第5話「二度目の喪失」【Aパート 宇宙の少女】
「う……くっ……」
全身を走る痛みに、華世は目を覚ました
ぼやけた視界が徐々に輪郭を帯びていき、やがて天井……とは呼べない布張りの屋根が見えてくる。
どうやら、素っ裸の状態で簡素な寝床に寝かされ、掛け布団代わりに布を被せられているようだった。
周囲からはしきりに木々がざわめく音と、ときおり鳥か獣のような鳴き声がBGMのように耳に入る。
「ここは……うぐっ」
右腕に力を入れようとして、持ち上がらないことに気付く華世。
視線を義手の方へ移すと、ズタズタになった人工皮膚に包まれた、ネジ曲がった機械となった右腕がそこにはあった。
とりあえず起き上がろうと、横になったまま右脚を曲げる。
そのまま左脚を支えに上体を起こそうとして、バランスを取れずに横へと倒れてしまう。
なぜか一切の感覚がない左脚。華世は自分の体を覆う布をめくりあげ、目を見開いた。
「ったく……冗談、キツいわね……」
有るはずのところには何もなく、血に濡れて真っ赤になった包帯が、蓋をするように左太ももを覆う。
────華世の左脚は、太ももから先が完全に無くなっていた。
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鉄腕魔法少女マジ・カヨ
第5話「二度目の喪失」
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【1】
船内に鳴り響く警報音、時折光る窓の外。
窓の外の暗黒空間を飛ぶキャリーフレームが、手に持つビームライフルから光を放った。
彼らが戦っているのは、翼竜のような翼と頭部を持つ8メートル近い巨大な竜人。
それは細い体躯を無重力下で巧みに動かし、飛来する光弾を素早く回避していた。
「まさか宇宙でツクモロズが出るなんてね……」
窓越しに戦いを眺めながら、制服姿で半ば独り言のように華世は呟いた。
第11番コロニーにツクモロズと見られる怪物出現の報を聞き、学校を午前で早退して咲良と共に出張に出た矢先のことだった。
外で暴れまわるツクモロズは、報告にあった怪物の外見と一致するため、アレが討伐対象で間違いはないだろう。
「でも華世ちゃん。キャリーフレームは運び込んだ先だから私、戦えないよ~!!」
「こうなるとわかってたら、アーミィの戦艦一隻でも回してもらったのに……うわっ!?」
船体が激しく振動し、ただでさえうるさかった警告音がさらにやかましくなる。
船内を飛び交う船員の会話を聞く限り、軽くはあるが左翼あたりに被弾したようだ。
居ても立っても居られなくなり、華世はシートベルトを外して席を立つ。
「華世ちゃん!?」
「……このまま戦わずに、船ごとお陀仏はゴメンよ。変身すれば宇宙も平気だし、一発かましてくるわ」
止めようとする咲良の手を振り切り、客席の間をすり抜けて船体後方を目指す。
扉を一つくぐり抜けた先にあるのは、船外作業に出るための小型エアロック。
船員が出払い無人となっていたそこで、華世は呪文を唱えて変身した。
光に包まれた身体が、制服から魔法少女姿へと一瞬で変化する。
「えーと、宇宙服用の推進装置は……これね」
ロッカーに入っていた、白く四角くて薄い直方体を手に取る華世。
脳波入力用のリングを頭に被り、マニュアル操作用のスイッチを腰に巻く。
そのまま、直方体の角から伸びるベルトに腕を通し、リュックサックのように背負い込む。
魔法少女姿で宇宙服のランドセルを背負った格好にひとりで苦笑しながら、パネルを操作しハッチをオープン。
華世は外へと流れ出る空気に乗って、暗黒の海原へと飛び出した。
直後、激しい閃光と共に全方に炎が昇る。
翼竜人型ツクモロズが吐いた熱線が、交戦しているキャリーフレームの腕を吹き飛ばした光だった。
原理はわからないが呼吸は問題なし。
斬機刀を鞘から抜き、背中の推進装置を作動させて前進。
接近する存在に気付いたのか、ツクモロズの鋭い眼光が華世を捉える。
巨大な翼を広げ、無重力下であることをガン無視するような軌道で距離を詰めてくるツクモロズ。
「来たわね……喰らえっ!」
迫りくる敵の鋭い爪に対し、華世は斬機刀をタイミングよく振り抜ける。
推進装置が脳波を読み取り、適切な噴射を行い刀剣のスイングをアシストする。
そうやって放たれた斬撃が振りかぶったツクモロズの手首を切断した。
「うぐぅっ!?」
突如、左足に走る激しい痛み。
切断された手の、巨大な出刃包丁のような形状をした鋭い爪が、慣性に乗って華世の左太ももに突き刺さった。
痛々しく傷口が開いてこそすれ、あまり激しい出血に至っていないのは魔法少女補正ゆえか。
走る激痛に歯を食いしばりながら、華世はさきほどすれ違った相手へと視線を移す。
そこには手首を失いながらも、口を大きく開きエネルギーを放出しようとするツクモロズの姿。
反射的に身を捩って回避運動を取ろうとする華世へ、間髪入れずに放たれるエネルギー弾。
いつもなら回避しきれたであろう光弾。
しかし、普段は背負っていない推進装置の分、かわすのに必要な運動量が大きくなっていることに華世が気付いたのは、自身の背中が爆風で押された瞬間であった。
「あ、がぁっ!?」
攻撃を受けて爆発した推進装置の暴走で、華世の身体は宇宙空間で回転しながらデタラメに加速してしまった。
空気などのブレーキとなる物質が存在しない宇宙では、一度増加した速度を身一つで落とすすべなど存在しない。
止まらない回転でブレる視界の中、華世が最後に目にしたのは、どこかのスペース・コロニーの外壁だった。
※ ※ ※
ここまでの経緯を思い返し、我ながら間抜けだなと華世は自己嫌悪した。
勇み足で不慣れな宇宙に飛び出し、それがもとで片足を喪失。
あまりのバカバカしさに笑えてくる。
けれども、笑えば解決する状況ではないのも確かである。
反省タイムは程々に終え、華世は冷静に周囲の情報を集めることにした。
───Bパートへ続く




