第7話「灰被りの魔女」【Fパート 夜襲】
【6】
空が夕焼け色から夜の闇へと変わる頃。
両手に食料品いっぱいの買い物袋を持ったウィルの横で、華世は二人のカバンを持ちながら帰路についていた。
「いやあ、あんたが荷物持ちしてくれるから助かるわー」
「居候みたいな立場だから仕方ないけど……君のほうが義手の分、力あるんじゃないかい?」
「ほらほら、男らしいとこ見せてあたしを惚れさせるんでしょ。今日の夕飯はカレー作ってあげるから」
「いいように使われてるだけだと思うんだけどなあ。カレーは嬉しいけど」
文句を言いながらも、少し嬉しそうな表情のウィル。
なんだかんだ、役に立てるのが嬉しいのだろう。
自動車が行き交う大通りを横目に歩道を歩く二人。
「それにしても……本当に俺が一緒に住んでよかったのかい?」
「個室なら余ってたし、料理なんて三人分も四人分も同じよ」
「違う違う。ほら、僕一人だけ男だし……」
「あんたが誠実な人間ってことはあたしが一番わかってるし、こうでもしなきゃ監視付きになっちゃうからね」
表向きには複数の犯罪を犯した扱いのウィルが、ここまで大手を振って出歩けているのも、ひとえに華世が監視についているからというのが大きい。
そのために同じ家に住まわせ、同じ学校に通い、通学帰宅を共にしているのだ。
彼にここまでの自由を与えているのは、命の恩人に対する華世なりの恩返しである。
「さーて……」
スキップしながら少し足を早める華世。
ウィルが慌てて「待ってよ!」と言いながら、後を追おうと小走りを始めた。
しばらくカツカツと軽快な足音を立て、家であるマンションから離れるような道のりを進む。
ジグザグと細い路地を何度か通り、たどり着いたのは雑木林がフェンスの向こうに茂り、人通りの少ない緑地帯。
「華世、どうしたんだい? こんなところに来て……」
「ウィル、気づかなかった? あたしたち、後をつけられていたの。……そうよね、ストーカーさん?」
「あーあ。気づかれちゃってましたか」
振り向くと、そこに立っていたのは青いボブカットヘアーにすまし顔の少女がひとり。
首からかけられたロザリオの十字架にはめ込まれた大きな赤い球体が、やけに印象的だった。
「あたしのファン……ってわけじゃないわよね? 気配を殺して後を追う奴が、ロクなやつとは思えないわ」
「印象サイアクって感じですね。単刀直入に言いましょう、あなた……魔法少女を辞めてくれませんか?」
「……嫌だ、と言ったら?」
「実力行使に出ます」
そう言って一歩身を引き、ロザリオを握りしめる少女。
華世は何かを仕掛けてくると予感し、とっさに右腕へと手を当てる。
「「ドリーム・チェェェェンジッ!」」
二人の少女の声が、夜の闇に交差した。
【7】
即座に抜いた斬機刀を、飛びかかりざまに振り下ろす華世。
しかし、先手を取ったはずの一撃は、少女の手から放たれるオレンジ色に輝く障壁に受け止められ、その刃が抑え込まれた。
「……炎?」
揺らめく赤黄色の模様と放たれる熱気。
とっさに後方へと飛び上がり、空中で翻りながら義手の手首を折りビーム・マシンガンを発射。
けれども放たれた光弾は炎の壁に吸い込まれ、弾けるように消えていった。
地面に着地し、相手の姿を確認する華世。
一見すると、修道女のような黒装束。
けれども両腕には、不釣り合いという言葉では収まらないような、極太の機械籠手がはめられていた。
その機械籠手は手の部分こそ、金属の手袋で覆っている程度ではある。
けれども前腕を覆う部分は小さな円柱が無数に飛び出した機械を携えており、何らかの駆動音らしい音を絶えず鳴らしている。
華世は、この少女が自分と同じ方向性の魔法少女だと感づいた。
それは変身の掛け声から読み取ったのもあるが、相手の修道女服のスカート部に刻まれたスリット。
その隙間から自身の魔法少女衣装のものによく似た、青色のひらひらしたスカートが見え隠れしていたからだ。
同時に相手の変身名か、“マジカル・ホノカ”という名が脳裏へと浮かび上がる。
「……片腕片足が武装義体なんだ、マジカル・カヨ」
「あんたこそ、ゴツい機械籠手してるじゃないの、マジカル・ホノカ。いや……灰被りの魔女って言ったほうが良いかしら?」
その名を出した途端、ホノカの顔がこわばった。
ハッタリを込めた問いかけだったが、反応を見るに図星のようだ。
ホノカが、おもむろに金属に包まれた拳を地面に打ち付けた。
同時にパンと弾けるような音とともに、華世の周囲の地面から火柱が昇る。
「あっつ!」
魔法少女に変身したことで、周辺環境への適応能力は高くなっている。
そのため真空の宇宙にも生身で繰り出せるが、さすがに炎を直接浴びるような瞬間的な温度変化には対応できないらしい。
派手な爆発をかいくぐり、一旦おおきく距離を取る。
離れて冷静になってみると、あれだけ景気よく炎を放っているのにも関わらず、周囲の木々に引火はしていない。
偶然にしては出来すぎているため、おそらく意図的にそうしているのだろう。
『華世、華世! どうしたんだミュ、変身なんかして!』
髪を結っているリボンから、突如響き渡るミュウの声。
そう言えばあのハム助との通信機能があったなと思いながら、リボンに指をあてて応答する。
「今、あたしとは別の魔法少女に襲われてるの」
『魔法少女!? 君以外のミュか!?』
「その口ぶりだと、あんたの預かり知らない事象っぽいわね。リボン越しに見える?」
『……わからないミュ。けど、炎の攻撃を放ってくるなら炎魔法の使い手かもしれないミュね』
「魔法少女ひとりひとりに得意な傾向があるんだっけ?」
魔法少女、というからには魔法を使って戦うことができる。
華世は自身の魔力をコントロールできないため使用を控えているが、他の魔法少女であれば話は別であろう。
相手の炎が魔力依存だとすると、途端に状況が苦しくなる。
『華世の得意属性はわからないミュよ。魔力錬成をしたことがないミュから』
「わかってるわよ。相手の魔法に何か対抗する術は無いの?」
『気合と根性ミュ!』
「この役立たず!」
───Gパートへ続く




