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第6話「彗星の煌めき」【Hパート ステーション探索】

 【7】


 コツン、コツンと足音を立てながら、清潔な白い通路を進む華世。

 その後ろには宇宙服姿で突撃銃を握りつつ歩く楓真ふうまの姿。


「いやあ、噂に聞く人間兵器嬢が護衛だなんて、こんなに安心できる降機作戦も中々ないね」

「そりゃあどうも。……って、あたしの存在って地球圏でも有名なの?」

「アーミィ限定だけど有名も有名さ。なにせ人間兵器が金星圏だけの制度だとしても、試験合格そのものが滅多に無い事例だからね。それが10代前半の女の子だったら、なおさらだ」

「ふーん? あれ、人間兵器って金星アーミィだけなの?」


 今まで金星圏から一度も出たことがない華世。

 そんな自分が地球圏という、いうなれば意識したことがない領域で名が売れているというのは妙な感覚だった。


「金星の連中がタフすぎるということはないけど……少なくとも僕が聞く限りだと、人間兵器制度があるのは金星圏だけだね」

「そうなのね。地球出身だったらあたしの立ち回りは無理かー……。にしても、なんかここ、気味が悪いわね」


 扉が開きっぱなしの部屋を幾つか横切りながら、華世は言いようのない不気味さを感じ取っていた。

 研究が失敗し、廃棄されたステーション。

 そのはずなのに清潔な内装、生きている空調と照明。

 まるで人が居たはずなのに、人間だけが姿を消したような状況は、下手な心霊スポットよりも背中をゾクゾクと刺激する。


「不気味か……そうだねえ。人間の遺体が転がっていない以上、事件性は感じられないが」


 仰々しい警告マークが多く描かれた扉を前に、華世と楓真ふうまは足を止める。

 予め手に入れていた構造図が正しければ、この先に動力炉があるはずだ。


「その謎も、この扉の先に答えがあればいいんだがな」

「さあて……乗り込むわよ」


 大きなハンドルに手をかけ、力任せに引っ張りながら右へと回す。

 ガコンという重々しい音がした後に、ゆっくりと大扉が左右へとスライドしていった。


「……こいつは驚いた。いやぁステーションごと攻撃なんかしなくてよかったねえ」


 機関室の中央にある装置を見た楓真ふうまが、感嘆の声を漏らした。

 中央の巨大な装置は、1メートル位の高さがある台座と、そこから縦に天井まで伸びる一本の太い半透明のチューブで構成されている。

 その透けた筒の中には、真っ黒な球体が宙に浮かぶように静止していた。


「この丸いの、もしかして……」

「そう、ブラックホールそのものさ。このステーションはブラックホール・テクノロジーの研究施設なんかじゃない。ブラックホールを使った動力炉、縮退炉の運用実験場だったんだね」


 装置のパネルに手をかけ、コンピューターを操作し始める楓真ふうま

 華世は彼の言葉を耳に入れながら、義手に左手を添えて周囲を警戒していた。


「人がいない理由は、起動実験で事故が起こった時の保険だろう。遠隔操作でスイッチをいれるのなら、ステーションが吹っ飛んでも安心だ」

「でも、この縮退炉……ちゃんと動いているんでしょ? だったらどうして廃棄されたのかしら?」

「動力源としては働いているけど、そもそも装置が耐えきれず臨界寸前だ。一応、動作データも保存しつつ安全に停止させよう。縮退炉と言えど、停止手順は共通のはずだからね」


 手際よくパネルをタッチする音だけが響く中、黙々と楓真ふうまが縮退炉の停止手順を進めていく。

 その間も機関室は静寂に包まれており、華世は不気味な静けさに妙な緊張感さえ感じていた。


「……これでよし、と」


 楓真ふうまがコンピューターから手を離すと、チューブの中に浮いていた黒い球体が音もなく一瞬で消滅した。

 同時に照明が落ち、周囲が薄暗くなる。

 いちおう最悪の場合は地球人類の危機だっただけに、あまりにもあっけない幕切れに華世は脱力した。


「マイクロブラックホールの生成は、原始宇宙に似た高温・高圧の相を伴う一瞬の出来事だからね。基本的にブラックホールは生成から1ミリ秒と経たずに蒸発してしまうのさ。それを装置で状態保存をして……」

「原理はともかく、安全に止められたなら良いじゃない」

「それもそうだな。さあて、縮退炉の運用データという土産もできたことだし、さっさと撤退するか」

「ええ。こんな薄気味悪い所、早く立ち去り……」


 華世はそう言いかけて、物音のようなものを感じ上を見上げた。

 高い頭上は暗闇に染まり、天板はすっかり見えなくなっている。


「どうしたんだい?」

「音……いや、これは……声?」


『………テ…ケ』

『……デ…イ…』


 ささやくような声とともに、頭上に光る真っ赤な円。

 それは時間とともに徐々に増えていき、あっという間に天井を埋め尽くしていく。


『……デテイケ』

『……デテイケ』


 真っ赤に染まった天井を見上げながら、華世と楓真ふうまは後退りした。


「おいおいおい……」

「ったく、簡単すぎると思ったのよ……!」


『デテイケ!』

『デテイケ!』


『デテイケ!』『デテイケ!』『デテイケ!』


 天井から声を放ちながらボトボトと降下してくる立方体。

 1辺1メートルはあろう巨大なボディ一つ一つから蜘蛛のような機械足が次々と生え、立ち上がり、底面から機銃のようなものが顔を覗かせた。


「……走るわよッ!」

「言われなくてもっ!」




    ───Iパートへ続く

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― 新着の感想 ―
[良い点] 無人宇宙ステーションに占有してからの流れが非常にホラーチックでゾクゾクしました。 最後の天井を埋め尽くす赤い円の流れがすっごく怖くてビビりました…。 これ楓真さん、生きて帰れるんですかね……
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