第35話「色無き世界に咲く花は」【Dパート 弔いの花】
【4】
それは、破壊され荒れ果てた街。
映像もまたモノクロなため確証は得られないが、廃墟は雪に閉ざされていた。
それだけじゃなく、ところどころから伸びる氷柱が森のように群生している。
そしてその一角に佇む、巨大な……竜。
凍りついた街に支配者の如く鎮座した、氷でできたような体表面を持つ巨大な竜を、マイは指差した。
「これが、あたしの身体……!?」
「神獣化。膨大なストレスが暴走させた魔力が形作る、魔法の怪物です」
覚えがないわけではない。
かつて、杏が多大なストレスの果てに、巨大な大蛇に姿を変えたことがあった。
それと同じ現象が、華世にも起こったということだろう。
しかし、ひとつ腑に落ちないことがある。
「でも、どうしてこんなに寒そうな環境に……それに、この場所はいったい?」
「おそらく、あなたの“氷”の魔力があの地に氷雪を招いているのでしょう」
「氷……あたしの魔法って、氷だったんだ……」
魔力制御の不得手ゆえに、未だ練成による属性の発現は確認していなかった。
ホノカの“風”、杏の“光”、結衣の“炎”、謎の魔法少女の“雷”。
そして、残る華世は“氷”だった。
そこまで考えて、自分が得ている知識との矛盾に気がついた
「待って、確か……ミュウは魔力のことを魂の力だと言ってたわ。でもいま、あたしの魂が……ここにある。じゃあ、あたしの身体を神獣化させている魔力はどこから……?」
「ここに来たばかりなのに、すごく理解が早いんですね……華世さん。答えは簡単です、あなたも私と同じく、2つに別れたのでしょう」
「2つにって……善と悪にってこと?」
「いえ……」
石版からマイが手を離し、モニターが消える。
そして、神妙な面持ちでマイは言った。
「先程、華世さん……あなたに魔力を与えた時に気が付きました。あなたの魂は、23万人分の魔力容量を持っていました」
「万人って……あたし、が……?」
「そして先程の映像に映るあなたを見た時、システムが私に教えたんです。あの神獣は、30万人分の魔力を宿している」
なぜ、そんなことがわかるのか?
……それよりも、華世には23万と30万、足し合わせると53万という覚えのある数字になることに驚愕していた。
それは、沈黙の春事件の被害者の人数。
華世を除きすべてのコロニー住人が虐殺された、あの忌むべき事象の死者の数。
正確には53万と4121人なのだが、端数はあえて言っていないのだろう。
(あたしは……あたしが53万人からできていた?)
魂、という言葉は様々な意味や考え方がある。
しかし、ここで問われているのは、本来は人ひとりにつきひとつあるのが当たり前の存在。
それがなぜ、華世の中に53万人分も眠っていたのか。
疑問は付きないが、今ここで答えは出ないだろう。
答えが出るのなら、マイがテキパキと説明しているはずだ。
「……状況は理解できたわ。それで、あたしはどうやったら帰れるのかしら?」
「その前に、この子の埋葬を……手伝ってくれませんか?」
「埋葬を?」
先程見た棺に手を置き、俯くマイ。
今は彼女に従っておくのが得策と考え、言われたとおりに手伝うことにした。
※ ※ ※
灰色の空に、灰色の土。
灰色の墓石の前に掘られた灰色の穴へと、華世は運んできた棺を収めた。
ザッ、ザッ、と言う音を立てながら、マイがスコップのような道具で棺の上に土を被せていく。
「魔法で土を被せないの?」
「人を弔うときは、魔法を使わないんです。面倒でも、それが礼儀だと思って……」
「礼儀ねぇ……」
華世は辺りを見回し、ため息をつく。
城の裏手の、おそらくは庭園か何かだったのだろう場所一面に、無数の墓石が並んでいた。
この下には恐らく、いま埋めた子のように何人も何人もの魔法少女が眠っているのだろう。
数えるのも嫌になるくらいの量の墓を見て、マイがこれまで行なってきたことが目に浮かぶ。
何度も助けられなかったのだろう。
何度も墓穴を掘ったのだろう。
そして、何度も弔ったのだろう。
ここにいるのは魂であり、肉体は現実世界にある。
だから彼女は、魔法少女たちの魂を……心を葬っているのだ。
棺を埋め終えたマイは、最後に土へとひとつ小さな粒を植えた。
その場所へと彼女が杖を一振りすると、小さな赤い花が咲いた。
モノトーンの景色の中に映える、真っ赤な花弁。
しかしその色が少しずつ、色を失っていくのが見て取れた。
「……種は寝室に保管してるから大丈夫だけど、すぐにこうなってしまうんです」
「それでも、あなたは花を植えるのね」
