第4話「パーティ・ブレイク」【Dパート お嬢様&お嬢様】
【5】
財団の邸宅ともなれば、その大きさを誇示するのは金持ちのステイタスらしい。
一応、華世の家もアーミィ大元帥が提供してくれた家ではあるので貧相というわけではない。
けれど、高級マンションのワンフロア占有が霞んで見えるほどに、リン・クーロンの住む屋敷は広大で壮大だった。
正門をくぐり、学校の中庭より広い庭の先にある屋敷の入り口。
そこに結衣をはじめとした華世のクラスメイトが制服姿のまま集合し、ガヤガヤと統一性のない話し声を放出していた。
「あっ! 華世ちゃん! すごい、綺麗なドレスだーっ!」
由衣の声で、クラスメイトたちが一斉に華世の方を向く。
制服姿の群衆の前に登場したドレス姿におおー、という感嘆の声と同時に、ある者はヒソヒソ話。
ある者は携帯電話のカメラを構えてパシャリ。
正直、見世物になるために着替えてきたわけではないのでこういう扱いはやめてほしい。
しかし立場の手前、片足を前に出したポーズを取り、被写体に甘んじるのが一番面倒ではない手でもあった。
屋敷の一角の時計塔が午後の六時を指し、ボーンボーンと鐘の音を鳴らす。
その音とほぼ同時に玄関の大扉が開き、赤いドレスで身を飾るリン・クーロンが姿を表した。
「はーい、皆さま。これよりパーティーを始めますわよ……って。何をしておりますのっ!」
華世の撮影場と化している玄関前に気づいたリンが、驚きと怒りの混じった声を張り上げる。
主役であり主催者である自分を差し置いて目立っているのが気に食わない……という幼稚な嫉妬心が面白い。
華世はリンに見せつけるように、モデル気分で腰を曲げてポーズを変えた。
「あーら、お嬢サマ。ご覧の通り、あたしの美しいドレス姿の撮影会をしているのよ?」
「今日のメインはあなたではございませんのよっ! わたくしよりも美しく着飾るなんて生意気ですわ!」
「はんっ! 前に似たようなシチュエーションで着飾らなかった時に、品位がどーのって、ギャースカ喚いた口でそう言うっての?」
「まーまーまー! ふたりとも落ち着いて! ほら、みんなも困ってるよ!」
結衣の言う通り、正装同士の口喧嘩に気圧されたのだろうか、周りのクラスメイトたちが無言で固まっていた。
おほん、とリンが咳払いして指を鳴らすと執事風の男が彼らを先導し、屋敷の中へと迎え入れていく。
ゾロゾロと大きな玄関に吸い込まれていく群衆の背中を、華世は口をへの字にして見送っていた。
「華世ちゃん、入らないの?」
最後尾にいた結衣が振り返り、その場で微動だにしない華世へと声をかけた。
「あの口煩いお嬢サマが行ったら入ろうと思ってたのよ。で、いつまでそこで仁王立ちしてるのよ」
「あーら、あなたのような野蛮人を野放しにしていたら、屋敷のどこを壊されるかわかったものではありませんからね」
「ケッ、親の威光を借りて威張ってるだけの上流階級は、言うことが違うわね」
「あら、言いますわね。あなたこそ……!」
そこまでやり取りして、無人の玄関前で虚しくなって同時にため息をつく二人。
このまま意地を張っても話が進まないので、しぶしぶ華世はリンと一緒に屋敷に入り、内側から玄関の大扉を閉めた。
※ ※ ※
二階にあるパーティー会場へと続く吹き抜けのエントランス。
階層の橋渡しとなる大階段の隣に立っているモノに、華世は眉をしかめた。
「野暮な疑問かもしれないけど……金持ちって何で甲冑を飾りたがるのかしら?」
台座に立たされるように飾られた、金属でできた西洋鎧。
美術品というわけでもなく実用のためでもなく、時代を無視して飾られている鎧兜にはクエスチョンマークが浮かばずにはいられない。
「たしか男子の無病息災を願って、端午の節句という時期に鎧兜を飾る風習があるんだっけ? あんた女だけど」
「それは日本という国の風習ですわ。名工と呼ばれる職人たちによって作られた高価な武具を飾ることは、上流階級のステイタスですのよ」
「ふーん。まあ良いわ、会場はあっちよね?」
華世はパンプスで器用に階段を二段飛ばしで駆け上がり、リン・クーロンを追い抜く。
慌てて急ごうとするお嬢様だったが、華世のマネをしようとして足を踏み外し、彼女の小さい体が宙に浮いた。
「あっ……」
「ったく、世話の焼ける!」
一瞬で切り返し、タン……と床を踏み鳴らして階段を飛び降りる華世。
そのまま階下へ落ちるリンの下に滑り込み、お姫様だっこの要領で抱えて1階に着地。
ふわりと舞ったスカートが、しなやかに華世の足を隠して静止する。
「よし、と。怪我はないかしら?」
「え、ええ……。って、あなたに助けてもらうまでもなく!」
「一歩間違えたら死んでたのよ。感謝の言葉も言えないくらい、育ちが悪いわけじゃないでしょ?」
「……ありがとうございます。それよりも、早く降ろしてくださらない!? こんな姿を使用人にでも見られたら……」
「お嬢様、今の音は……!」
ガヤガヤとパーティー会場とは逆の部屋から飛び出す屋敷の使用人たち。
リンの顔がカーっと赤くなり、手足がわなわなと震い始める。
「何でもありませんわっっ!! ほらあなた、降ろしなさい! 降ろしなさいってば!」
「嫌よ。せーっかくの面白いシチュエーションだもの! このままパーティー会場へ突撃ぃっ!」
「こらーっ! ひゃぁ~~!!」
リンを抱きながら階段を駆け上がる華世の表情は、これまでにないくらい笑顔であった。
───Eパートへ続く




