?」
「こう、近接格闘戦の要領で投げを……」
行ったとされる投げ技の再現を空へと放つウィルをよそに、華世は気絶した少年が握っている携帯電話を手にとった。
点きっぱなしになっていた画面には、華世がハサミを握りつぶす場面や、少女へと説教をしていた場面を入口側から写したとされる画像がいくつか。
その他にも、いかにも隠し撮りといった写真が多数、端末の中に収められていた。
「華世、その写真……」
「少なくともこいつが、女子トイレの隠し撮りをしていた変態なのは確かね。連行しましょ」
「待ってよ、お昼ご飯……」
「行くわよ。昼飯はその後! キリキリ駆け足!」
腹を鳴らすウィルを引き連れ、華世は気を失っている少年の脚をひっつかみ、生徒指導室へと直行した。
───Fパートへ続く




