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第8話「スクール・ラプソディ」【Bパート まどろみの中から】

 【2】


 風に乗った雪が、吹きすさぶ白い原。

 純白に覆われた氷雪の上へと、ポタリポタリと真っ赤な血が滴り落ちる。


「ホノカちゃん、ごめん……。約束、守れそうにないや」


 力なく教会の壁にもたれかかり、鋭い氷の刃が突き刺さった腕を、機械篭手をはめた手で抑える青年。

 無力な少女は、身を挺して彼女たちを救った男へと駆け寄り、目に涙をいっぱいに浮かべながら座り込む。


「約束なんて、どうだっていいです! 助けが来るまで……諦めないでください!」

「ゲホッ……自分のことは、自分でよくわかるんだ。もう……あと少しで、死んでしまうって」

「そんなの、カッコつけです! 希望を捨てちゃダメと……言ったのは、あなたじゃないですか!」

「手厳しいね、君は……」


 血まみれになった震える手で、胸ポケットからタバコを取り出そうとする男。

 ホノカは、内心で彼が助からないとわかってしまい、彼がしたい事を手助けした。

 金属に覆われた指先に、ライターほどの細い炎が灯り、青年の口に加えられたタバコの先端を赤く染めた。

 叩きつけるような吹雪の中、赤熱した部分から登った煙はほんの僅かに白い模様を空中に描き、たちまち消えていく。


「……一服しながら、女の子に看取られる。悪くない……悪くない最期だなぁ……ありがとう」


 そう言って、男の身体が横へと倒れ、加えられていたタバコが雪原に投げ出される。

 ホノカは、その場で男の死に泣き叫んだ。

 けれども、吹雪の音は彼女の声を無残に掻き消し、静寂へと塗り替えていった。



 ※ ※ ※



 頬を伝う涙の感触に、ホノカの意識は夢から現実へと引き戻された。

 布の切れ目から入ってくる、人工太陽光の光が木漏れ日のように顔を照らす。

 機械篭手に覆われた指で雫を拭い、周囲の状況を確認。

 錆びついた金属パイプを支柱とし布をかぶせた、テントのような建物の中に、ホノカはいた。


「……私は、たしか下水道で」


 記憶が途切れる直前の光景を、朧気ながら思い出す。

 華世という魔法少女からの敗走。

 逃げ込んだ下水道で襲いかかってきた、謎の男と少年。

 彼らから逃れようと残っていたガスへと点火。

 爆発のあと、水に落ちる感覚。


「流されて……見つかった?」


 考えられる最悪の事態。

 アーミィへと連行されたのかと、最初は思った。

 けれど、ふと目を向けた先で、布壁の隙間から覗き込んだ少年と目が合い、その可能性が低いことに気がついた。


「じっちゃーーん! シスターさん、目ェ覚ましたぞー!」


 顔を見るなり、そう叫んで走り去った少年。

 彼が呼び寄せた「じっちゃん」というのがテントへと入ってきたのは、それから一分も経たずだった。

 白く長い髭を蓄えた色黒の老人。

 そのシワだらけの顔が、ホノカを見て柔らかく微笑んだ。


「……気分はいかがですか、シスター様」

「私は……」

「────女神様の祝福には」

「……! ……厳しい暑さと暖かき光がある」


 反射的に、老人の言葉に適切な語を返す。

 その返答に満足したのか、老人はゆっくりと大きく頷いた。


「やはり、あなたは我々の同志でしたか。お若いのに、女神様も喜ばれましょう」

「あなたは……」

「我々はあなたの味方です、シスター様。光のもとを追われてもなお、正しき女神様を信仰する……金星人ビューネシアンでございます」

金星人ビューネシアン……!」




    ───Cパートへ続く

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