第8話「スクール・ラプソディ」【Aパート いつもと違う朝】
学校で大事件が起こって、解決するヒーローになる。
大なり小なり、そないな妄想したことある奴は少なないねんて。
うちも若い頃にそないな目におうたことはあるんやけど、うちは主役の器やあらへんかった。
せやけど華世やったら、主役になれるんやろなぁ。
ま、うちは知らんけどな……。
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鉄腕魔法少女マジ・カヨ
第8話「スクール・ラプソディ」
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【1】
「ふぁぁ~っ」
ベッドからゆっくりと降りた華世は、眠気まなこを指でこすりながら、寝間着を脱ぎ捨てた。
そして衣装棚の引き出しから取り出した白いブラジャーを、同級生の中では比較的大きめな胸へとかぶせ、身につける。
ハンガーに掛かっている濃い藍色の上着、その下にあるワイシャツを取り出して腕を通し、学校指定の黄色いラインの入った純白のスカートを腰に回した。
部屋の中の鏡を見ながら、櫛を使ってボサボサの長い金髪を梳き、最低限の身だしなみをする。
「さて、と」
制服の上着の代わりにエプロンを身に着け、リビングに足を踏み入れる。
いつもならば脱ぎたてのパジャマを欲しがるはずのメイドロボが待ち構えているところなのだが。
「……ミイナ、ウィルの部屋の前で何してるの?」
華世の目に映ったのは、遠くからでも聞こえる興奮した息遣いで扉の隙間からウィルの部屋を覗き見るミイナの姿。
名前を呼ばれたことでビクッとしながらゆっくり振り向き、半開きだった扉を背にわたわたし始める彼女へと、華世は詰め寄った。
「いえ、あの。おはようございます華世お嬢様!」
「で、何しようとしてたの?」
「決してその、いつかお嬢様と結ばれるやもしれぬ殿方と仲を深め関係を構築すれば将来的に、間接的にお嬢様と繋がれるなんて思……ぎゃん!」
華世は鋭い、右手のチョップをミイナの頭頂部へと振り下ろした。
いくら柔らかい人工皮膚に包まれていようと、内側に鋼鉄の重量が秘められている手刀は半端なく強力である。
それを喰らえば、人間よりは丈夫目に作られているアンドロイドヘッドでも、多少なりともダメージが通るはずだ。
頭を抱えてその場でうずくまるミイナへと、華世は冷たい目で見下し睨む。
「くだらないこと考えてるヒマがあったら、洗濯を進めなさい洗濯を。次そんなこと企ててたら、チョップじゃ済まないわよ」
「はーーい……」
ややしょんぼりといった感じで立ち去ろうとしたミイナに、華世はパジャマを投げ渡す。
布地を顔に押し付けながら上機嫌で洗面所へと向かう変態メイドロボの背中を見送りながら、華世はエプロンを身に着けた。
一度この異常性癖をメーカーに問い合わせたほうが良さそうだなと思いつつ、華世は朝食の支度を始める。
まずは食パンをまな板に乗せ、パン耳を取って皿に半分にカット。
ボウルに割り入れたタマゴを入れ、砂糖、牛乳にバニラエッセンスを加える。
混ぜ合わせて作った卵液に先程切った食パンを浸し、電子レンジに入れてタイマーをセット。
「おはよう、華世」
「あらウィル、おはよう。あんたの部屋、鍵つけたほうが良いかもね」
「どうしてだい?」
首をかしげるウィルをチラと見、電子レンジから取り出した食パンをひっくり返してまたレンジへと戻す。
同時にフライパンへとバターを乗せ、弱火で温めを開始した。
「ミイナが忍び込もうとしてたわ。何考えてるかわからないし、襲われても知らないわよ」
「ええっ!? いや、まあ……あの子かわいいし、襲われるんだったら別にいいかな、なんて」
「冗談でも真に受けたら大変だからやめなさい。朝食ができるのもう少しかかるから、顔でも洗ってきなさいよ」
「あ、うん」
華世はレンジから取り出した、卵液を吸いきった食パンをフライパンの中へと入れる。
蓋をして蒸し焼きをし、両面に焦げ目がつくほど弱火で温め続ければフレンチトーストの出来上がりだ。
「君は、いつも自分で作ってるのかい? いつも食べてて思うけど、シェフにでもなれるんじゃないか?」
「まぁね。ただ、店の調理場に立つなんてゴメンよ」
「どうして?」
「どーーして、あたしがどこの馬の骨ともしれぬ連中のために、言いなりになって腕を振るわなきゃならないのよ。あたしが食べたいものを作る。ついでに同居人が喜ぶ! それでいいのよ、あたしの料理なんて。ヘイお待ちっと」
ウィルと背中越しに会話しながら、蓋の中から蒸気とともに出てきた焦げ目顔。
その鮮やかなきつね色をしたトーストを4つ並んだ皿に手際よく盛っていく華世。
口内によだれを呼び覚ます、香ばしい香りがリビングへと広がっていく。
今朝はなんだかフレンチトーストの気分だったからと作ったが、大正解だったようだ。
匂いに誘われてか、ただでさえ細い目をより一層眠気で細めた内宮が、自室から上半身を揺らしつつ姿を表す。
けれどもその細い目は、卓上に並べられた皿を見るなりカッと見開かれた。
「フ、フレンチトーストやぁーーっ!!」
目を輝かせて、まるで年頃の少女のように身体を跳ねさせはしゃぐ内宮。
その姿を見ただけで、キッチンに立った甲斐があるものだと、華世は満足して頷いた。
※ ※ ※
「あ、そうだ」
上機嫌な内宮がフレンチトーストに齧り付く横で、華世は一枚の封筒を取り出し、ウィルへと手渡した。
「これは?」
「あんたの保護観察の終了書と、特別隊員用のIDカードと書類」
「お嬢様、それって前に話してた?」
「ええ。やっと茶番が終わったのよ」
要領を得ないウィルへと、華世は簡潔に説明した。
少なくとも不法滞在その他いろいろを重ねていたウィルを、無罪放免とすることは出来ない。
そのため、収監から保護観察処分ということで華世の周りで自由を保証したのがコレまでの話。
裏で華世は人間兵器の権限を使いアーミィと交渉を重ね、ウィルを特別隊員とする手続きを進めていた。
彼の素行はすこぶる良好だったため手続きは難なく完了。
保護観察も華世の根回しで大幅に短縮されたため、終了と相成った。
「それで華世……特別隊員って何なんだい?」
「早い話が有事の際にキャリーフレームを戦闘に用いていい権限ね。もちろんむやみに破壊を振りまいたら即剥奪だけど」
ウィルの類まれなる機体操縦技能は、今の華世にとって求めてやまないものだった。
無論、内宮や咲良を始めとしたアーミィの面々が信頼できないわけではない。
けれども、激化するであろうツクモロズとの戦い。それからホノカのような敵が現れたことも有り、身近に戦力を置いておきたいという感情があったのだ。
「アーミィのアプリを携帯電話に落として、書類のID登録をすればあのキャリーフレームを上空から落とすやつ……」
「キャリーフレーム・フォールシステム。通称CFFSやな」
「それそれ。それが使えるようになるから、今日の放課後にでも運用テストしましょ」
「わかった。華世、ありがとう」
屈託のない笑顔で感謝を述べるウィル。
彼の真っ直ぐな感情を受けた華世は、少しむず痒くなって無意識に頭を掻いたのだった。
───Bパートへ続く




