第35話「色無き世界に咲く花は」【Cパート 魂の場所】
【3】
華世が案内されたのは、巨大な聖堂。
いや、確かにステンドグラスが輝き、厳かな雰囲気に包まれた空間ではある。
しかし、神秘的な場を台無しにするように、この部屋の中心で巨大な正八面体が回転していた。
正確には、縦に3つの正八面体が角を接点として混じり合ったような形状
やや異質な形をしていても、色のない世界の中でも、正八面体という形状が意味するものは一瞬で理解できる。
「ここ……ツクモロズの……?」
「はい。彼らを生み出し運用する中枢システム。それがこの場所です」
そう言って、正八面体に向かって虹色の矢を放つマイ。
その攻撃が爆煙を起こすも、無傷のままの物体が言外に破壊が不可能な事を証明していた。
「中枢システムがあるって……ここはいったいどこなの?」
「この地はかつて、妖精界と呼ばれていました……」
妖精界、という言葉は聞き覚えがある。
華世に魔法少女としての力を与えた妖精、ミュウが故郷と言っていた地。
彼はツクモロズによって滅ぼされたと言っていたが……。
「その妖精界が、どうしてツクモロズの中枢なんかになってるわけ? ツクモロズがやったことなの?」
「いえ、全て悪いのは……私なのです」
聖堂の長椅子に腰掛け、俯きながら話すマイ。
彼女は、もともとは地球に暮らす普通の少女だった。
あるとき妖精族のミュウと出会い、ツクモロズという敵と戦うための力を得たという。
「ミュウって……あたしに力を与えた妖精も同じ名前だったわよ」
「あの子はシステムによって転生を繰り返しているのです。新たな魔法少女を生み出すための使徒として」
マイは説明を再開した。
最初は妖精界も今のようなモノクロの世界ではなく、美しい妖精の女王が治める豊かな世界だったという。
しかし妖精族の前に、モノが自我を持った存在ツクモロズが現れた。
マイは妖精界を救うため、魔法少女としてツクモロズとして戦い、そして勝利した。
「マイ、あんた……一人で戦ってたの?」
「私は……自分で言うのも何ですがその、魔法の扱いに秀でていたようなんです。だから一人でも戦えましたし、ツクモロズにも何事もなく勝利することができました。しかし……」
ツクモロズを倒したマイへと、妖精の女王は褒美を与えた。
それは、望んだ願いを何でも叶える妖精界の秘宝“女神の輝石”。
その力を使う権利を、マイは与えられた。
「……そんな代物があるんなら、妖精界の連中がツクモロズを倒すように願えばよかったのに」
「輝石の力は非常に強く、繊細です。憎い相手を消す……といった負の感情が籠もった願いを祈れば、対象ごとその周辺の世界ごと消し去りかねないほどに」
マイに輝石を使わせたのは、彼女が純粋な心を持っている……と女王に認められたから。
事実、マイは「この素敵な世界が、いつまでも続きますように」と願ったという。
しかし、それがいけなかった。
才能に溢れた少女が、圧倒的な力で一方的に敵をねじ伏せる戦い。
そこには痛みも苦しみもなく、無垢な少女の中に少しずつ愉悦という感情を育てていった。
善意の果ての願いの奥底に眠る、戦いを楽しんでいた記憶。
女神の輝石は深層心理を読み取り、そして実現させた。
────ツクモロズと魔法少女との戦いが永遠に続く、果てのない世界を。
「女神の輝石はこの世界を作り変え、ツクモロズが発生し続けるシステムを作りました。そして、ミュウを幾度となく輪廻の輪の中で転生させつづけ、魔法少女を生み出す存在へと作り変えました」
「……そうやって、今があるということなのね」
華世の中でふたつの謎が解決する。
矢ノ倉が名乗ったツクモロズ首領としての代。
86代目……それはあまりにも、あまりにも代を重ねすぎていた。
そして、咲良の妹に力を与えた妖精の名がミュウだったことにも合点がいく。
ミュウ自身は覚えてなくても、彼がシステムによって何度も生と死を繰り返させられていたのだ。
それも全て、魔法少女とツクモロズの戦いが永遠に続くというシステムの上だったのならば、いつまでもツクモロズが滅ばないことに納得がいく。
「それで、あんたはここで何をしてるのよ」
「私はシステムによって心と身体を2つに分けられました。戦いを楽しんでいた心と、正義を愛していた心。システムは後者の心を、管理者としてこの世界に置きました。それが私です」
「じゃあさしずめ……あんたは善のマイってところね。悪の方はどこへ?」
「私の邪なる心は、ゲームマスターとしての役目を与えられました」
「ゲームマスター?」
「ツクモロズ勢力を裏で操り、魔法少女を生み出すためにミュウを派遣する。システムの手足です」
華世が生き、戦っていた世界。
それは戦いを楽しんでいた邪なる心が望んだ世界だった。
果て無き戦いを天上から観察して楽しむ。
それが、ゲームマスター。
2つに別れたマイの、悪の心の成れの果て。
「……なるほどね。おかしいと思ったのよ。あまりにも、その……アニメで見るような魔法少女みたいだったから」
妖精と出合い、変身し、敵を討つ。
王道すぎるその仕組みも、そう作られたものだと考えたら納得がいく。
「けれど現実は……魔法少女の勝利だけではありませんでした。今までに何度も、魔法少女側の敗北もありました」
そう言って、聖殿の上にある木製の箱の元へと歩くマイ。
彼女の隣に立ち箱を見下ろした華世は、それが何かがすぐにわかった。
「棺桶……?」
「ここが妖精界だった時から、この世界は妖精族が力を与えた少女を助けるための仕組みがありました。致命傷を受けた魔法少女の魂が庇護を求めてここに迷い込む……」
「けど、システム化された今は外にいるバケモノの餌食になるってことね。そして、この中に……」
棺の蓋を、マイがずらす。
中には黒髪の少女が一人、眠るような顔で収められていた。
蓋を閉めたマイが、木でできた棺の表面を優しく撫でる。
「この子は、四年前にここに流れ着きました。よっぽどこの身体を作り出すための魂が弱っていたのでしょう。ツクモロズに襲われる前から、もう……」
「……魂ね。ちょっと待って、魂って……ここにいるあたしは魂だけの存在ってこと?」
「はい。魂が持つ記憶、それが今のあなたを形作っています」
妙だとは思っていた。
目覚めた時、矢ノ倉との戦いで受けた傷や爆炎に飲み込まれた火傷が綺麗サッパリ消えており、まるで何もなかったかのような綺麗な体でいたからだ。
「ってことは……あたしの身体は、現実世界にあるってこと?」
「……見てみますか?」
マイがそう言うと、正八面体が回るその下へと移動する。
そしてそこにあった石版へと彼女が手をかざすと、立体モニターのような四角が空中に浮かび上がり、ひとつの風景を映し出した。
───Dパートへ続く




