第36話「決戦は始まりの地で」【Bパート 寒空の目覚め】
【2】
「あ……う……」
フェイクの、たち消えていた意識にぼんやりと火が灯る。
全身を縛り付けるような寒気の感覚が、嫌がらせのように身体中を這い回る。
最後に覚えているのは、コロニー・サンライトの中でふらついた記憶。
憎い鉤爪の女との戦いを謎の魔法少女に止められ、いや……救われた。
しかしツクモロズの本拠地に帰る方法を失ったフェイク。
見知らぬ地でひとり生き残るために、必死に隠れ逃げ回っていた。
だが、限界が来た。
ツクモロズは生命エネルギーなしに活動を維持できない。
少なくともフェイクはそうだった。
今思えばツクモロズの本拠地には生命エネルギーを与える何かがあったのだろう。
補給線を断たれたフェイクは、2日と持たずに路地裏で倒れることとなった。
(でも……じゃあ何で、私は動けるんだい……?)
徐々に輪郭がハッキリしていく視界。
ぼやけた風景が鮮明に見えた時、フェイクの目の前で手を握る少女の姿があった。
「ん!」
少女は、屈託のない笑顔をフェイクの顔へと近づける。
彼女の手からフェイクの腕を通して、生命エネルギーが注がれる感覚。
この少女が何者か、それを考えようとして……すぐにそれができなくなった。
「あっ、こんなところにいた! 勝手に離れるなって言っただ────」
どこかずる賢そうな、小物の顔をした男。
その顔はフェイクにとって見覚えのある顔だった。
彼がこちらの顔を見て固まっている一瞬の隙をついて接近。
側の石壁の表面から鋭利なナイフを生成し、男の首元に突きつける。
「ひぃっ……」
「大きな声を出すんじゃないよ。お前……たしかジャヴ・エリンとかいうレッド・ジャケットの男だね?」
「な、なぜ僕のことを……?」
そのセリフは肯定を意味していると同義。
フェイクはツクモロズがレッド・ジャケットと連携すると決まった時に、ザナミから主に関わるであろう人物の顔と名前を教えられていた。
記憶が正しければこのコロニーは傭兵団レッド・ジャケットの占領下にあったはず。
だというのにその所属であるはずのエリンの服は、みすぼらしいまでにボロボロだった。
「まあいい。この少女はどこで?」
「な、何でお前にそんなことを……」
「答えたくなければいい。ココがお前の墓場になるだけだ」
「ひっ……!」
情けない声を漏らし震え上がるエリン。
こんな男よりも、まだ魔法少女たちのほうが何万倍も勇敢だった。
「そっ、その……か、金に変えられないかと一人だったのを攫ってだな……」
「……そうかい」
フェイクがエリンを脅しつけている状況だというのに、謎の少女はキョトンとした表情で首を傾げているだけ。
その小さな身体から流れ出る気配で、フェイクは彼女がツクモ獣だということをなんとなく感じ取った。
ただのツクモ獣ではない。
無限の如き生命エネルギーをその身に宿した、不可思議なツクモ獣だ。
「ジャヴ・エリン。お前は……脱走でもしようとしていたのか?」
「べ、別にそんな」
「答えろ」
ナイフの刃をエリンの肌へと近づけ、更に脅しをかけるフェイク。
わずかに触れた刃先から、じわりと一滴の血液が浮かび上がる。
「ぼっ……僕はもうレッド・ジャケットに居場所がないんだ……折檻されるくらいなら、出ていってやろうと」
「出ていく、ということは宇宙に出るあてがあるのかい?」
「廃棄処分予定の古い輸送艇のキーをちょろまかしたんだ……古いって言ってもまだ使えるやつなのは確認している……」
このことは、フェイクにとって文字通り渡りに船だった。
今、フェイクは生き残るためにも、そして目的のためにもこのコロニーを発つ手段が必要だった。
そのための乗り物をこの男が持っていて、フェイクが生きるためのエネルギーはこの少女が持っている。
二度と来ないであろう、この機を逃す手はない。
「エリン、それから……あんた。今から私の言うことを聞くんだね」
「そ、そんななんで僕が……」
「私としちゃあ、あんたをここでバラバラにして鍵だけ貰っても良いんだけど?」
「ひいっ……! し、死にたくはないです!!」
「じゃあ選択肢は無いよ。いいね?」
言うことを聞かせるために、少女ツクモ獣に向かって睨みを飛ばす。
しかし、少女はそんなフェイクに向かって屈託のない笑顔を向けながら首を縦に振った。
(……どうも、やりにくいねぇ)
フェイクの脳裏によぎるのは、人間のフリをして過ごしていた頃。
成り代わっていた女の、娘に慕われていた自分の姿。
忘れていたと思っていたあの光景が、少女の存在に呼び起こされていた。
───Cパートへ続く




