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第36話「決戦は始まりの地で」【Dパート 乙女心と作戦会議】

 【4】


「──以上が、葵少尉が持ち帰ったスプリングの状況だ」


 ネメシス傭兵団の母艦〈アルテミス〉のブリーフィングルーム。

 その壇上で声を張り上げるドクター・マッドの声に、部屋中の者が真剣な表情で一斉に頷いた。


(まさか、華世が生きていたなんて……嬉しいけど、心の整理がまだつかない)


 席の一つに腰掛けたまま、ホノカは頬を指で擦る。

 咲良たちがコロニー・クーロンへと帰還して、生存していたウィルとともに持ち帰ってきた情報。

 それは、生存が絶望視されていた華世が生きていることだった。

 

 それから間もなく、華世を救い出すためのメンバーが編成。

 ネメシス傭兵団の戦艦に搭乗し、一日も立たずに出発した。


 そのメンバーは、咲良とウィルとフルーラ。

 それからテルナを除くネメシス傭兵団のメンバー。

 そしてホノカを始めとした魔法少女たちと、最後にムロレ。

 内宮も娘同然の華世を助けるための作戦への参加を強く希望していたが、大元帥から各コロニーへ防衛力を強めるよう達しが出ていた為に不参加となった。

 テルナ先生が残ったのも、傭兵団が抜けて減る防衛力を少しでも補うため。

 咲良に向かって「華世が帰ってくる家はうちが守ったる!」と内宮が空元気で言っていたのは、ほんの数時間前のことだった。


 ホノカは、華世の生存を信じていなかったわけではない。

 ただ、報せを聞いてからの展開の早さに目を回しているだけだった。


「今回の作戦は、4部隊に分けて行う運びとなった。地図を見ろ」


 ドクターがリモコンを操作すると、大型モニターに立体地図が映し出された。

 その中心には目標を示す赤いマーカーがひとつ。

 そしてそれを取り囲むように円が描かれ、外縁上に地図上で見て赤いマーカーの左上・右上・そして真下に黄色いマーカーが配置されている。


「目標・氷魔竜ティルフィングはクロノス・フィールドに似た性質の障壁に守られている。そのバリアーを支えるのが黄色いポイントに示された氷のタワーだ」

「ティル……なんだって?」

「ティルフィング。神獣化した華世は神話の剣から取った名前で以後呼称する」


 ドクターは、淡々と作戦の説明を行った。

 4部隊のうち3つは、タワーを破壊するために各ポイントへ赴き攻撃を仕掛ける。

 バリアーが消失し次第、艦内に残った1部隊が戦艦とともに目標──神獣化した華世へと攻撃。

 3箇所のポイント破壊に勤しんでいた部隊も、余力があれば中央チームへと加勢。

 神獣化した魔法少女は神獣の中におり、神獣は致命傷を負うことで変身が解ける。

 ティルフィング討伐に成功するか、あるいは体内に潜り込んで直接華世を救い出せれば、目標達成だ。


「んで、チーム分けはどうすんだよ。博士」


 すっかり魔法少女隊のリーダー面をしたアスカが、肩肘をついた不遜な態度で問いかける。

 メンバー編成については、黙ってブリーフィングを聞いていたホノカとしても気になるところではある。

 この救出作戦に赴くのは、魔法少女とキャリーフレームの混成部隊。

 空を飛べるとはいえ、さすがに魔法少女の機動力はキャリーフレームにはかなわない。

 そんな心配をしているホノカをよそに、ドクター・マッドは画面に映る資料を切り替えた。


「氷のタワーを破壊する3部隊については、キャリーフレームのみの少数部隊とする。ひとつは、ラドクリフを隊長としたネメシス傭兵団のザンドール部隊」

「まあ、妥当なとこだな。変に混ぜられるよりは仲間内で固めてもらったほうが都合がいい」


 ウンウンと頷きながら納得するラドクリフ。

 彼の部隊に入りたかったのか、どこかアスカが残念そうにしてるように見えた。


「次はウィル、フルーラ2名によるニルヴァーナ隊だ。この部隊は両機とも可変機体ゆえ、タワー破壊後の加勢にも期待したい」

「ね、聞いたウィリアム! 私達チームだって!」

「フルーラ……ピクニックに行くんじゃないからね?」


 嬉しそうにはしゃぐフルーラと、彼女に袖を掴まれて困り顔のウィル。

 ウィルは華世が想い人で、フルーラはウィルの事が好き。

 その三角関係が、今の二人の複雑な表情の根底にある。


「最後のタワー攻撃部隊は、葵少尉とムロレ氏の2名で編成してもらう」

「先生と……ですか」

「ちょうどいいや、教え損ねてたことを叩き込むいい機会にならぁ」


 苦笑交じりのやり取りを小耳に挟みつつ、ホノカは自分の所属する部隊のことを考える。

 残ったのは自分を含めた魔法少女4人。

 それが、ティルフィングへと姿を変えた華世へと攻撃するチームとなる。


「ティルフィング攻撃隊は先も話したとおり艦内で待機。バリア消失後に出撃となる。いいな」


 ドクター・マッドの言葉に、ホノカ含む4人の魔法少女は「はい!」と返事した。



 ※ ※ ※



「な、なあっ……ラド!」


 ブリーフィングが終わり、出撃前の慌ただしさに包まれる格納庫。

 自身が乗り込む〈エルフィス・オルタナティヴ〉の足元で整備員たちの動きを見ていたホノカは、不意に聞こえたアスカの声に視線を動かされる。

 いつも強気なアスカらしくない、もじもじとした立ち方。

 いつの間にか隣りにいた結衣が「くふふ、見てみて。ラブだよ、ラブ……!」と意地悪そうに指を差す。


「あのよ……ラドは怖く、ねえのか?」

「怖い?」

「だってよ。相手はその……得体の知れねぇツクモロズだぞ! 死んじゃったり……しないかとか、その……」

「心配してくれてんのか。嬉しいねぇ」

「バッ……!べつに、そんなんじゃねえって!」


 照れ隠しに視線を背けるアスカ。

 その姿は、まるでラブコメ漫画で意中の相手の前にいるヒロインのようだ。


「全く怖くない、といえば嘘になるな。命の取り合いしにいくわけだから。クロノス・フィールドに守られてるとしても、今日が命日になるかもしれない……と考えない時はない」

「そう……なんだ」

「でもな、俺達がやらなきゃいけないことが目の前にある。それをしなきゃ、誰かが傷つく。そう思えば、使命感が怖さを少し誤魔化してくれるんだ」

「使命感が……」


 いま、この艦にいる人間は一丸となって、華世という一人の少女を助け出すために動いている。

 かわいそうな境遇の果てに怪物と化した、女の子を救うために。

 その先にあるであろう幸福のため、笑顔のため。

 未来のために、ここにいる人々は頑張っているのだ。


「……アスカ、君の望む答えにはなったか?」

「ありがとう、ラド。絶対に……みんなで無事に帰ろうな」

「そんな死亡フラグっぽい言い回ししなくてもいいだろ」

「なっ……バカ! 心配してやってんのに!!」


 怒るアスカと笑うラドクリフ。

 二人のやり取りを見ていたホノカは、いつの間にか重い気分が無くなっていた。

 



    ───Eパートへ続く

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