第34話「作られし者の楽園」【Iパート 一夜の成長】
【9】
眼前を機敏に動く敵機が、向けられるライフルが光を収束させる。
メシアスカノンの照準をあわせる時間が無いことを察した咲良は、〈エルフィスサルファ〉の腰部レールガンを発射。
放たれた弾丸が敵のライフルをかすめ、武器がその手から弾かれる。
その隙をついてメシアスカノンを格闘モードにして加速。
武器が弾かれた衝撃で体制を崩された敵は一閃を回避することはかなわず両断された。
直後に表示された「YouWin」の文字を見て、ふぅ……と大きく安堵の息を吐く咲良。
『おめでとうございます、咲良。これで7連勝です』
「その前に13連敗がなかったら良かったのにねー」
「あはは、ヘレシーは手厳しいね~」
休憩がてら機体の電源を落とし、コックピットから降りる。
すると、シミュレーターへとデータを転送する機械を操作していたムロレ──まだELのボディをつかっているままの──がゆっくりとこちらに歩いてきた。
「昨日の今日でたいした違いじゃないか」
「言われた通り、“相棒”と話し込みましたからね」
ムロレが言った相棒というのは、ELでもヘレシーでもなく、自分の機体〈エルフィスサルファ〉のことだったのだろう。
きっと内宮も修行の際に自分の“相棒”と語り合ったのだろう。
コミュニケーションの基本は、相手を知ることだから。
「先生も百年前に、自分の機体と語り合ったんですか?」
「……ほう、俺のことまで調べたか」
深夜に咲良が調べたムロレの情報。
彼はA.F.55年……約120年前に起こった第二次宇宙大戦時のキャリーフレームパイロットだった。
戦場で八面六臂の大戦果を挙げた彼は、戦後に建造途中で廃棄された移民船を買い取って消息を絶ったと調べた情報サイトには載っていた。
おそらくその移民船が、いま咲良たちが立っているこの船なのだろう。
「どうして百年以上前の人間が生きているんだ、とか聞かねえのか?」
「まあ、生物の脳を電脳化してアンドロイドに移植した前例を見ましたからね」
それは人間ではなく、妖精族であったのだが。
ミュウというロボ化を果たした存在を見ているからすんなり納得できた。
その技術がいつ生まれ、ムロレがどの時期に機械化したのかは不明だが、そうやって生きながらえているのだろう。
「……お前さん。機械の身体は長生きできて良いな、なんて思ってないか?」
「そりゃあ……まあ。少なくともあなたは人間の寿命は超越してますし」
「機械の身体は不老不死とは程遠い。メンテナンス無しに生きられるのは、長くて3年が限界だ」
ムロレは語る。
旧世紀、犬や猫などペットを寿命で喪う悲しさから逃れるために、ペットロボットが作られたという。
今の技術から比べればあまりにも原始的、だが振りまく愛嬌は本物に近かった。
しかし、ペットロボットは寿命の問題をクリアできなかった。
メーカーによる部品の製造終了。
経年劣化によるパーツの摩耗。
皮肉にも、生身のペットと変わらない寿命しか機械のペットは持てなかったという。
「機械の身体って……無限の命だと思ってました」
「生き物には新陳代謝っていう、言うなれば自動メンテナンス機能が備わっている。細胞単位で古い部品を排出し、新しいものに入れ替えるようなもんだ。その機能が終わるときが寿命なんだが……機械の身体には新陳代謝が無え」
アンドロイドという存在が、人々の新しい友になったのはここ十年ほど。
太陽系内を旅し、自分が生き続けるための資材を集める生活をしていたムロレのもとには、いつしか行き場を失ったアンドロイド達が集まっていたという。
「ここには俺が不自由しないためのアレコレ用意してっからな。それがここに来た連中にとっても居心地が良かったんだと」
「それで町が出来上がったんですね……。でも、それじゃあアンドロイドが普及する前は……お一人でこの船を?」
「その答えが知りたきゃ、最終試練だ。これ以上お前さんが居ても、何も得られやしねぇだろ」
ELの身体で立ち上がり、うんと伸びをするムロレ。
修行らしいことは何一つできていない気がするが、彼が言うのならきっと咲良にこれ以上の伸び代は本当にないのだろう。
彼が片手をひょいと上げると、待っていたかのように一人の人物が姿を表した。
「あなたは……」
「最終試練の到達、おめでとうございます」
丁寧に礼をしたのは、昨晩この格納庫で出会った腕に包帯を巻いた男。
彼は相変わらず目元を隠したヘルメットを被ったまま、聞き覚えのあるような無いような声で咲良に説明をする。
「先生から、最後の相手を任されました。よろしくお願いします」
「最終試練の課題が……あなたなんですね」
ムロレがそう言うということは、かなりの手練れなのだろう。
しかし、負けるわけにはいかない。
強くなったことを、実証するために。
「ルールは簡単だ。今から船外の宇宙空間で、ふたりには自分の機体で戦ってもらう。もちろん、実戦用の武器でな」
「実戦用の……!?」
「お前さんが昨日今日やったのはシミュレーターに過ぎねえ。やっぱ、現実でガチバトルしねぇとな。出撃準備は全部こっちでやっから、お前さんは内宮たちに連絡をしてくれ」
そう言ってムロレが指を鳴らすと、〈エルフィスサルファ〉の周りに多数の整備ロボットが集まってきた。
これから彼らによって戦闘の前準備が行われるのだろう。
咲良は、コックピットから慌てて降りてきたへレシーの手を握り、格納庫から立ち去った。
───Jパートへ続く




