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第36話「決戦は始まりの地で」【Cパート 凍りついた街】

 【3】


「ここが……コロニー・スプリング。華世ちゃんの故郷……」


 コックピット内のモニター越しに想像を絶する光景を見て、思わず呟く咲良。

 まるでコロニー・ウィンターやサンライトのように雪が降り続ける街並み……いや、かつては街だった廃墟。

 数年単位で放置された建物はいくつもが崩れ去っており、露出した内装には真っ白なベール覆いかぶさっている。


 そんな中、目を見張るのが無数に存在する円錐状の氷柱。

 壁面という壁面、道路という道路から無秩序に生える冷たい突起は、この状況が常軌を逸していることが見て取れる。


「ミュウくん、どう思う?」

「ミュミュ……間違いなくこれは、暴走する華世の魔力から発生したものだミュ……」


 いま、斥候用の機体〈ザンドール・スカウト〉に搭乗して偵察に出ている咲良の横には、ハムスターロボットの姿となったミュウがカラカラという玩具のような音を出しながらプロペラで浮遊している。

 魔法関係の専門家としての同行であり、この状況から華世を救い出す作戦を建てるために必須の存在。

 しかし、彼が必要となる偵察に咲良が立候補したのは、別の目的があった。


 周囲の地形をスキャンしきった通知がコンソールへと表示される。

 次の偵察ポイントへと移動する傍ら、咲良はミュウへと声をかけた。


「記憶……戻ったんでしょ。だったら紅葉の……私の妹についても、覚えているわよね」

「ミュ……ごめんだミュ。嘘をつくつもりはなかったミュ……」

「あなたを責めたいわけじゃない。魔法少女として戦うことが命がけだって、華世ちゃんやアスカちゃんを見たらわかるから……。でも」


 怒鳴りたい欲求を抑え、大人として言葉を選ぶ咲良。

 最愛の妹を失った悔しさはあるが、そのことで怒りを振りまくには咲良は大人になりすぎていた。


「紅葉の最期は……どうなったのか教えてほしい。私が見たときには、もう紅葉は亡くなっていたから」

「ミュ……確かに紅葉はとても強かったミュ。そして、優しかったミュ。だからこそ、ツクモロズの首領を倒したんだミュ」

「……勝ったの?」


 今まで思っても見なかった言葉に、思わず声が出てしまう。

 てっきり、戦いに敗れたことで紅葉は命を落としたと、そう思っていたから。


「ツクモロズ首領イザナを、あの時たしかに紅葉は倒したミュ」

「じゃあ、どうして紅葉は……命を落としたの?」

「ミュ……」


 言葉に詰まるミュウ。

 話し辛いことか、あるいは話しにくいことなのか。

 少しの沈黙の後、口を開いた彼が発したのは咲良が求めていた回答ではなかった。


「ミュ……! あれ、見るミュ!!」


 ミュウが示した方向へと、視線を向ける咲良。

 そこにあったのは、凍てついた都市のど真ん中を覆うように広がるドーム状の屋根。

 半透明に透けているそれは、まるで氷でできたバリアーのようにも見える。


 そして、透けて見えるドームの中に佇むのは巨大な竜の姿。

 二足で立ち、巨体を守るように氷の結晶を思わせる翼が身体を包んでいる。


「あれが……華世だミュ」

「華世ちゃん……あれが!?」

「神獣化……。有り余る華世の魔力が、あれだけの巨大な怪物になってるんだミュ……」


 機体の計測機能を活用して、距離から逆算してサイズを計測。

 目算で30メートルを超える巨大さは、人知を超えた存在だった。


「周辺地形のスキャンは終わってる……なら、突いてみるか」


 咲良は操縦レバーを倒し〈ザンドール・スカウト〉が自衛用に装備しているビーム・ピストルを構えさせる。

 そして氷のドームに向かって数発の発射。

 放たれた光弾は半透明の氷の表面に命中……したとたん、霧散するように消えてしまった。

 高熱の塊であるビームを打ち込めば、何かしら反応があるものだと考えていたのだが。


