第36話「決戦は始まりの地で」【Fパート ティルフィング】
【6】
『3箇所のピラーすべての破壊を確認!』
『障壁、消失します!』
通信越しの報告を聞きながら、操縦レバーを握るホノカの手に力が入る。
両脇の空間には杏、結衣、そしてアスカが狭い中でも真剣な顔で待機している。
『目標確認! ティルフィング、動き出しました!』
『ホノカ、聞いたな。あとはあなた達の手にかかっている。頼んだぞ!』
「はい……艦長!」
機体正面のゲートが開き、雪と氷に閉ざされた町並みが視界に入る。
その向こうに見えるのは、うっすらとしているが明らかに巨大な陰。
あれが、あの中に華世がいる。
『〈オルタナティヴ〉、発進せよ!』
「ホノカ、〈エルフィスオルタナティヴ〉行きます!!」
機体が足を載せていたカタパルトが後方へ火を吹きながら急発進。
押し出されるようにしてレールの上を走った機体が、宙へと投げ出された。
「っと……すげぇスピードだな」
「ホノカちゃん、私達……勝てるかな」
「勝てるかじゃない、勝つんですよ。華世を救い出すためにも!」
「来たぞっ!」
アスカの声に反応して、操縦レバーを力いっぱい横に倒す。
横回転しながら飛来した冷凍光線を回避する〈エルフィスサルファ〉は、手はず通りにコックピットハッチを開放した。
ホノカの両脇に座る3人の少女が、顔を見合わせて同時に頷く。
そして変身の呪文を叫びながら、外へと飛び出した。
「「「ドリーム・チェェェンジッ!!」」」
眩く輝く変身の光を見届けてから、ホノカはハッチを閉じて再び操縦に意識を向ける。
鋭い爪を向けて飛びかかってくる竜人型ツクモロズを、すれ違いざまに赤熱する大剣・フレイムエッジで溶断。
すぐさま武器を持ち替え、正面に銃口を向けたガトリングウォッチを斉射する。
高熱の弾丸を浴び、霧散するツクモロズたち。
しかしその攻撃をかいくぐってホノカに向けて光線を吐こうとする敵がひとつ。
だが、その攻撃が放たれる前に横から飛んできた魔法のミサイルが直撃。
爆炎の中へとその巨体が消えていった。
『ホノカちゃん、油断は禁物だよ!』
「結衣先輩、フォロー感謝します!」
周囲で、魔法少女たちも戦っていた。
杏が照射する光線が無数の敵を薙ぎ払い、乱れ飛ぶ結衣の放ったミサイルが爆発の中にツクモロズを飲み込んでいく。
『うらららららーっ!!』
高速回転する銃身を叩きつけ、近寄る敵を文字通り叩き落としていくアスカ。
砕け散ったツクモロズの破片が、次々と眼下へと散らばり落ちる。
彼女らの奮闘ぶりを見て、自らを奮い立たせるホノカ。
その直後、けたたましいアラートが鳴り響いた。
『質量体接近』
「攻撃っ……!?」
反射的にペダルを踏み込み操縦レバーを引き、その場から機体を飛び退かせるホノカ。
直後、キャリーフレームの体格に近い巨大な氷塊が飛来。
轟音とともに地上へと突き刺さり、破壊された建物の破片が巻き上がった。
「あれが……ティルフィング!」
冷たい霧の向こうから姿を表す、圧倒的な巨体。
全身が氷でできた、二足歩行する怪獣映画の化け物のような姿をした神獣。
先程突き刺さった氷塊と同じ形状の、浮遊する翼のような氷を含めて見ると、その姿は巨大なドラゴンにも感じられる。
この巨大なツクモロズの中に、華世がいる。
「相手が氷なら……熱線で!!」
コンソールを操作し、武装を切り替え。
機体左腕に装備されたシールド、その表面装甲がスライドし武装を展開。
ホノカの魔力を源に送り込まれたエネルギーが、顕となった放熱板を赤熱化。
貯まりきった熱が、真っ赤な光線となって放射された。
巨体らしからぬ俊敏さで、ビルのような巨大な腕を前へと突き出すティルフィング。
その手のひらから展開された障壁が、〈エルフィスオルタナティヴ〉の放った熱光線を受け止めた。
