第5話「二度目の喪失」【Bパート 流れ着いた地で】
【2】
「華世が……行方不明やて!?」
昼休憩の前、咲良からかかってきた電話をとった内宮は、声を荒げた。
今朝、華世が11番コロニー「オータム」へと出張に出たのは聞いていたが、まさかこんな結果になるとは。
オータムの宇宙港から電話をかけているという咲良へと、内宮は叱咤をぶつける。
「そないなことにならんように、あんさんが付いとったんやろうが!」
「そう言われましても~……キャリーフレーム乗りが機体無しで何ができるっていうんですか~!」
「……せやな。とりあえずや、華世がのうなったのはどこらへんの宙域や?」
「ええと……10番コロニー・ネイチャー付近ですね」
「そらまた、厄介なところで……!」
廊下で額を抑えながら、思案する内宮。
電話口の先で、状況をよくわかっていない咲良が、何が厄介なんですかと問いかける。
「あのな、華世がのうなった区域含めて、10番コロニーは自然環境保護コロニーやねん」
「それって地球の亜熱帯環境を再現した、生態系の再現実験をするコロニーですよね?」
「そうなんやけど、自然環境保護コロニーて、コロニー法で部外者の接近・侵入を禁止してる癖に警備がガバガバなんや」
「……つまり?」
「通りがかった悪党の船なんかに回収されたら終いや。華世、怪我しとったんやろ?」
「はい。左脚を……」
内宮の中で心配が募っていく。
魔法少女の姿で、彼女が生物らしからぬ頑丈さになるのは知っている。
しかし、それでも華世は子供なのだ。
自分の子に等しい存在が、宇宙という広大な大海原で遭難していると思うと、助けに行きたい思いが強まるのは人の常である。
自身も一度、漂流しかけて大変な目にあったことがあるから、なおさらだ。
けれども、内宮はコロニー・アーミィという組織の一員である。
半民間で正規の軍隊よりは緩いとはいえ、勝手は許されない。
「……午後イチで支部長に捜索の提案するわ。葵はとんぼ返りになるやろうけど、一度クーロンまで戻ってくれや」
「わかりました。……絶対に華世ちゃんを、見つけてあげましょうね」
「当たり前や」
遭難した隊員の捜索は、確実に行われるだろう。
それは人情とか道徳的な意味合いの他に、組織としての絆を深めるためでもある。
もしも危機的状況に陥っても、仲間が助けてくれる。
この絶対の信頼があってこそ、チームワークを発揮でき組織が潤滑に回っていくのだ。
「……くっ!」
けれども、実行の許可が降りるまで何もできない内宮は、握りしめた拳を苛立ち紛れに廊下の壁へと叩きつけた。
【3】
華世は、寝床で横になったまま冷静に状況を確認していた。
寝かされている建物は、小屋と言うには粗末な作りのあばら家。
見た感じ、切り出した頑丈な丸太を柱に、大きな布で壁と天井を形成しているような家だった。
しかし、天井の梁にぶら下がった電灯や、粗末な机の上にある小さなテレビ。
丸太の壁で丈夫にこしらえられた一角にある小型冷蔵庫を見るに、家主は何かしらで電力を通し、文化的な生活を営んではいるらしい。
布壁の隙間から見える風景や、周囲の音から察するに森のような環境下にある建物のようだ。
パチパチと焚き火の燃える音がするため、火を燃やし獣避けをする必要がある場所かもしれない。
「……参ったわね」
華世は今、実質的に積みの状態にハマっていた。
左脚を失い、右腕の義手も大破して機能停止。
髪留め型通信機も外され、衣服は全て脱がされており全裸。
試しに変身の呪文を唱えてみても、義手ごと変身ステッキが破損しているのか反応なし。
こんな状態で無事なのが片腕片足だけでは、いくら何でも身動きは取れない。
欠損した左脚が手当て済みなのを見るに、家主に生かしておく意思はあるようだが、なにぶん相手が不在なのでその目的がわからない。
身売りのためかもしれないし、人体実験の材料として流される可能性もゼロではない。
這ってでも脱出するか、それとも善人に助けられた可能性に賭けるかと考えていたところで、外から土を踏みしめる音が聞こえてきた。
「やあ、目を覚ましたみたいだね」
そう言って顔を見せたのは、黒髪の少年。
外見年齢は華世と同じかそれくらい。
半袖の白いTシャツの上にサバイバルベストを着込んだ少年は、手に大きなポリタンクを握っていた。
「ビックリしたよ。浜辺を通りかかったら、大怪我した女の子が倒れていたからね」
「あんたが……助けてくれたの?」
華世は、相手の顔をよく見ようと左手で支えながら上体を起こした。
すると少年の顔が真っ赤になり、慌ててポリタンクを床に置いて顔を手で覆い始めた。
「……どうかした?」
「えっと、その……君、胸が……!」
言われて、華世はいま自分が裸であることを思い出す。
壁に寄りかかりながら、掛け布団代わりの布を掴み上手く身体を隠すと、落ち着いたのか少年がため息をついた。
「ごめん、えっと、何も見てないから。君の服、海水でベトベトだったから脱がして。でも、何も……俺、何もしてないからね!?」
「別に良いわよ。減るもんじゃないし……」
「あ、そうなの……? そうだ、お腹空いてるよね? 俺、向こうで食べるもの作ってくるよ!」
再びポリタンクを掴み、家の奥へと入っていく少年。
少なくとも、この少年が華世を色んな意味で取って食おうとする人間ではないことが分かりホッとする。
先の初々しい反応を見るに、誠実な人柄でも有りそうだ。
奥の部屋からトントンとまな板を包丁で叩くような音が聞こえてくる。
しばらくして、いい匂いが漂ってきたところで、少年が顔を出した。
「君……脚、痛くないかい?」
「ズキズキするくらいで、耐えられないほどじゃないわ」
「浜辺に倒れてたとき、もうすでにその状態だったんだ。不思議と出血が激しくなかったから、消毒と包帯を巻くくらいで済ませたけど……良かった」
「まあ、ショックはそれほど大きくないわ。もう二回目だし」
そう言いつつ、ボロボロになった右腕を見せる。
少年は悲惨な状態の華世の姿に、一瞬引きつった顔をした。
「君は……いや、よそうか。話したくない事だってあるだろうし」
「……そうしてくれると助かるわ。ええっと」
「俺、ウィルっていうんだ。よろしく」
「あたしは華世。こんなナリだから、何もできないかもしれないけど、よろしく」
華世は左手でウィルと握手を交わし、彼の指に違和感を感じた。
それはキャリーフレーム操縦者の指にありがちな、指先のまめ。
ウィルが何者かが気にはなったが、向こうが詮索しない以上、華世も気にしないことにした。
───Cパートへ続く




