第8話「スクール・ラプソディ」【Cパート 学校生活】
【3】
「──であるからして開拓初期から、金星ではヴィーナス教が広く信仰されています。今日の授業はここまで。日直は号令を」
「起立、礼!」
「「「ありがとうございました!」」」
チャイムが鳴ってから数分オーバーしていた授業が、ようやく終わった。
教室中が昼飯を食う時間を削った憎き歴史教師への、怨嗟の声で騒がしくなる。
そんな中、適当なページを開いたままにしていた金星史の教科書を、華世はパタンと音を立てて閉じた。
あくびをしながら昼食に何を食べるかを考えていると、跳ねるように結衣が近づいてきた。
「あれ? 華世ちゃんもうノートにヴィーナス教のこと書いてる?」
「最近、宗教がらみで色々な目にあったからね。何かヒントでもないか、あたしなりに調べてみたのよ」
華世の脳裏に思い起こされるのは、コロニー・サマーを舞台にした女神像ツクモロズとの戦い。
そして、先日の修道服姿の魔法少女との死闘。
「宗教としての歴史は80年前くらいから。過酷な金星開拓の中で、心の拠り所として女神像を崇拝する習わしができたんですって」
「すごーい、このノート後で写させて!」
「これはあたしが独自で調べたものだから、授業には使えないわよ。あんたは来週の授業を真面目に聞きなさい。またテスト前にヒーヒー言っても手伝わないからね」
「ぶーぶー。それより華世ちゃん、あれ……いいの?」
あれ、と結衣が指差したのは教室の一角。
女子生徒が数人固まっているなと思ったら、その輪の中心にいたのはウィルであった。
そういえば、と華世はウィルと共に暮らし始めてからのことを思い返す。
彼は運動神経バツグンで、顔も美形と言うには及ばないが中々良い。
それでいて誠実で真面目な性格。おまけに素性はミステリアスとくれば、モテないはずはないだろう。
現に、今こうして目の前で繰り広げられているように女子生徒からアプローチをかけられること多数。
遠目から非モテ男子たちがハンカチを噛みながら悔しがっている様子をみるのも、もはや日常の一部となっていた。
これでウィルが、女の子たちに囲まれてウヘヘと鼻の下を伸ばし喜ぶような男だったら楽ではある。
けれども実際はそんな中でも、しきりに困り顔で華世へと助けを求めているのだからたちが悪い。
今ここで渦中に入る面倒くささよりも、家で内宮やミイナの前で文句を言われる事のほうが面倒だなと考えながら、華世は椅子から立ち上がった。
「ねえウィル君。私、お弁当作ったの!」
「食堂で美味しい裏メニューあるの知ってる? 教えてあげよっか!」
「屋上の鍵持ってるんだけど、一緒にいかない?」
「……おい」
輪に近づいた華世が低い声をひとつ発する。
そのやや強張った表情と威圧感を感じてか、ウィルを囲んでいた女子たちが、華世の顔を見ながら後ずさり。
「あいにく、先約はあたしが頂いてるの。行くわよ」
華世は開けたスペースから手を伸ばし、ウィルの腕を引っ掴んで半ば強引に教室から引きずり出す。
そのまま廊下を早足で抜け、階段を下って女達の視界から颯爽と立ち去った。
「あ、ありがとう華世……」
「まったく……嫌がるくらいなら、そろそろ一人で断りなさいよ」
「でも、あの娘たちだって悪気はないんだ。キッパリ断ると気を悪くしないかと」
呆れた男である。
変に気を持たせるよりはハッキリと断れば、女子たちも彼に執着する時間を無駄にしないで済むというのに。
優しさが時に残酷さに繋がるのだと、説教の一つでもするべきかと華世は思案する。
「うーん……」
「あ、でもあんな抜け方したら、華世が俺に気があるなんて思われたりしないかな、なんて……」
「それもそうね……」
ウィルの言うことも最もである。
これでは外野から見れば、男を取られそうになって不機嫌になる女そのものではないか。
華世としては中立であるというスタンスを崩したくなかったのだが、これを機に茶化されるのも面倒だ。
「ねえ、そんなに真剣に悩まれると傷つくんだけど……」
なにか手を考えないと、と思っていたところで、どこからかドスンバタンという音が聞こえてきた。
「ン、今の音……どこから?」
「そこの女子トイレからじゃないかな?」
ウィルが指差した先は、華世たちが立っている場所のすぐ近くのトイレの入口。
男連れで入るわけにもいかないのでウィルを待たせ、華世は足音を立てずにこっそりと物音のしたトイレへと足を踏み入れた。
───Dパートへ続く




