第5話「二度目の喪失」【Cパート 差し伸べられる手】
【4】
「はい、どうぞ」
「ありがと」
手渡されたお椀を左手で受け取り、中のスープを口に入れる。
先程までウィルが作っていたスープでは有るのだが、なんとも微妙な味がした。
「……貰っておいてなんだけど、生臭いわねぇ」
「口に合わなかったかい? 今朝取れた魚を使ったんだけどな……」
「あんた、もしかして臭み取りやってないんじゃ?」
「クサミトリ……? なんだい、それは?」
華世は首をかしげるウィルの態度に、このスープの味がいまいちな理由に察しがついた。
生の魚を調理する場合、生臭さを取るためにはいくつか手順を踏む必要がある。
それをせずに魚を煮込むと、汁側に臭みが流れ出てしまうのだ。
「鱗と内臓取りして下処理した魚は、いったんお湯にくぐらせるのよ」
「ふむふむ?」
「それで身が白くなってきたら、冷たい水で一気に冷やす。これだけでも臭みが結構おちるの。……何よ」
「いや……君、すごく料理の知識があるんだなって」
「意外? この腕さえどうにかできたら、料理してあげるくらいはできそうだけど……」
肩をすくめ、壊れた義手が付きっぱなしの右腕を見せる。
すると、ウィルが細くもガッシリした手で華世の義手を持ち上げ、顔を近づけて目を凝らし始めた。
「……どうしたの?」
「この義手、僕に預けてくれないかい? 完璧にとはいかないまでも、動くくらいには直せるかもしれない」
「あんた、技師か何か?」
「そこまでじゃないけど……機械いじりには自身があるんだ。嫌だったらいいけど」
図々しかったなとでも思っているのか、俯いて目をそらすウィルの前で華世は右肩に左手を添えた。
指でストッパーを外すボタンをグッと抑えながら肩の根元あたりに力を込める。
バキンという音とともに取り外された義手を、華世はウィルへと差し出した。
「どうせ動かないなら付けてても重いだけだし、弄りたいならどうぞ?」
「あ、ありがとう!」
ぱあっと、明るくなる少年の顔つき。
料理の心得を教えてもらった恩が返せるとでも思っているのだろう。
華世にとっては、助け出して治療もしてもらい、食事まで提供されているので、逆にどうやって恩返しをしたものかと頭を悩ませていた。
「え、えっと……」
「どうしたのよ? まだ何かある?」
「その……見え……」
顔を赤らめるウィルに指さされ、また纏っていた布がはだけていることに気がついた。
別に華世にしてみれば胸や局部を見られること自体は気にならないのだが、こうもいちいち意識されるのも不便だ。
「あたしの服、どれか乾いてないかしら? いつまでも裸だと目に毒っぽいし」
「あ、うん。ちょっとまってて!」
小走りで小屋の外へと駆けていくウィル。
恐らく燃やしっぱなしの焚き火の側で、濡れた服を乾かしてくれていたのだろう。
ところが、ウィルが両手に抱えて持ち帰ってきた華世の制服は、見るも無残な状態になっていた。
「……義手の人工皮膚といい、何でこんなにボロボロになってるのかしら」
まるで尖ったものに引っ掛けたようにビリビリに破けた上着、裂けきったスカート。
かろうじて服として機能しそうなのは、袖が取れたワイシャツと白い下着くらいだった。
とりあえず何も着ないよりはマシと、壁にもたれかかりながら投げ渡されたワイシャツを羽織る。
そのまま頑張って脚を下着の穴に通し、なんとか身につける。
あえてブラジャーを身に着けなかったのは、片手では装着に難があるのと、先の反応からウィルに着けさせるのは無理があると判断したからだ。
「これはこれで、マニアックな格好になっちゃったわね……」
裸の上にワイシャツ一枚、下はパンツ一丁。
目に毒という点ではあまり変わっていないように感じつつも、着替えが終わったとウィルを呼ぶ。
そっと覗き込んで華世が服を身に着けたのを確認したのか、ウィルがそそくさと華世の前に戻った。
「これでやっと、落ち着いて作業ができるよ。まだちょっと格好がエッチだけど」
「ウィル、あんたがいちいち大げさなのよ。……作業って?」
「君のために、ちょっとね? ゆっくり横になって待ってて」
言われた通り、横になってゆっくりする華世。
焚き火の近くに座り込んだウィルの背中越しに、ギコギコとノコギリで木を加工するような音が聞こえてきた。
作業音をBGM代わりに、天井を見上げてボーッと過ごす。
毎日とはいわないが、ツクモロズとの戦いにアーミィの任務。
家では家事こそミイナがやるが、朝食と夕食を作りは華世の担当。
毎日を休み無く過ごしてた少女にとって、この退屈は久々の休息だった。
※ ※ ※
空が夕暮れ色に染まり始めたところで、作業の音が止まった。
時計がないのでわからないが、だいたい数時間くらい経っただろう。
額に汗をにじませながらも良い笑顔で戻ってきたウィルが、手に持っているものを華世へと差し出した。
それは太い木の枝を組んで作られた、松葉杖だった。
「これは……?」
「歩けないと不便だろうから、作ってみたんだ。試してみてよ」
華世は言われるがままに、壁によりかかりつつも上体を起こす。
そのまま左腕の腋に松葉杖の平坦な部分を挟み、支えにしながら立ち上がった。
「お、おお……? っとっとっと!?」
バランスを崩し、寝床にズシンを座り込む。
転けてはしまったが、一瞬でも立つことができた。
「あいたた……慣れれば、出歩けるようになれるかもしれないわね」
「僕も応援するから、ゆっくりと立ち上がれるようになろう!」
朗らかな笑みを浮かべるウィルの、屈託のない言葉。
傷つき、身動きが取れない華世にはその言葉は救いだった。
───Dパートへ続く




