第5話「二度目の喪失」【Dパート 共に暮らす】
【5】
華世が手製の松葉杖を受け取ってから、5度の夜明けを迎えた。
この5日間で松葉杖の扱いに慣れた華世は、ようやく小屋の中を歩き回れる程度になった。
「ほら。言った通り予め塩を振ると、魚の身が崩れないでしょ?」
「本当だ。華世は料理の天才だね!」
「別に料理に精通してれば誰でも知れることよ。褒めても何も出ないわよ」
台所で焼き上がった魚をウィルがテーブルまで運ぶ。
華世も後を追うようにして椅子に座り、食事の準備が済むのを待った。
皿に盛られた焼き魚は、美しい焼き目を表面に光らせながら香ばしい匂いを放っている。
「「いただきます」」
箸でパクパク食べるウィルの前で、華世は利き腕ではない左手でスプーンを使い、焼き魚を口へと運ぶ。
もっと設備や道具が整っていればもう少し美味しく調理できたが、最初の臭み全開のときに比べれば遥かに進化している。
久々に食べたちゃんと調理された魚に舌鼓を打っていると、ウィルがトントンとテーブルを指でつついた。
「なに?」
「華世、だいぶ歩けるようになったよね? この後、一緒に外を歩かないかい?」
「外って……大丈夫なの?」
「この島には危険な獣も害虫も居ないからね。運動がてら、どうかと思ったんだけど……」
ウィルの誘いを受け、しばし考える。
彼との付き合いは合計して一週間ほどであるが、打算や騙りで動くような人間ではない。
むしろこの数日間の間、身動きが取れない華世を献身的に支え続けてくれた。
そんな善意の塊のような彼が、こうやって誘っている。
そこには、華世にとってプラスになる何かがあると思っていいだろう。
「良いわよ。行きましょうか」
「やった! じゃあ早く食べ終わらないと……ゲホっ!?」
「慌てて食べなくてもあたしは逃げないから、落ち着いて食べなさいよ」
やんわりと笑いながら、食事をすすめる。
憩いのひとときを済ませ、片付けを終えた後。華世がついに小屋から出る時が来た。
用意してあった華世の靴へと、素足のままの右足を入れる。
無い左脚の代わりに松葉杖で大地を踏みしめ、一歩、また一歩と進んでいく。
「よっ……ほっ……」
「大丈夫かい、華世?」
「心配いらないわよ。おっとと……ほらね」
「本当かなあ。えっと、ゆっくりでいいから付いてきてね」
森の方へと歩いていくウィルの背中を、華世はバランスを崩さないようにゆっくりと追いかける。
時々はぐれてないか振り返ってウィルが確認する度に、華世はアゴで早く先にいけと催促。
木々のざわめきの中に土を踏みしめる音がこだまする中、華世はどんどん前へと進んでいった。
小川の横を通り抜け、少し背の高い草をかき分けた先に行くと、やがて広く視界がひらけた場所に出た。
「へぇ……!」
「ここが君を連れて行きたかった場所さ。いい景色だろ!」
小高い丘から見下ろす、青い青い海。
広大な水のキャンバスを、白い波が絶えず模様を描き続ける。
空気の層で薄くなっているが、奥には地平線ではなく上へとせり上がるように上へと広がる海と、点々と存在する島々が見えた。
「……そういえば忘れそうになってたけれど、ここコロニーだったわね」
恐らく遭難した位置から考えて、ここはビィナス・リング第10番コロニー「ネイチャー」だろう。
話に聞いただけで一度も訪れたことはなかったが、自然環境保護コロニーというだけあって、人の手が入っていない自然に溢れた場所だとは知っていた。
通常であれば近寄ることすら禁じられているコロニーの内部が、こんな美しい景色に包まれているとは。
華世はらしくもなく、しばらく見晴らしのいい風景を眺めていた。
「君がどこから来て、何者なのかは知らないけれど……華世が来てから、僕は楽しいんだ」
「そうなの?」
「確かに二人分の食事の材料を採ってきたり、準備するのは大変だったけど……ずっと、長い間一人で居たからね。すごく、新鮮で楽しいんだ」
ウィルが、華世がいることによって苦労していることは知っていた。
朝早くに海へと出て、1日分の食料となる魚を二人ぶん確保。
食事の後は義手を修理するためのパーツ探しに森へと出歩き。
曰く、かつて廃品置き場として使われていたという一角があり、そこからまだ使える家電類や部品を探してきているらしい。
戻ってくれば修理に励み、部品が足りないからとまた廃品置き場へ。
日が暮れて眠りにつくまで、ウィルは華世のために働き続けていた。
一方の華世は、身動きがとれないためずっと寝たきり。
ときおり松葉杖を使って歩く練習をするが、一日のほとんどを横になって過ごしていた。
一緒に過ごしているのに何の役にも立てない事実が、華世の中で不満という濁った感情としてふつふつと溜まっていた。
「明日には、君の義手の修理が終わるんだ」
「え?」
「それから、壊れているけどすぐ修理できそうな通信機も見つけたから……君を家に返してあげられるよ」
「……ありがとう」
「長い道を歩いて疲れちゃったかな? ……戻ろっか」
「そうね……」
来た道を、少し重い足取りで帰る華世。
決してこの無人島での生活を続けたいわけではない。
一方的に尽くされたまま、別れて帰る……それは華世のプライドに反することだった。
───Eパートへ続く




