第34話「作られし者の楽園」【Hパート 忘れていた仲間】
【8】
「もう、信じられない!」
「そのセリフ、あと何回言うつもりだよ」
食事を終え、携帯電話でムロレについて調べようとして咲良は気がついた。
この船の中にネットワーク回線が通ってないことに。
きっとムロレのことだ、何か考えがあってそうしているのだろうが、今は迷惑甚だしい。
「だからってよ、何でアタシたちゃ格納庫に向かってんだ?」
隣を歩くアスカが、肩をゴキゴキと鳴らしながらボヤく。
本当なら、お腹いっぱいで眠ってしまったヘレシーと酷使されたELを置いて、一人で外に出るつもりだった。
しかし、付いてくると言って聞かなかったのはアスカである。
「アスカさん、キャリーフレームのOSにもインターネットへの接続機能があるのよ。シミュレーターやってたときに繋がっていたからわかるの。それにしても、文句言うくらいなら来なくてもいいのに……」
「そういうわけにはいかんだろ。これでお前になにかあったらアタシは内宮たちにどんな顔をすればいい。この船の住人全員が善人……善マシンとも限らないんだぜ?」
そんな会話をしつつネオンがギラつく町を通り抜け、ムロレの施設へ。
なぜか「夜中に入りたきゃ来りゃええさ」と言い来客用のIDカードまで渡してもらっていたので、格納庫まで特に問題なく来ることができた。
「あれ、明かりがついてる……」
格納庫の扉を開いて、中が明るいことに気がつく。
ムロレがいるのかと思い覗き込んだ咲良は、思わず息を呑んだ。
「どうした?」
「静かに……誰かいる」
その人影は明らかにELが使っていたボディとは違う。
両腕に包帯を巻いた、目元を隠すようなヘルメットをかぶった何者か。
彼は、〈エルフィスサルファ〉の開け放たれたコックピットハッチの奥で、操縦席に座っていた。
「少なくとも人間みたいね……」
「包帯をしてるからか? コードがちぎれかかってるアンドロイドかもしれんぜ。地球にいた頃、充電器のコードをよくテープでグルグル巻きにしてたっけ」
「アンドロイドがそれするかな? とにかく……」
拳銃を取り出し、一気に駆け出す。
そして怪しい人物を狙える位置で立ち止まり、銃口を向けた。
「動かないで! 私の機体に何してるの!」
「わっわわっ!?」
謎の人物は素っ頓狂な声を上げ、両手をまっすぐ上に伸ばした。
少なくとも敵対の意思はないらしい。
両手を上げたまま降りてきたその人物は、膝をついて降伏の意思を顕にする。
「俺は怪しい者じゃありません! ムロレ先生に言われて整備してただけです!」
「整備……こんな夜に?」
「いや、整備ってのは変でしたね。機体が寂しがっているから世話してやれって、ムロレ先生に言われたんですよ」
「寂しがっているって、本当に先生が?」
妙な言い回しだな、と思いつつも咲良はなぜかその言葉に嘘がないと感じた。
初対面の、しかも顔も隠した男に対して。
声が若かったからか、それとも無意識に働きかける何かがあるのか。
その声に聞き覚えがあるような無いような。
いずれにせよ、気がつくと咲良は無意識的にそっと拳銃を下ろしていた。
「咲良さんよぉ、ボディガード放って突っ込まれたら守れるもんも守れんぞ」
呆れるような顔で追いついてきたアスカ。
彼女の顔を見て、男が口をあんぐりと開けた。
「君は……!?」
「あん?」
目元は見えずとも驚くような表情を浮かべる謎の男。
しかし彼はすぐに「そんなはずはないか……」と小声で呟き、咲良たちに背を向けた。
「持ち主が来たのなら、俺の出る幕は無いですね。良い夜を」
そう言いながら立ち去る男。
彼の姿が完全に見えなくなってから、咲良はアスカとともに急いで〈エルフィスサルファ〉のコックピットに乗り込んだ。
「どうした、細工でもされてたか?」
「ううん。起動だけして放置してたみたい……。でも、どうして?」
あの男の行動をよく考えてみる。
コックピットに乗り込んで、起動だけして座っていた。
曰く、寂しがっているから世話をしておけと指示されたと。
まるで、生き物を相手にするかのような言い回し。
モノ言わぬキャリーフレームに対して妙な……。
(いや、変じゃない)
咲良の脳裏に夕食の席での会話が想起される。
────人間ではないモノにも魂がある。
────喋る口も言葉を作る回路もないと、言いたいことも言えないから辛い。
────扉も、家具も、本も、機械もみんな、魂の中にある心で色々考えてる。
(どうして気づかなかったんだろう)
淡く光るコンソールを、そっと優しく撫でる咲良。
命を預けているのに、力を貸してくれているのに、仲間の一人に違いはずなのに。
(私は、〈エルフィスサルファ〉を蔑ろにしちゃってた……)
ELとの会話が、機体との会話だと勘違いをしていた。
彼女は前の機体、〈ジエル〉のAI。
つまり今ここにある機体とは別人なのだ。
言うなれば仲介者、あるいは通訳者か。
だというのに、咲良は〈エルフィスサルファ〉とわかり合っていた気になっていた。
「ごめんね……寂しかったんだよね」
「え?」
「この子、〈エルフィスサルファ〉のこと。私、この機体のこと何も知らなかった……わかっていた気になってたんだ」
目を丸くするアスカの横で、コンソールを操作してマニュアルを表示する。
スペック情報、搭載火器、その他いろいろな情報がところ狭しとデータの中で踊っている。
「知らなきゃ……この子のこと」
極限状態に陥るときに手癖で戦ってしまう。
恐らくこれはどうしようもないことなのだろう。
逆に言えば、手癖の方を動かしてしまえば良い。
まずはこの機体に搭載されている武装について全てを、頭に叩き込む。
無意識下で参照されるのは、身体に刻み込まれた知識だろう。
身体に覚えさせるために、まずは脳に刻み込む。
明日の修行できっと、またシミュレーターで連戦をさせるはずだ。
その中で脳に叩き込んだ知識を、身体に刻み込む。
恐らく、ムロレが狙っていたのはこれに違いない。
「……ごめんね、アスカちゃん。時間、かかるかも」
「別に……寝る時間さえ確保してもらえれば文句はねえよ。好きにしな」
「ありがとう。できるだけ急ぐからね……!」
何度も、何度もマニュアルを読み直す。
一字一句暗記するほどに、隅から隅まで目を通す。
目を閉じて、頭の中で暗唱。
目を開け、正誤を確認。
時間を忘れるほどに、咲良はマニュアルを読みふけった。
「……そろそろ、戻ろうぜ」
アスカに声をかけられ、閉じていた目を開く咲良。
気がつけば、時刻はすでに日付を跨いでいた。
「あ、そうだね。そうだ、最後に……そもそもここに来た目的を果たさなくちゃ」
咲良はマニュアルを閉じ、機体がネットワークに接続されていることを確認する。
そしてネットブラウザを開くための操作を行う。
心なしか、前よりもスムーズに画面が切り替わっているように感じた。
(きっと、私に気づいてもらえたから喜んでるんだ)
素直になった〈エルフィスサルファ〉の中で、咲良は「ムロレ」という名前を検索した。
───Iパートへ続く




