第35話「色無き世界に咲く花は」【Bパート 始まりの魔法少女】
【2】
城の中へと案内された華世は、吹き抜けの大階段、その脇に伸びる廊下へと進んでいく。
外見もそうだったが、この城は入口も、廊下も、全てが外と同じようにモノクロの景色だった。
そんな無機質な色彩に包まれた一角に、ナチュラルな木の色をした目立つ扉が一つ。
マイが招き入れるようにドアを開けたその先には、鮮やかな色が輝いていた。
「……ここは、色があるのね」
「この空間だけ、元に戻せたんです。長い時間がかかりましたけど……」
「……長い時間って、あんたはここにどれくらいいたの? それにここはどこ? あなたは何者? 何で辺りがモノクロだらけなの?」
安全な場所で落ち着いたことで、華世は矢玉のように質問を浴びせてしまった。
マイと名乗った魔法少女は質問の雨に驚いたように目を丸くしていたが、すぐにニコリと笑顔を浮かべた。
「お話してもいいですが、ひとつお願いがあるのです」
「お願い? でも今のあたしにできることなんて……」
「その、友達になって……くれませんか?」
予想もしていなかった純朴な願いに、華世は呆気にとられて「別にいいけど」と即答してしまう。
しかし、その言葉が嬉しかったのか、マイの顔がぱあっと明るくなった。
「じゃ、じゃあ友達ですから! あなたについていっぱい教えて下さい! あなた、不思議がいっぱいですから!」
「あたしが不思議? い、いいけど……後でちゃんとあたしの質問にも答えなさいよね」
赤い布地が眩しいソファーへと華世が座り込むと、向かいにある白いベッドへとマイが腰掛ける。
彼女がステッキをちょちょいと振ると、テーブルの上のティーポットが浮かび上がった。
そしてひとりでにカップに注がれる飲み物。
(魔法少女というかまるで、おとぎ話の魔法使いね……)
華世は警戒して、カップは受け取りはしたが口はつけなかった。
カップの中身を飲み干したマイが、にこやかな表情で問いかける。
「ではまず1つ質問です! あなたのその手足……それは甲冑ですか?」
「甲冑? 鎧じゃないわよ、これ。あたし腕がないから機械義手をつけてるの。義体とか見たことないの?」
「義手、義足ということですか? 私は棒のようなものしか見たことなかったんですけど……まるでSF映画の世界みたいですね!」
彼女の発言に、華世は眉をひそめた。
確かに今の時代は、SF映画の世界みたいだと言えるかもしれない。
しかしそれは、宇宙時代になる前の文明から見た場合であって、かれこれ170年近くも大きく文明レベルは変わっていない。
「もしかしてあんた、ビームとかも見たことないわけ?」
ビーム・セイバーを取り出し、少しだけ発振させて見せる華世。
マイは輝く刀身を興味深そうに見つめ、「初めて見ました!」と返答した。
(……こいつ、よっぽどの箱入りなのか、それとも)
単なる物知らずなだけなら良いのだが、とてもそうとは思えない。
疑念を残しつつ、華世はマイから次の質問を受け付ける体勢に入る。
「聞きたいことはそれだけ? まだあるんでしょ?」
「はい。えーと……じゃあ、あなたはどうして戦えるんですか? ここでは、魔法が使えないはずですよ」
「魔法が使えない……やっぱりね」
薄々勘付いてはいた。
魔法少女になることで得られる、身体強化が効いていないような義体の重さ。
華世は魔法に頼らず兵器で戦っていたから良かったのだが、これが杏や結衣みたいに魔法主体で戦っていたらジャンクルーにやられていただろう。
魔法が使えないせいで重い思いをしていると告げると、マイが立ち上がってそっと華世の手に触れた。
「ん…………。これでどうですか? えっ……!?」
「あっ、軽くなったわ。どうしたの?」
「わ、私の魔力をおすそ分けしました!」
「ありがと。……もしかして、助けられなかったのって」
「……はい。ここにはあなた以外にも、何度も何人もの魔法少女がやってきました。けれども、来た魔法少女たちは魔法が使えないまま、先のジャンクルーたちに……」
恐らく、これまで何度も同じことがあったのだろう。
華世を見つけたときのマイの顔。
それは喜びと驚きが入り混じった表情をしていた。
驚いていた理由は、恐らく華世が魔法の力無しで戦っていたからだろう。
改めて考えると、この城は脅威から逃れられるセーフハウスに見える。
ここにいる彼女が何かしらの方法で迷い込んだ魔法少女を察知し、助け出そうとしても間に合わなかったのだろう。
……ただの一度も。
「今度はあたしが質問する番よ」
「でしたら、付いてきてください!」
そう言って、立ち上がり扉を開くマイ。
先程通ったモノクロの廊下が、扉の向こうに見える。
「百聞は一見にしかず、と言うでしょう? 見ながら話したほうが、わかりやすいと思います」
「……わかったわ」
百聞は一見にしかず───聞き覚えのある慣用句。
少なくとも彼女は、華世と同じ言語圏に所属するのだろう。
この場では彼女が主であり、華世は外様だ。
華世は決して警戒心を解かないようにして、部屋を出たマイの背中を追いかけた。
───Cパートへ続く