矢継ぎ早に、杏が杖の先端から光線を放ち、結衣がミサイルを乱れ撃つ。
しかしその攻撃もまとめて、浮かび上がった魔法陣の盾によって阻まれかき消されていった。
『だったら……アタシだっ!!』
いつの間にか上空にいたアスカが、落下を伴ったガトリングメイスの一撃を叩き込む。
けれども、以前に戦艦級ツクモロズの障壁を破壊した彼女の攻撃でさえ、ティルフィングの守りを突破することは叶わなかった。
弾かれるようにふっとばされ、ホノカ機の側で体勢を立て直すアスカ。
「魔力障壁……なんて硬さなの!?」
『これまでの連中とは格が違うってことかよ……!』
「グギャアアオオオ!!」
大気を震わせる咆哮が辺りに響く。
ティルフィングが巨大な口を開き、その中に光が収縮していく。
「みんな、避けてっ!!!」
前方へと突き出された頭部から、青白い巨大な光線が吐き出される。
それは空中で幾重にも枝分かれし、予測不可能な形状に変化しながら辺りを乱れ飛ぶ。
巻き込まれたツクモロズが次々と氷付き、砕け散る。
間一髪で回避するアスカたちを尻目に回避運動を取るホノカだったが、避けきれずに機体の左肩へと被弾。
ダメージを示すアラートが鳴る中、冷静にフレイム・エッジで凍りついた装甲を切り落とす。
「長期戦は厳しいか……でも」
まずはあの魔力障壁をどうにかしないと、近づくこともままならない。
そう考えていると、ホノカの目の前に杏が降り立った。
「杏、あなた何を……?」
『私だって……クーロンで何もしてなかったわけじゃない! この力を使うなら……今しかない!』
杖を宙に浮かべ、祈るように手を合わせる杏。
すると、彼女の身体が空中で激しい光に包まれた。
その光はまるで、魔法少女が変身するときの光。
だが、既に変身済みの杏が更に変身する先など……あった。
「杏、まさかあなた……!」
巨大に膨れ上がっていく輝き。
光の膜を突き破るようにして、太く長い体躯が姿を表す。
その姿はまさしく、ホノカが想像した姿。
かつて杏が精神を病んだときに発現した、巨大な白蛇の如き怪物となった形態。
しかし暴走していたあの時と違い、その蛇の目には杏の優しさと、確かな意思を感じる光が灯っていた。
(私がいないところで、その変身……使いこなしたんだ)
鎌首をもたげ開いた白蛇の口へと魔法陣が発現し、その中心へと光が収束する。
一方、ティルフィングの方もこちらの攻撃態勢に応じるかのように翼のひとつをこちらに向けた。
「間に合わないっ……!!」
杏が光線を放つより早く、ティルフィングが氷の翼を射出する。
無防備にエネルギーをチャージする白蛇へ突き刺さらんと、巨大な冷たい刃が空を切る。
ホノカは考えるより早く、ペダルを踏み込んだ。
そして機体のシールドを展開、フルパワーで熱線を照射する。
「止まれぇぇぇぇ……!!」
熱量を受けて先端が融解し始める氷塊。
しかしエネルギーが足りないのか、氷の勢いは止まらない。
『手ェ……貸すぜっ!!』
そう叫びながら〈オルタナティヴ〉の肩を踏みつけ、跳躍するアスカ。
空中でガトリングメイスの機構を高速回転させた彼女が、落下の勢いを載せた一撃を氷塊へと叩き込む。
バキンッ……!
破砕音を響かせ、粉砕される氷の刃。
そして驚異を失った杏が、巨大な白蛇の口から極太の光線を吐き出した。
魔法陣を浮かび上がらせ、防御を試みるティルフィング。
エネルギーを受けた魔法障壁が震え、大気が揺れる。
しかしその中でも、ティルフィングは反撃とばかりに光線を吐き出していた。
「エネルギー消費が激しくて……動きが鈍い!?」
咄嗟にかばおうとし、バーニアのパワーの弱さに絶句するホノカ。
光線はもう、杏の喉元へと迫っていた。
───Gパートへ続く