「弾かれた? いや、効かない……?」


 耐ビーム装甲に無効化されたときとも、バリアーに弾かれた時とも違う挙動。

 咲良は、この現象がクロノス・フィールドにビームを撃ったときの現象に近いことを思い出した。


「クロノス・フィールドって……何ミュ?」

「キャリーフレームが搭乗者を守るために展開する、時空間を停止させて作る防御壁。止まっている時間はどうすることもできないから、完璧な防御手段なんだけど……」

「じゃあこの氷は……華世の魔力で表面の空間の時が止まってるんだミュね」


 そんなことができるのか、とミュウに尋ねる咲良。

 彼が言うには、華世の司る魔法属性である氷の力がこのコロニーの状態を作り出しているらしい。

 そして、その氷の能力の局地が時間を停止させる魔法なのだという。


「でもこれほど広い空間に張られたバリアを、中からずっと貼り続けるのはいくらなんでも無理ミュ」

「ということは……外に何かカラクリがあるってこと?」

「ドームの端っこに何かあるかもだミュ」


 促されるままにペダルを踏み込む咲良。

 ミュウの誘導に従って進んだ先には、明らかに異様な形状をした氷の柱があった。

 まるで咲く直前の薔薇、その姿が何層にも積み重なり巨大な氷のタワーを形成したかのごとき建造物。

 キャリーフレームの二倍はありそうなその物体に、咲良は機体を寄せた。


「間違いないミュ、ここからドームに魔力が供給されてるミュ」

「この形の柱なら……たしか他のところにも」


 これまでスキャンした地形情報を呼び出し、目の前の塔の外見をもとに検索。

 するとコロニー内に目の前のものを含めて三箇所、地図上できれいな正三角形を描くような配置で同じような物体が存在していた。


「これは……全部壊さないと華世の場所には行けそうにないミュね」

「この塔は壊せるの?」

「ドームと違って時間が止まってはないみたいだミュ」

「じゃあ、試しにビームでも」


 先程ドームへ行ったように、ビーム・ピストルを構え発射。

 すると氷柱の表面に穴が空き、熱で昇華した水蒸気が辺りに広がった。


 それと同時に、その塔の中心部が赤く光り始めた。


「な……これは!?」

「危険ミュ! はやくここを離れたほうが……!」


 警報とともにレーダーに現れる無数の敵対反応。

 周囲の氷の塊から、まるで卵から孵化したかのように次々と何かが飛び出した。

 それは例えるなら、氷でできた翼竜人。

 いや、華世が左脚を失うときに宇宙で戦ったツクモロズの氷バージョンのような存在だった。


「数は10、20……まだ増える!?」

「このマシンじゃ無理ミュ!」

「言われなくてもっ!!」


 力いっぱいペダルを踏み込み、後方へと機体を飛び退かせる咲良。

 出口に向かって一目散に飛行するも、その間にもレーダーの反応は増え続けていた。


「下からくるミュ!」

「くっ!!」


 操縦レバーを左に倒し、間一髪で青白い光線を避ける咲良。

 外れたそのビームが倒壊しかかったビルに当たり、その表面に巨大な氷の結晶を形作る。


「冷凍光線……!」

「どんどんくるミュ!」

「こうなったら……!」


 後方から飛んでくる攻撃を回避しながら、さっき冷凍光線があたったビルに近づく咲良。

 そしてそのビルの下層をビーム・ピストルで攻撃。

 土台部分が焼き切られたビルが傾き始めたところで上昇し、屋上付近を機体で蹴りつける。


 轟音を上げながら倒壊するビル。

 巻き上げられた雪と氷が霧のように広がり、あたり一面の視界がホワイトアウトする。

 すかさず、機体のカメラを光学モードから赤外線モードへと切り替え。

 霧の中でツクモロズたちが視覚を失っている中、咲良は地図にそって進みなんとか脱出に成功した。



    ───Dパートへ続く

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