「自己満足ですよ。もしもこの世界に色が戻ったら……この辺り一面が色とりどりの花に包まれる。そういう独りよがりな叶わない願望のための」
マイの顔は、もう完全に諦めている……といった表情だった。
色のないこの世界で一人ぼっち。
たまに魔法少女が流れ着いても、助ける前に手遅れ。
何度も繰り返した果ての諦め、なのだろう。
「……手伝ったから、教えてもらうわよ。あたしはどうすれば元の世界に帰れるの?」
「神獣化したあなたの身体が解き放たれれば、帰れます」
「解き放つ……つまり、倒されればいいのよね」
過去に起こった杏の神獣化。
それは怪物と化した巨体を打ちのめすことで解除された。
華世の身体もまた、同じように倒されれば元に戻るのだろう。
「でも、無理ですよ。あの神獣は30万人の魂……いうなれば30万人分の魔力でできています。魔法少女が何人いたとしても、かなうはずが……」
「やってくれるわよ。あたしの仲間たちなら。きっと、ウィルや咲良たちがね」
「その方は……魔法少女なのですか?」
「違うわ。普通の人間よ。ウィルはあたしと同じ歳だけど、咲良は大人」
大人、といえ言葉を聞いた瞬間、マイの顔がこわばった。
その顔つきの意味を考えながら、華世はどう話を切り出すかを数秒練る。
ここまでの会話から推測するに、彼女はアフター・フューチャー以前の、西暦という暦が使われていた時代の人間なのだろう。
そうなるとおおよそ200年前の人物ということになる。
であれば、キャリーフレームの存在など知るはずもないだろう。
「あたしが生きてる時代にはね、キャリーフレームって巨大なロボットで人は戦えるようになったの」
「キャリー……フレーム?」
「8とか9メートルくらいのロボット。ビーム・ライフルやセイバーを使ったりして……宇宙で戦うの」
華世はマイへと話した。
これまでの戦いのことを。
魔法少女だけでなく、アーミィと力を合わせてツクモロズと戦ったことを。
「キャリーフレームは魔法少女一人分……いえ、それ以上の働きができるわ。それが束になれば、神獣化したあたしくらいぶっ飛ばせるわよ」
「でも、大人たちなんて信用できませんよ。どうせ……」
「何かあったの?」
大人という存在に対しての明確な悪意。
彼女が魔法少女として戦っていたときに何かあったのだろうか。
その件について深く問いかける前に、マイが質問を返す。
「……どうして、そうまでして帰りたいんですか?」
「え……」
「帰れば、またツクモロズとの戦いになります。さっきの話だと、人間とも戦うんですよね?」
「ええ、まぁ」
「ここに居れば、怖い思いをしなくて済みます。痛い思いをせずにずっと……ずーっといられるんですよ」
華世は、マイが言いたいことを理解した。
彼女は……華世に帰ってほしくないのだ。
ずっと一人ぼっちだった彼女が、ようやく救えた存在。
それを手放したら、また一人になってしまう。
だから、必死に華世を止めているのだ。
「確かにね、怖くて痛い思いをするかもしれないわ。でも……」
華世は真っ直ぐに、マイの目を見る。
「あたしの帰りを待っている人がいる。倒さなくちゃいけない相手がいる。あたしの手は、すでに汚れているわ」
敬愛する恩師を、その手にかけた。
相手の正体が正体だったとはいえ、それは決して降ろすことのできない十字架。
華世が背負った罪なのだ。
「この汚れた手、その責任を果たすためにも……」
「……意思は、硬いんですね」
「ええ。だからあたしは────」
ゆらり、とマイが動いた。
強張った顔つきで、彼女は華世へと弓を向ける。
虹色の矢をつがえた武器で、狙っていた。
「……何のマネ?」
「キャリーフレームだとか、ビームだとか、知らないけど……勝てるわけがないんです。勝ってもまた、新しいツクモロズが生まれるだけなんですよ。あなたの行動は、なにも変えられないに決まってるんですよ……!」
「……だから、全てを諦めて言うことを聞け、ってこと?」
「帰るためには、もうひとつ条件がいるんです。それは、魂が元気であること。あなたが意思を変えないのなら、私は友達として……力づくであなたを止めます!」
震える声、震える手。
彼女もかなりの覚悟を持って華世に矢を向けているのだ。
だが、だからといって帰らない選択肢はない。
力づくで止めに来るのならば、力づくで突破するまで。
いつも、そうやって道を切り開いてきた。
「来なさいよ。あたしの覚悟はね……」
ビーム・セイバーを抜き、刃の切っ先をマイへと向ける。
そして、華世は心から叫んだ。
「あんたの想像の、上を行ってるのよ!!」
───Eパートへ続く




